②
意識が眠りの海へと沈んていた私の意識を、引き上げたのは、私の耳が微かな物音を拾ったからである。
閉じていた瞼を開けると、そこは真っ暗闇であった。もう、夜になってしまったのかと思ったが、よく目を凝らすと、目の前には黒の布地、そして、覚えのある匂い。
そうだ、確か私は陽太郎の湯たんぽの代わりをしていて、それで……どうなったんだ? などと疑問に思うまでもなく、私は陽太郎の看病をするつもりが、一緒になって眠ってしまったらしい。
覚醒した私は、陽太郎の腕から抜け出すと、辺りを見回す。そして、私を眠りから覚ました物音の正体を見た。
「あっ、グレ、起きたんだね」
そこに居たのは、制服を着た私のもう一人の主人でもある
陽太郎はまだ、規則正しく寝息を立てている。顔色は、朝見た時よりも、随分と良い。薬と、睡眠のおかげ、そして、何より私のおかげだろう。寝ていただけだが。
私はベッドから下りると、雪音の元へ歩いていく。雪音は長い髪を後ろで結び、シャツの袖を捲り、散らかっていた部屋を片付けている。当然、物音は極力立てないようにしながらだ。
ふと、時計を見ると、時間は夕方を示していた。そんなに、寝ていたのか、私は。通りで学校に行っているはずの、雪音がここに居るわけだ。
というか、制服を着ているという事は、彼女は学校が終わってからここに来たのか。しかし、どうして、雪音がここに居るんだ?
「うーん」
そんな事を思っていると、陽太郎の声がして、振り返ると、寝ぼけ眼を開け、上体を起こす。
「ちょっと、病人なんだから、大人しくしおきなさい」
「ゆき、ね?」
雪音がすぐに近寄ると、陽太郎を寝かせ、毛布と布団を被せる。
陽太郎は意識が覚醒したのか、目をぱちくりさせると、
「いや、そうじゃなくて!」
ガバッと被っていた毛布と布団を取り、上体を起こすと、
「なんで、お前がここに居るんだよ!」
雪音を指差す。声も若干かすれているが、問題はなそうだ。というか陽太郎、人を指差してはいけないだろう。
それに、私からすれば、なんでここに雪音が居るのかは大体想像がつく。
「今朝、家の前で春子さんに会って、あんたが風邪で倒れたって聞いたから、私が看病しに来たんでしょ」
「いや、家には鍵が………」
「春子さんから、鍵は借りてるから」
雪音は、ポケットからこの家の鍵を出す。うん、私の予想通りだ。
「そう言うわけことだから、ほら、病人は大人しく寝てなさい」
雪音はそう言うと、再び陽太郎を寝かしつける。さっきは元気の良い反応していたが、まだ本調子ではないのか、陽太郎は今度は大人しく横になる。
その様子を見て、雪音は満足したのか、再び部屋の片づけを開始する。
「いやいや、ちょっと待て!」
大人しく寝ていたはずの陽太郎がまた、起き上がり、雪音を指差す。こら、陽太郎、だから指を差してはいけないと言っているだろう。
「なに?」
「なんで、勝手に俺の部屋を片付けている⁉」
「いや、散らかっているから……」
「散らかってないから」
「だって、机の上、缶とか」
「それは、仕方ない」
「マンガだって棚に戻されてないし」
「読んでいる途中だから」
「じゃあ、これは?」
「……」
雪音が手に取ったのは、陽太郎が脱ぎっぱなしにしていた。パジャマ代わりに着ていたTシャツとスウェットズボンだった。
陽太郎はゲームに集中すると、部屋に籠るので、こういった洗濯物を溜めこんでしまう癖がある。その事で、いつも春子からお小言を貰い、一、二週間はしっかりとするのだが、時間が経てば経つほど、戻ってしまう。
その繰り返しである。
「片付けます」
「ま、待て」
「なに?」
洗濯物を畳んで、持つとそれを一階にある洗濯機に持っていこうとするのを、陽太郎は止める。
「洗濯機に持っていくのは、俺がする、から」
「いや、病人にそんな事させられないでしょ」
「いや、でもな……」
「煮え切らないなー。はっきり言いなよ」
何やら言いづらそうにしている陽太郎に、雪音はズバリ訊く。陽太郎は意を決したように、口を開く。
「お前は、嫌じゃないのかよ」
「?」
陽太郎の言葉の意味を呑み込めていないのか。雪音は、判っていないのか首を捻っている。ちなみに、当然私は、その言葉の意味をなんとなく察した。
「俺の着てた服だぞ」
「判ってるけど?」
「はあー、ゲホゲホ」
判っていないであろう雪音の言葉に、陽太郎はため息を吐き、咳き込む。大変だな、陽太郎。
「なーにー、そのため息は?」
「いや、もういい」
陽太郎は、そう言うと、布団と毛布を被り、横になる。そんな陽太郎を見て、雪音は、
「もう」とだけ言って部屋を出て行く。雪音が部屋から出て行った後に、
「少しは、意識がするもんじゃないのか、普通。俺は、意識する相手じゃないって事かよ」
独り言を呟く。まあ、そうだとは思ったが、しかし、果たしてそうかな。私は、こっそりと雪音の後を追う事にした。
洗濯機の前で、雪音の姿を見つけた私は、彼女に近づくと、彼女は洗濯機の中に洗濯物をまだ入れておらず、シャツを広げて、見つめている。
「にゃお?」
どうした? 私が彼女に声を掛けると、彼女はそれはも、飛び跳ねようとだった。例えるならば、この前私の友人の猫の尻尾を誤って踏んでしまったかのような反応だ。
私は、雪音の尻尾を踏んでなどいないはずなのだが。
「グ、グレ、ち、違うの! 私は別に、何も他意はないから! そう、何もないから!」
などと、一人で弁明し始めた。陽太郎、安心しろ。雪音はただ見栄を張っていただけだ。
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