呪い

やざき わかば

呪い

私は今、呪いの研究に凝っている。


もちろん呪いなんて信じていない。ただその呪いの方法や、そういった

呪いと呼ばれるものの生まれた時代背景などを調べることが非常に面白い。

元来趣味であったゲームもそっちのけ、もう盲目的に熱中している。


大体呪いなんてものはその当時の人々が、どうにも抗えない事柄、例えば

身分の差による区別とか死への恐怖、もっと小さいところで言えば憎たらしいけど

刃向かえないしましてや殺すなんてとんでもない輩、そんなことに悩んでいる

自分を慰めるために作り出したものだ。


さて最近、古本屋で面白い本を手に入れた。世界各国の呪いが紹介されている古い本だ。 これがまた分厚く、読み応えもあり私は連日連夜寝食も忘れ貪るように読んだ。 その中で、どうにも興味を惹かれる呪いがあった。


・憎い相手の存在自体を消してしまう方法


説明によると、相手が死んだり、地方に飛ばされるといった当たり前の内容ではなく、 その相手をもともと居なかったことにするという、一風変わった呪いであった。


「ふむ、恐ろしいがなかなか面白い呪いだ。しかしながらどういった理屈だろう。

 存在自体を消すということは七代前まで遡って先祖ともども生まれてこなかった

 ことにするしか方法はないはずだが」


こうなるともう止まらない。寝ても覚めてもこの呪いのことで頭が一杯である。

一人で考えていても埒があかないと思い、同じ呪い研究仲間のK君と論じ合った。


「なるほどこれは妙な呪いだ。一体どこの呪いなんだい」

「それがK君、作られた国や歴史背景などは不詳なんだよ」

「存在を消すということは、例えば君の生きてきた記録や関わってきた人の記憶、

 書いてきた文章なども全て消えてしまうということなのかな」

「そこが解らないんだ。しかし君、例えばそうなったとすると、

 これは歴史を変えてしまうことにならないかい」

「なんだかタイム・パラドックスの話になりそうだね」


夜がふけるまで、酒を呑みながら話し合ったが、一向に的を得ない。

結局何の進展もないまま、K君と別れ私は自宅へ戻った。釈然としない。


納得できないならやってしまえ、と酔いに任せて実行することにした。

存外用意するのは簡単なものばかりで、特別苦労をすることなく準備は完了。


「さて、誰を呪おうか。これといって存在を消したい相手なんて居ないが。

 …よし、それなら世界の存在を消してしまうことにしよう。これなら

 失敗したのもすぐ分かるし、万一成功したとしても自分にも被害があって

 罪滅しになる。これはうまい考えだ」


私は呪いを実行し、完了した。しばらくは何が起こるのかと身を固くして

いたのだが、何も起こる気配がない。少し時間がかかるのかとも思い、

とりあえず布団に潜り込んでそのまま寝てしまった。


次の日は昼過ぎに起きた。何も変わった様子はない。なんだ結局、呪いなんて

やはり信じるに値しないものなのかと少し落胆したのだが、気を取り直し

大分遅い朝食を済ませた。


「何もなかったことをあとでK君に教えてやろう。さて、なんか気が抜けた。

 久しぶりにゲームでもやるかな。途中で放り投げてそのままのやつがあったはずだが」


なんの気なしにゲームの電源を入れる。そして私はあの呪いの効力を知ることになった。


「お気の毒ですが貴方のセーブデータは消えてしまいました」


確かに世界の存在は消えていた。しかしこんな結果があるか。ちくしょう。

これ以降、私は呪いを実際に試してみることを一切辞めた。


やはり呪いなんて怪しげなものは実行しないほうが良いのだ。

貴方も、呪いには精々ご注意を…。

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呪い やざき わかば @wakaba_fight

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