風邪➀

「39度。完全に風邪ね、これは」

「ゲホゲホ。通りで頭が重いわけだ」


 ベッドで横になっている私の主人である黒地陽太郎くろちようたろうは咳き込みながら、辛そうにそんな事を言う。


「何をカッコつけて言っているの、この子は」


 そんな陽太郎のおでこを、彼の母親である黒地春子くろちはるこはペチっと叩く。彼女の叩いたのおでこには白い布が、所謂熱さまシートが貼られていた。


「今日は、大人しくしておきなさい」

「判ってるよ」

「どうしても、仕事が休めないけど、なるべく早く帰って来るわ」

「…俺ももう高校生なんだから、大丈夫だよ」

「成長して肩書が変わろうとも、私にとってはあなたはいつまでも、子どもよ」


 春子はそう言うと、部屋を出て行こうとする。


「消化の良い物とかは作り置きしていくから、食べれそうな時に食べなさい。後、水分補給はこまめにね」

「これだけ、あれば大丈夫だよ」

「初めて、あんたの趣味がゲームで良かったと思ったわ」


 彼の部屋のテーブルの上には、スポーツドリンクがたくさん並んでいた。これは普段、彼がゲームをする時に飲む用に常に大量購入している。

 

 まさか、こんな形で活かされるとは。


 とは言っても、その趣味が原因で、こうして、陽太郎は風邪を引いてしまって倒れるはめになってしまったわけなのだが。

 

 やれやれ、だからあれほど寝なくてはいいのかと私は言ったのに、陽太郎は私の進言を無視して、あまつさえ、私を膝に乗せて夜中までゲームを興じていた。


 本人の自業自得な所ではあるのだが、こうして辛そうにしている陽太郎を見ている責める心はどこかに行ってしまう。


「大人しく寝ているのよ。少し楽になったからと言って、ゲームをしたりしない事」「………」

「したら、あなたのPCが無いと思いなさい」

「判りました」


 そんな陽太郎の言葉に、春子は大きくため息を吐くと、部屋から出て行く。私も彼女の後に続いて、部屋を後にする。


「まったく、何かに没頭するのは悪くないけど、倒れるまでするなんて、誰に似たのかしら」


 そんな事を言いながら、春子は陽太郎の為に料理を作っている。私から、言わせれば、春子ではないかと思う。


 彼女もよく、仕事を家に持ち帰って来ては、夜遅くまで仕事をしている。その集中力はしっかりと陽太郎はしっかりと受け継いでいると思う。

 

 私としては、そんな春子も心配ではある。


「さて、こんなものね」


 春子は冷蔵庫に、作り置きした料理を仕舞うと、エプロンを掛け、出掛ける準備を始め、それが終わると、玄関へと向かう。


 私は、そんな春子に行ってらっしゃいをする為に、付いて行く。


「じゃあ、グレ、行ってきます。あの子の事よろしく」


 私の頭を軽く撫でる。私は、任せておきなさいと一鳴きする。


 彼女は、微笑むと、玄関の扉を開け、仕事へと向かった。さて、では私の主人の看病をするとしよう。


 私は、グレ。この黒地家と天白家の二人の主人を見守る猫である。



 階段を上げっていき、陽太郎の部屋のドアノブのジャンプすると、そのまま体重を乗せ、ドアを開ける。最初の頃は苦労したこの動作も今となっては、最早、手慣れた物である。


 部屋に入ると、陽太郎はゴホゴホと咳き込みつつも、瞼を閉ざし、眠りについている。寒いのだろうか、無意識に毛布を口元まで上げている。


 やれやれ、仕方ない。


 私は、毛布の中に入り込むと、陽太郎の体の上に乗る。


「うーん」


 眠りが浅かったのか、陽太郎の意識が覚醒する。


「グレ、おもい」


 ガサガサの声で、私に向かってとんでもない事を言ってくる。せっかく、私が暖めてやっているというのに、重いとは。これでも、以前よりはスリムになったのだぞ!


 そんな私の非難が届く事なく、陽太郎は毛布の中で私を両手で掴むと、そのまま私を優しく抱きかかえ、体を丸める。


「湯たんぽになってくれるなら、これでたのむ」


 ふむ、まあよかろう。


 彼はまた、意識を手放す。寝息が規則的になったので、今度はしっかりと眠りについたのだろう。よし、春子にも頼まれた事だ。陽太郎の看病をしっかりとせねばなるまい。


 しかし、この規則正しい寝息を聞いていると、なんだか、私も……。


 気が付けば、私もまた、意識を手放していた。

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