第5話 できたて異世界から転生オファーされる。僕は悩む。

僕がまだ生きていたあの頃、一番やりがいを感じていたのは、採用面接でキラリと光る人材を見つけた時だった。


もしも弊社に入社したら、きっと活躍してくれる。そういう未来を掻き立てられるような瞬間が僕は好きだった。


だが、気がつけば会社は倒産し、社内不倫のとばっちりで命を落とし、たどり着いたのは転生斡旋センターことエンジェル三課。


僕の担当だという、金髪碧眼性別不明の美しい天使が紹介する異世界は面接で全滅した。

後半なんか、天使もヤケクソになったのか、手当たり次第異世界の面接先へ僕を連れ回す始末。

それはまるで、前世でたまに見かける、情熱が空回りするタイプの転職エージェントそのものだった。


一体、何がどうしてこうなったのか。


まさか、前世で先輩からもらった仕事のオファーを蹴ったせいで、世界の理に背いたことになり、挙句早死にした、だなんて。冗談にしては出来すぎている。


ほんの数時間の出来事にも思えるし、数年間の出来事のようにも感じる、実に濃い体験だ。


天使曰く『お勧めはしない、最終手段の面接』へ向かう間、死んでからここまでの出来事を回想していた。


—普通に生きたい…。


それが今、僕が一番に望んでいることなのだ。


だがしかし、ここまで来るとどうしたらいいのか皆目見当もつかないのである。



「なんか、アドバイスとかあります?」


異世界管理者こと面接官を待つ間、僕は天使に尋ねた。


「そうですね、ここまで来たらもうなりふり構ってられません。素で行きましょう。

あなたは前世で十分すぎるほど面接の経験は積んでいるでしょうが、ここはその…なんというか」


歯切れ悪く天使がモゴモゴ答えていると、遠くからドカドカとやたらにデカい足音が聞こえた。

ほとんど地鳴りと言っても過言ではない。


「やあやあ、待たせてすまなかったね。」


ズドンと、大きな音がすると同時に、見たこともないほど大きな斧を担いだ半裸の男が現れた。腰には粗雑な麻布を巻き、顔は傷だらけだ。


「俺は、この世界の‘責任者’だ。まだ、出来立てだからな、管理者が少なくて、俺が面接してんだ。」


豪快にガハハと笑う男を前に、僕の横にいる天使はは引き攣った苦笑いを浮かべている。


「アンタ、転生希望だっけ?ちょっと人手が足りねえし、俺んとこはまだ創世記だからほぼ毎日戦争だが、戦士希望か?」


「戦争…ですか?」


思わず天使を見やると、ヤツは意図的に視線を合わせようとしない。


「いやー、結構タフな世界だから、ライフサイクルが早いのなんの。若者からバタバタ死んでくから、まあ、そのなんだ、そういうカオスに耐性ある魂なら誰でも歓迎よ。」


ちょっと待った、と言う前に話はどんどん進んでいく。魂の情報が入ったクラウドとやらもまともに見てもらえず、戦争真っ只中の世界に転生は流石に遠慮したいのだが。


「君、メンタルが強靭そうだし、早速今から転生先の地域に…」


—まずい、この流れ…ベンチャー企業の面接と一緒だ!!


「ちょ、ちょ、僕にも決める権利ってありますよね?!」



ベンチャー企業の面接を受けたことがある人間ならわかる。


突然社長が出てきて、気軽に「君、採用。」と即決してしまう漫画みたいな面接が実際に行われている。


一次面接だと聞かされていたのに、突然役員やら社長やらが出てきて、大して条件の交渉も出来ないまま内定が出てしまうのだ。


—あの会社の面接もそういえば、そうだった。


思い出されるあの日の面接。

確かにあの会社のことは好きだ。それに社長の人懐っこいキャラクターもベンチャーならではの夢を見させてくれるものだった。


だが、あの日僕は、自分の年収が想定よりも低いことや、評価制度が整っておらず、昇給も曖昧なまま内定承諾してしまった。そのことを死して尚、悔やんでいる。


だから僕が入社してからは、一次面接を採用担当として僕が受け持ち、ある程度の現状を先に伝えるフローにしたのだ。


ベンチャー企業の人材新陳代謝は、大企業のそれに比べればはるかに早い。

それもまたメリットと言える部分もあるが、組織の成長のためには人材の定着率、つまりカルチャーフィットする人材を採用することが重要。


特に大企業出身者や、ベンチャーに夢を見てしまっている候補者には、このフィルタリングができていないと、とんでもないミスマッチ採用となってしまう。


今僕は…、ざっと聞いた過去生も、直近の前世も、少なくとも戦争など身近に体感する人生ではなかった。そもそも日常の瑣末な争いさえ僕は好まない。


慎ましやかに、質素でもいいから、普通に生きて死にたい。そういう魂の役割を望んでいる。



「…と、いうわけで、僕の魂は完全にミスマッチだと思います。」


自分の経験を踏まえ、僕の魂がいかにこの世界にフィットしていないかを力説し終える頃には、息が切れそうになっていた。


「へぇ、あなた、そんなに喋れたんですね…。」


ずっと目を合わせてくれなかった天使が感心したように漏らす。


「いや、アンタが全然止めてくれないからでしょうが。多少、転生先融通してくれるんですよね?

頼みますからせめて、もう少し平和なところを紹介してください!」


まるで痴話喧嘩のような応酬をしていると、責任者の男が興味深そうに尋ねる。


「なあ、お前さん、転生今回で3回目だって?」


「え、ああ、天使さんが言うには、そうみたいですね。」


「そんじゃあもう選んでる場合でもねえだろうに。」


—…選んでる、場合ではない?とは?


人は(これらは人というべきか怪しいが便宜上そう呼ぶ)、不都合が明るみに出そうになると、様々な挙動が不審になる。


例えば、僕の隣で冷や汗をかきうつむいたまま黙り込んでいる、そう、たとえばこの金髪碧眼性別不明の天使みたいに。


「もしかして、僕の魂って、まだ何かあるんですか?」

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