五章―――異世界の日常―――


 チュンチュン……


 朝日が部屋の中に降り注ぐ


 障子が少し空いているせいか、心地よい風が部屋を通り抜ける


 眩しさを感じた明凜は眼をこすりながら寝返りを打つ


「うぅん……」


 ファサ……

 何かが手に絡み付く


「ん……なんだこれ?私こんなに髪長かったっけ……?」


 寝ぼけているのかあまり良く目も見えていない


 黒髪が腕に絡んでくすぐったい


「邪魔だなあ!この髪の毛」


 思いっきり引っ張った


「痛いだろ!引っ張るな」


 低い声に我に返る明凜


 隣に横たわっていたのは紅玉だった


「ど、どうして一緒に寝てるの??!」


むすっとした表情で起き上がる紅玉


「なんだ覚えていないのか。昨晩水と酒を間違えて飲んで倒れただろ」


「ええ?!お酒?!」


「あの様子じゃ初めて飲んだのか?まぁあれはかなり強い酒だから一気飲みするのは確かにお勧めしないがな。」


「う、うん。だって私の世界ではお酒飲める年じゃないし。まぁ国によって違うんだけど。」


「年齢でわけてるのか。酒なんて物心ついたころから飲んでるから、覚えてもいないな。第一明凜は何歳なんだ?」


「私今年で17歳だよ。」


 普通の高校二年生だった。小さい頃から剣道を習っていて、高校に入ってからは剣道部の部活で毎日稽古を欠かさなかった。

 稽古は厳しくて、辛くて辞めたいと思ったことも多かったけど、今はそんな日常が恋しくてたまらない。


「17か。俺の4つ下か」


「21??もっと年上かと思ってた!」


 思ったままを口にしてしまった。


 明凜には落ち着いた雰囲気の紅玉はとても年上に見えていた。

 無理はない。

 明凜は男性と付き合ったこともなければ、好きになったこともない。身近にいる異性といえば父親か、部活の先輩、学校の先生くらいなのだから。


「悪かったな、老け顔で。」


 眉間にシワがよっている。


 バサッとかけていた布を明凜の頭からかけた


「わ!ごめんっ。大人っぽいってだけで――」


 布を外しながら慌ててフォローする。


「わーーー!」


 ほぼほぼ衣をまとっていない紅玉が目の前に現れた


「きゃーーー!!」


「お、おい。でかい声出すな。」


 紅玉は慌てて明凜の口を抑える


「むぐぐ、らって、なんれ、ふく……」


「着替えるだけだろっ」


 このまま手を離してしまったらまた叫ばれるかもしれないと思うと、なかなか離すことができない。

 何とかして収める方法はないものか。


 紅玉は明凜の顎を掴み、そのまま口づけした――


大抵の女たちはこれで静かに言うことを聞いてくれる

きっと明凜もそうだろうと……


 唇と唇が離れると、一瞬きょとんとした顔の明凜がいた――


ほっと胸を撫で下ろす紅玉だったが


「きゃーーーー!また勝手にキスしたー!!変態!」


 思いっきり叫ばれた


 明凜はクッションやら燭台やらをブンブン投げる


「明凜!こら!物をなげるんじゃないっ。」


バタン!

 その時部屋の扉が勢い良く開いた


「大丈夫?!すごい声が聞こえたけど!二人とも大丈夫?!」


 曇嵐が入ってきた


 彼の目の前には半裸の紅玉に対して拳を振り上げている明凜がいた


「…………」

「…………」

「…………」


 三人のしばしの沈黙


「無理やりは良くないわよ、紅玉。」


 紅玉へ冷めた視線を向ける


「んなことするか!第一こいつが俺の髪を離さなかっただけのことだ。深い意味はない。」


 そう言いながらちゃちゃっと着替えて部屋を後にしてしまった


「さ、明凜。あんたも着替えておしまい。紅玉は公務があるから、朝は早いのよ。珍しく職場にこないと思ったら、明凜が心配で離れなかったのね。」


「心配~?そんな風には見えなかったけど。」


曇嵐に出された服を着ながら不満げに答える


今日のお召し物はさくら色の着物に、緑の花の刺繍がスカートの裾に施され、可愛らしい

今で言うと漢服のような服装だ

 


「ふふ、あら似合うじゃない。あんた一応朱雀の花嫁なんだから、心配するのは当たり前のことよ。」


「そ、そうだ。初めてあったとき、花嫁は命を狙われるって……でも私なんて狙って何もいいことなんてないよ?」


剣道くらいしか特技のない自分に何の徳があるのだろうか?ニュースでは総理大臣を狙ってテロを起こすなどの事件は聞いたことあるが、実際自分の身に起こるとは考えられない


「あたしだって数ヵ月前までは花嫁なんて伝説だと思っていたわ。文献に残っていると言われても、誰一人その存在を証明できなかったもの。

 白虎の花嫁が現れるまではね。」


「いるの?!私の他に花嫁が?!」


 もし曇嵐の話が本当だとしたら、自分のように異世界から来た人がいることになる


「会ってみたい。同じ境遇の人なら、帰る方法も知ってるかも。」


「――言うと思ったわ。いずれは知ることになるから、紅玉も隠すつもりはないと言っていたから、どのみちあんたの耳に入るしね。……極論から言うと、今は会うことは難しいと思うわ。」


「どうして?場所がわからないの?」


「わかるわ。西の国、西黄国せいおうこくよ。ここから馬で一週間はかかるかしら。」


「そんなに……」


「それにね、西黄国は今戦争真っ只中。そんな中にあんたが行っても巻き込まれて死ぬだけよ。」


「戦争?!なんで?!」


「珍しいことじゃないわ。領土を広げるためには力で奪うしかないの。最近になって、国王はどんどん戦争をけしかけてる。花嫁が現れてからは負けなしと言われてるわ。どうやら白虎の花嫁は強力な力の持ち主のようね。負けた国の民衆たちは貧困に苦しんで野放たれ死んでいってると言われてるわ。」


「そんなひどい……領土になったのなら自分の国民でしょう?」

 

「普通ならね。でも奴は奴隷としか思っていない。

 だからね、あんたが花嫁に会う前に捕まってしまうのが落ちよ。もし、正体が知れたら何をされるかわかったもんじゃない。……今は大人しくしてなさい。」


「う、うん。」


 戦争だなんて。本当にここは自分のいた世界とは違うのだと思い知らされる

 確かに戦争はあったが日本ではもうずっと昔の話だ


「さ、紅玉がお昼に帰ってくる前にご飯でも支度しましょう!人払いしてしまったから、屋敷にほとんど人がいないからあたしの仕事が増えて大変よぉ!」


 パンパンと手を叩き、曇嵐は手際よく部屋を片付けていく

明凜もすることがないので一生懸命掃除や食事の支度を手伝った

 何かしら動いていなければ、考えてしまう

 

この世界では殺し合いが普通に行われていること――

自分がその標的になってしまうこと――

 

 動いている時だけは、怖い感情から目を背けることができた――

 


 

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