夢の話をしよう【透明】

 ここは、ある町の片隅にある小さな料理店。繁盛しているとは言えないが、人足は途絶えることを知らず、今日も悩みを抱えた人々がこの店にやって来る。


「いらっしゃい」


 制服姿の賑やかな少年数人が、テーブル席に座る。


「マジでアイツさぁ……」

「ありえねぇ」

「それマジなん?」


 学校の話で盛り上がっているようだったが、1人だけ静かに聞いているだけの子が居た。


「お前どう思う?」

「いや、まあ、酷いよね」

「なにそれ」

「話聞いてた?」

「う、うん……」

「しょうがねぇよコイツ障害だもん」

「そうだったわ」


 ケラケラと笑っている友人を他所に、1人悲しそうに俯く。


「ごめんて」

「気にすんなよー」

「そんな事より、なに食う?」

「え? ああ……牛丼あんじゃん」

「じゃあ注文するか」

「すみませーん」


「はい、どれにします?」

「牛丼4つで」

「あ、いや、僕は……」


 物静かな客がおどおどとし始めた。


「なんだよ、別のにすんの?」

「う、うん」

「先に言えよ」

「早く頼めよ」


 次々に急かされ、客は益々焦っている。


「ゆっくりでいいんで、お好きなものをどうぞ」

「あ、はい……ええっと……」

「店員さん困ってんだろ? 」

「急げって」


「いえ、ゆっくりで構いませんよ」


 静かな客はしばらく考えてから、指を差して店主に注文をした。


「はい、お待ち下さい」


 ようやく決まったようだ。店主は厨房へと戻り調理を始めた。その間も若い客たちは静かな客を揶揄っているようだった。


「お待たせしました」

「うわあ、美味しそう」


 思わず、静かな客が漏らした。


「あ、すみません……」

「いえ、ありがとうございます。このパスタは、味付きですが、このソースをかけるとまた違った味が楽しめます」


 珍しく今日の店主は多弁だ。別にこの少年を哀れに思ったわけではなく、このパスタは店主にとって自信作であり、大切な記憶なのだ。


「ごゆっくり」


 静かな客が注文したパスタは、冷製仕立てで、有機スパゲッティとベビーリーフの2種類。コチュジャンを使った韓国風トマト味で、ソースはマグロの出汁に白味噌を加え、更に白胡麻をたっぷり入れた絶品だ。


 他の客が牛丼を掻き込む中、静かな客はパスタをくるくるとフォークに巻き、口に運んでいた。

 有機パスタはあっさりとしているが、味がしっかりとついていて、2種類の味がある事で、食べ比べのようなこともできる。

 静かな客は、ある程度食べると、ソースをかけてから口に運ぶ。白胡麻のソースは、濃厚だが、パスタの素の味も保ちつつ、さらに旨味が増したように感じられる。


「これ、美味しい……」

「え?! マジで?」

「一口ちょうだい」

「あ、うん」


 友人たちも次々に食べる。


「うまあ!」

「俺もこれにすれば良かった」

「ってか、なんで俺の分も勝手に頼んだんだよ」

「は? だって牛丼が良いって……」

「言ってねぇし」


 客たちは牛丼を食べ終えると、静かな客が食べ終わるのを待っていた。


「ご馳走様でした!」

「まいど」


 それぞれ、お代を渡すと賑やかな客たちは店を出て行った。


「次はパスタ頼もうっと」

「そうしなよ」

「おう!」


 最後に笑顔を見られた店主も、どこかホッとしたような表情をしていた。

 


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