③完

 あの後、洗濯物をしっかりと洗濯機に入れて、洗濯をしている間に、雪音は台所へと向かい、冷蔵庫を開ける。


 そして、中から卵を取り出し、米を研いだかと思うと、鍋の準備をし始める。どうやら、風邪の時の定番を作ろうとしているようだ。


 鼻歌など歌って、今日の雪音は上機嫌だな。


 だから、普段ならしないであろうあんな事を……いや、関係ないか。


 そんな私の心中など関係なく、雪音は料理を作り始める。春子が作り置きしてくれている分もあるだろうが、陽太郎も育ち盛りの男子だ。きっと、すべて食すであろう。


 私は、雪音の邪魔にならないように、応援しよう。


「陽太郎、起きてる?」


 手が塞がっている雪音の代わりに、私がドアを開ける。もはや、私がこの方法で開けても、もうみんな何も言わなくなってしまった。最初の頃は、それはもう大喜びだったのに、慣れというのは恐ろしい。


「起きてるけど……もしかして、それ」


 陽太郎はベッドで寝ているかと思いきや、なんとパソコンの前でキーボードを叩いていた。


「陽太郎」

「なんだ?」

「春子さんに言うよ」


 その言葉が出た瞬間、陽太郎はパソコンの電源を落とすと、すぐにベッドに戻る。最初から、大人しくしておけばいいものを。


「あんたって、本当に……」


 雪音が呆れながら陽太郎のテーブルの上に、両手に持っていたお盆を置く。そして、鍋の蓋を取ると、湯気と一緒に、私の鼻がとても美味しそうな匂いを嗅ぎ取ってしまった。くっ、これは、私に効く!


「作ってくれたのか?」

「そ、あと春子さんが作ってくれてたおにぎりとか野菜の副菜もあるよ」


 量が多いのでは? と思ったが、そこは雪音と春子である。作り置きされていたおにぎりは一口サイズの物であるし、おかゆの量もそんなではない。例え、量が多くても陽太郎は食べると思うが、そこはしっかりと気遣ったのだろう。


「今日は、食べてないから、助かる」

「何から食べる?」

「じゃあ……」


 陽太郎、判っているな。ここは、当然、おかやだぞ。おかゆ以外の選択肢などないぞ。判っているな?


「か」

「にゃあ」


 陽太郎の頭に飛び乗った。今、お前はとんでもない事を言おうとしたな。その選択はないぞ。私の視線と、雪音が鍋の蓋に手を掛けているのを見て、察したのか、陽太郎は自分の選択の失敗を悟ったのか、言い直す。


「おかゆで」

「わかった」


 その言葉で、雪音は上機嫌に小皿に取り分け始める。良かったな、陽太郎。私がいなければ、終わっていたぞ。


 雪音は小皿に取り分けると、それを陽太郎に渡すのかと思いきや、レンゲで小皿に盛ったおかやを掬う。


「雪音?」

「陽太郎、まだ本調子じゃないでしょ。だから、食べさせてあげるよ」

「Watt、洗濯物をしっかりと洗濯機に入れて、洗濯をしている間に、雪音は台所へと向かい、冷蔵庫を開ける。


 そして、中から卵を取り出し、米を研いだかと思うと、鍋の準備をし始める。どうやら、風邪の時の定番を作ろうとしているようだ。


 鼻歌など歌って、今日の雪音は上機嫌だな。


 だから、普段ならしないであろうあんな事を……いや、関係ないか。


 そんな私の心中など関係なく、雪音は料理を作り始める。春子が作り置きしてくれている分もあるだろうが、陽太郎も育ち盛りの男子だ。きっと、すべて食すであろう。


 私は、雪音の邪魔にならないように、応援しよう。


「陽太郎、起きてる?」


 手が塞がっている雪音の代わりに、私がドアを開ける。もはや、私がこの方法で開けても、もうみんな何も言わなくなってしまった。最初の頃は、それはもう大喜びだったのに、慣れというのは恐ろしい。


「起きてるけど……もしかして、それ」


 陽太郎はベッドで寝ているかと思いきや、なんとパソコンの前でキーボードを叩いていた。


「陽太郎」

「なんだ?」

「春子さんに言うよ」


 その言葉が出た瞬間、陽太郎はパソコンの電源を落とすと、すぐにベッドに戻る。最初から、大人しくしておけばいいものを。


「あんたって、本当に……」


 雪音が呆れながら陽太郎のテーブルの上に、両手に持っていたお盆を置く。そして、鍋の蓋を取ると、湯気と一緒に、私の鼻がとても美味しそうな匂いを嗅ぎ取ってしまった。くっ、これは、私に効く!


「作ってくれたのか?」

「そ、あと春子さんが作ってくれてたおにぎりとか野菜の副菜もあるよ」


 量が多いのでは? と思ったが、そこは雪音と春子である。作り置きされていたおにぎりは一口サイズの物であるし、おかゆの量もそんなではない。例え、量が多くても陽太郎は食べると思うが、そこはしっかりと気遣ったのだろう。


「今日は、食べてないから、助かる」

「何から食べる?」

「じゃあ……」


 陽太郎、判っているな。ここは、当然、おかやだぞ。おかゆ以外の選択肢などないぞ。判っているな?


「か」

「にゃあ」


 陽太郎の頭に飛び乗った。今、お前はとんでもない事を言おうとしたな。その選択はないぞ。私の視線と、雪音が鍋の蓋に手を掛けているのを見て、察したのか、陽太郎は自分の選択の失敗を悟ったのか、言い直す。


「おかゆで」

「わかった」


 その言葉で、雪音は上機嫌に小皿に取り分け始める。良かったな、陽太郎。私がいなければ、終わっていたぞ。


 雪音は小皿に取り分けると、それを陽太郎に渡すのかと思いきや、レンゲで小皿に盛ったおかやを掬う。


「雪音?」

「陽太郎、まだ本調子じゃないでしょ。だから、食べさせてあげるよ」

「はい?」


 陽太郎は突然の提案に思考が追い付いていないみたいだ。


「ほら、早くしてよ」


 雪音は、レンゲを陽太郎の口元へ持っていく。陽太郎は様々な葛藤をしているのか、見た事もない表情をしているが、決意が固まったのか、口を開いて受け入れた。


 俗に言う、あーんを。


 結局、陽太郎はおかゆを完食した。当然、あーんで。


 陽太郎は、完食した後羞恥からか、ベッドに潜ってしまった。片や、雪音は常に上機嫌だった。雪音の方には羞恥がない。どうしてだ?


「なんだか、機嫌が良いな」


 陽太郎がベッドから、後片付けをしている雪音に話し掛ける。


「ようやく、約束を果たせたなって」

「約束?」


 雪音の言葉に、陽太郎は疑問符を口にする。


「ほら、昔私が風邪で寝込んでて、お父さんもお母さんも用事でどうしても家から出掛けなきゃいけない状況で、春子さんと陽太郎が家に来てくれた時あったでしょ」

「……あったけ?」

「ありました!」


 陽太郎は、過去を遡ったのだろうが、陽太郎の図書館にはその記憶の本は無かったみたいだ。


「それで、おかゆを作ってくれでしょ」

「母さんが?」

「陽太郎が」

「俺が⁉」


 本当に覚えていないのか、この主人は……。


「正確に言うなら、春子さんの指導の元作っただけどね」

「……ああ、そういえば、そんな事もあったような」


 微かにだが、思い出してきたみたいだ。しかし、私にはその時の記憶はない。という事は私がまだ、二人で出会う前の話か。


「それで、作ってくれたおかゆを私に食べさせてくれたでしょ」

「……そんな事をしましたっけ?」

「しました」


 昔の陽太郎は随分と積極的だな。それが、どうしてこうなってしまったのか。


「その時のおかゆの味が今でも、私が今まで食べた中で一番美味しかった。それに、とても嬉しかったんだ」


 雪音は、そう言うと陽太郎の傍に寄る。


「風邪を引いて、すごく心細くて、寂しかったから、すごく温かい気持ちになって、嬉しかった。それで、その時に約束したの、もし、陽太郎が風邪を引いて、寝込む事があったら、私が同じ事をしてあげるって」


 なるほど。それが、さっき雪音が言っていた約束か。


「だけど、それから中々機会が無くて、どうしようかと思ったけど、まさかその約束を果たせるなんてね」


 そう言って、微笑む。


「じゃあ、そろそろ帰るね。しっかりと寝て治すのよ」


 雪音がお盆を持って、部屋を出て行こうとする。


「雪音」


 そんな雪音を陽太郎が、呼び止める。


「その、なんだ、ありがとな」


 それだけ言うと、陽太郎は布団を被る


「どういたしまして」


 そう言った、雪音の頬がほんのりを朱に染まっていたのは、きっと風邪ではない事は私でなくても、判るであろう。


 こうして、私の知らない二人の出来事を知る事が出来たのだが、後日、雪音が風邪で寝込んでしまい、陽太郎がすぐに看病しに行き、そこで二人が新たな約束をするのは、別の話である。

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この二人ほど面倒な関係はない 雲川空 @sora373

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