第4話 異世界管理者の面接を受ける。僕は祈られる。

 気がつくと、僕と天使は地平線の向こうまで広がる花畑のど真ん中にいた。


 甘い香りが漂う美しい空間ではあったが、先程の天使からの説明が僕の不安を余計にあおるものだから、全く落ち着かない。


「愛想良く、笑顔を忘れずに。それから、聞かれた事には、ハキハキ答えてください。」


 ここは、数多ある世界の中でも大手らしく、魂の面接を担当する管理者もなかなか厳しいらしい。


 ただ、大手異世界らしく、基本的に衣食住は安定していて、時折瑣末な争いが起こるものの、大抵は平穏な一生を送ることができるとかで、人気の候補地なのだそう。


「転生する方の魂のことを、彼らは『中途魂』って言うんですけど、この世界がそれを募集する事自体珍しいんです。

 希望しても面接さえ受けられないことがほとんどですから」


「え、じゃあ僕みたいに複数転生してて、役割を全うした経験がない魂が、何でここにいられるんです?」


「今回久しぶりに新国家樹立が予定されているみたいで、中途魂のポテンシャルに期待してるんですよ。」


 天使はにっこり微笑み、そう答えた。


 —ますます転職活動だな…。


 まるで転職エージェントの様に延々と横でアドバイスしてくれる天使、大手企業が新規事業を立ち上げる時の様に中途採用する異世界、オマケにあのクラウドサービスとやら!


 僕が生きていた頃、暇つぶしに読んでいた異世界モノとはだいぶかけ離れた、それも随分シビアな事前手続きに戸惑いを隠せない。


 —こんなことなら、先輩の転職オファー、断るんじゃなかった。


 そんなことを考えていると、突然目の前に『管理者』が現れる。


 □


「お初にお目にかかります、この世界の管理者が1人、本日の『面接官』でございます。」


 長い黒髪、屈強な体。2メートルはゆうに超えているであろう身体を屈めながら、真顔でこちらを覗き込む。


 —こういう緊張感、久しぶりだな。


 最後に面接をしたのはあの会社を中途で受けた日だ。もう3年も前のこと。


 果たして僕はこの面接を乗り切ることができるのだろうか?


「では、いくつか質問させていただきますね。それでは—」


 一抹の不安をかかえながら、前世での経歴や趣味趣向、得意不得意についての質問に答える。


 □


「まあ、いきなり大手でしたからね!気落ちせず、次に行きましょう!それに結果はまだ来てませんから!」


 僕の情報が詰まっているというクラウドとやらを抱えた天使は、やや不自然な笑顔を浮かべながら僕を励ましていた。


「いや、明らかに僕の魂スペックに不釣り合いでしたよね。あの異世界…。」


 そもそも募集の経緯から壮大だった。


 新大陸発見に伴い、原住民との迎合と短期的な戦闘。また、今後はその新大陸を軸に、新しい文化形成のための土台を作らねばならないという。


「転生時に記憶は消させていただかますが、新規受入予定の中途魂には、新大陸にて重要な役割を担っていただく必要がございます。

 すでに安寧の世に突入した弊世界ですが、新大陸発生以降、他国の既存文化は衰退し、新規文化へ総入れ替えプロジェクトの要になっていただきたいのです。」


 管理者曰く、数十世紀毎に行われる大規模プロジェクトとのこと。


 募集経緯についての説明が終わると、屈強な管理者、いや、面接官は、僕のエントリーシートを見ながらいくつか質問をしたが、早々に“落選”の表情に変わるのがみてとれた。


 人事採用の経験があれば少なからず分かってしまう。下手に候補者に期待させないよう、毒にも薬にもならないような瑣末な質問をし、適当なところで切り上げる。


 あれはそういう類の面接だ。


『前世で、転職機会があったにも関わらず、残り続けた理由』について僕が回答した直後から、そういう態度に変わったのだ。


 ただ、僕としても、どちらかといえば来世は平穏に暮らしたい。


「完全にミスマッチだと思うんですけど…。」


「そうですねぇ、あなたなら合うと思ったんですけどねぇ。ああいうド派手なプロジェクト。

 うーん。何がいけなかったんだろうなあ。」


 天使は腑に落ちない、というような表情でうんうん唸っている。


「いや、だから、転生先では普通の、前世でいうところのサラリーマンみたいなフツーの人生を全うしたいんですよ…。」


 力なく、天使に要望を伝えてみたものの、僕の声は届かなかい。


「まあ、落ち込んでも仕方ないですし、結果はまだ出てませんよ!他の異世界も面接受けておきましょう!」


 僕は知っている。


 転職エージェントとの相性が悪いと、紹介される企業が全くと言っていいほどマッチしないことを。

 そして、よしんば転職できたとしても、大体は不幸な結末となり早々に退職となってしまうことを。


 これは、まさにその典型のような気がしてならない。


 だがしかし、ここは前世とは違う。悲観的になるよりは、もう少しこの天使の言うこと聞いてみよう。


 安定した普通の転生ができるように。もう2度とはみだしてしまう魂にならないために。


 □


 のべ18異世界ほどの管理者と面接した。大手から中堅まで様々な異世界を受けた。


 そして、結論から言うと、すべての異世界からお祈りされてしまった。


『貴殿の来世でのご活躍を—…』


「ここでも、この定型文コピペしてんのかよ!」


 思わずそう言わずにはいられなかった。


 はじめにプレゼンを受けた白い部屋に戻った僕と天使は、頭を抱え、続々届くお祈りメッセージに絶望している。


「申し訳ありません。さすがに…、これは予想外でした。」


「僕の方こそ、申し訳ないです。なんか、こう、採用担当してたし、面接は慣れてる方だと思ってたんですが…。」


 だが、勝手が多少違うとはいえ、ここまで全否定されると流石に落ち込んでしまう。

 一体この先どうなってしまうのか、天使の苦悩ぶりを見るに、恐らくそのコースはよろしいものではなさそうだ。


「……くっ、あまりこちらの世界はご紹介したくなかったのですが」


 そう言うと、天使はパッと顔をあげ、真剣な瞳で僕を見つめる。


「中途魂を絶賛募集中の世界に、一つ心当たりがあります。そこに望みをかけましょう!」





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