③完
私は先回りをして、四阿の屋根に上り、二人を待っていると、ほどなく二人がやって来て、四阿の中に入る。
「なんで、そんな離れるわけ?」
屋根の上にいるので、当然二人の会話だけしか聞こえてこない。この四阿の中は入口が二箇所あり、入って両側が座れるようになっている。
恐らくだが、陽太郎は雪音の対面に座ったに違いない。
「いや、こうした方が話をしやすいかと」
なんともな、返しをする。偶に、思うのだが、陽太郎は本当に思春期に突入している高校生なのか?
「はあー。それはそうかもだけど……なら、いいよ、もう」
雪音が呆れている。
「って、なんで、お前がこっちに来るんだよ」
「私にはこっちの方が話をしやすいの」
移動したような音がしたので、雪音が陽太郎の隣に移動して、座ったのだ。隣同士で座ったのはいいもののその後から、会話らしい会話がない。
ただ、雨が奏でる音だけがしている。
「どうして、傘入れてくれたの?」
そんな中、雪音が訊く。
「なんだよ、急に。入れろって言って強引に入ってきたのはお前だろ」
「いや、そうだけど。だって、今までだったら、凄い嫌そうな顔をするか、私に傘を渡して帰ってじゃん」
「別に、今更だろ。朝一緒に登校したりしてるんだし。今回も、まあいいかなってっ思っただけだよ」
「そう」
雪音はそう言ったきり、黙ってしまった。陽太郎も黙ってしまったので、そこから、静寂が訪れる。前までだったら、この空気は気まずい空気になっていただろうが、今は、この静寂もどこか二人らしいというか、気まずさがない。
「ねぇ」
「うん?」
「覚えてる?」
「なにを?」
「昔さ」
「ああ」
二人でポツリポツリと小雨が降るかのように、話を始める。
「小学生ぐらいの時さ」
「うん」
「雨の日になると、なんでか判らないけど、私達、外に飛び出して遊んでたじゃない」
「ああー、あったな」
「あったって、率先して誘ってきたのはそっちなんですけどー」
「いや、だってな。当時は、雨が降っているだけでテンション上がってたんだよな。あれは、俺の中でも謎の行動過ぎた」
「その謎の行動に付き合わされる私の身にもなって」
「お前だって、楽しんでただろ」
「そこは否定しないでおく。でも、一番の被害者は…」
「グレだな」
「グレよね」
私だな。
「逃げるグレを追いかけて、二人で連れ出したもんな」
「今では、考えられないくらいグレ必死だったよね」
二人はそう言って笑い合う。二人は笑い話にしているが、当時の私にとっては恐怖以外のなにものでもなかったんだぞ、本当に。
「それで、傘差さないもんだから、三人ともびしょびしょになって、お母さんに怒られて」
「俺も、母さんに怒られた」
そして、私も理不尽に怒られた。私は、巻き込まれただけなのに。
「でもさ、お母さん達に後から、三人でお揃いの色の雨合羽買ってもらったよね」
「そうそう、でも、俺は出来れば青が良かったのに、なんでか揃って、オレンジだったよな」
ちなみに、私はあの色結構気に入っていた。だが、あれはもう着れなくなってしまったので残念だ。
「でもさ、今となってはそんな風に思う事もなくなったわけだよね」
「それは、そうだろ。高校生になって雨合羽着て、遊ぶやついないだろ」
「そういう事じゃなくて、あんなに心躍っていたものが、煩わしいものに変わっていくんだなって」
寂しそうに雪音が言う。
「それは子どもだったからだろ。あの頃は楽しいと思ったものでも、こうして、色々知っていけば、他の事が楽しくなって離れていくのは、しょうがないと思う」
「そのせいで、陽太郎は引きこもりになっちゃったわけだ」
「…それは否定しない」
そのせいで、雪音は陽太郎に対して、ご立腹だったわけだが。まあ、あれから少しは陽太郎も外に出る機会は増えているので、前ほど引きこもってはいない。雪音が連れ出しているのだが、そこはいいか。
「それで、今は、お前にとってこの雨は煩わしいものなのか?」
陽太郎はこのままではからかわれると思ったのか、雪音にそう訊く。
「うーん、そうだね。やっぱり濡れるのは嫌だし。でも…」
「でも?」
「こうして、雨の音を聴きながら、会話をするのは嫌いじゃないかな」
「…あっそ」
雪音の言葉に、陽太郎は素っ気なく答えるが、言葉から照れているのが、判った。
「ねぇ、今度さ、私にも教えてよ」
「勉強か?」
「あのね、むしろ、あんたが私に教わる方でしょうが」
「いやいや、この間のテスト、俺結構点数良かったぞ」
ここまで聞こえてくる大きなため息を、雪音が吐く。
「それは、私が一生懸命教えておかげ。なんで、そんな得意げなのよ」
「別に、得意げってわけじゃ……まあ、感謝はしている。おかげで、なんとか今学期乗り切れそうだし」
「最初から、そう言いなさいよ。じゃあ、その借りを返すとでも思いなさい」
「はいはい、判ったよ。それで、俺はお前にいったい何を教えればいいんだ?」
なんだろうか? 私が知る限り雪音が陽太郎に教えて欲しい事とは………まさか!
「今度、私にゲームを教えなさい」
そっちか! そっちだったか! うーん、もっとこうなんというかな、甘酸っぱいものを期待していたのだが、そうはならないか。
「ゲームって…まあ、いいけど」
「約束よ」
陽太郎はすんなり承諾したので、雪音は心なしか声が弾んでいる。
「それで、教えるのはいいが、何かしたいゲームとかあるのか?」
「陽太郎がいつもやっているゲームでいいよ。ほら、あのガンゲームみたいなやつ」
「いや、ちょっとFPSは雪音には早い気がするんだよな」
「待ってよ。まだやってもいないのに簡単に決めないでくれる」
「もっと初心者でもやりやすいゲームから入って、それで、慣れてきたらやればいいだろ。お前、基本的にゲームなんて昔少しやったくらいだろ」
「それは、そうだけど」
「まあ、なんか考えとく」
なんだか、陽太郎がいつにもまして、積極的な気がする。まあ、自分の好きなものを教えて欲しいと言われれば、そうもなるか。
「これで、楽しみがまた増えたよ」
「ああ、楽しみにしとけよ」
その時は、私も同席させてもらおう。そこで、二人の会話はまた途切れる。正直私からすればこの時間はそんなに長い時間ではなかった、しかし、二人にとってはこの静寂の時間はどうなのだろう。いや、きっと短い長いは然したる問題ではない。そんな雰囲気の中、雪音がくすっと笑う。
「どうした?」
どれに対して、陽太郎は訊く。
「ううん。なんだかさ、ちょっと前までだったらさ、こうやって雨の中過ごすなんて考えられなかったなって」
「そりゃあ、雨だったら外に出ないからな。必然的に一緒になんていないだろ」
「そういう事じゃないってば」
「じゃあ、どういう事なんだ?」
相変わらずの唐変木だな、私の主人の一人は。
「昔は、一緒にいたけど、お互いさ、好きな物も変わって、環境も変わって、気が付いたらいない事が自然になってた」
「まあ、それは仕方ないと思うけどな。小さい時と今じゃ、そりゃ違うよ」
「でも、私はそうはなりたくなかった。だから、このままじゃあ、離れると思って、色々頑張っていたのに、当の本人は……」
「……しょうがないだろ。何もかも昔のままじゃあいられないし。それに…」
「それに?」
雪音の問いに、陽太郎は一拍間を空ける。
「なんだか、お前だけ成長して、大人になっているようで、俺が子どもみたい思えてたんだよ」
「なにそれ?」
「うーん、雪音はさ。人とコミュニケーション取るのが上手いし、それに、出来ない事もしっかりと努力して出来るようになる。それで、あの人気っぷりだろ。なんだかなー、そういうのを見ると、どうしても自分が子どもっぽく見えてたんだよ。言っちゃえば、劣等感みたいなやつなのかも」
「だから、あんなに私の誘い断って離れようとしていたわけだ」
「恥ずかしさの方が大きかったけど、きっと根底にはそれもあったんだと思う」
なんとも、複雑に考え過ぎな気もするが、きっと陽太郎にとってはそれは、とても気にしていた部分であり、割り切るのが難しい事だったのだろう。それを、割り切れたのが、もう一人の主人のおかげという事か。
「けど、雪音に言われて自分の気持ちを喋って、なんだかそういうのがどうでもよくなった。だから……」
「だから?」
「…ありがとう」
感謝の言葉はとんもないか細いものだったが、私の耳には届いた。という事は、当然雪音の耳にも…
「…小雨になってきたね」
雪音の言う通り、雨はその勢いを弱まらせつつあった。
「帰ろっか」
「…そうだな」
二人が腰を浮かせるのが、物音から判った。さて、そろそろ私も帰る……わけがない!
「にゃあ」
私は四阿の屋根から下りると、二人の背後から声を掛ける。私の場合は鳴き声だが。
「えっ、グレ、いつの間に居たの⁉」
「てか、お前そのレインウェア…」
二人は揃って私の出現に驚いている。ちょっとだけ愉悦感。
「あれ、それ私の傘……もしかして、私に傘を届けに来てくれたの?」
「にゃお」
「そっか、ありがとね、グレ」
そう言って、雪音は私の頭を撫でる。
「というか、よくここが判ったな。下手すればすれ違ってたかもなのに」
それは、随分前から居たからな。
「流石、グレね」
雪音は持っていたハンカチで私を拭くと、そのまま私を抱き抱える。
「じゃあ、三人で帰るわよ。ほら、早く傘!」
「ちょっと待てよ。グレがせっかく傘を持って来たんだから、それ使えばいいだろ」
陽太郎の発言に私と雪音はため息と吐く。全く、陽太郎、お前というやつは。
「ちょっとは成長したかと思えば、やっぱりまだまだね」
「いや、意味が判らないんだけど」
「いいから、ほら、早く!」
雪音に急かされて、陽太郎はどこか腑に落ちないのだろうが、持っていた傘を開き、そのまま、ここに来た時と同じように、雪音がその中に入る。
いや、同じではないか。私が居るというところが。そして、私達は一つの傘に入りながら、帰路につく。
あんなに小さかった二人は大きくなり、成長していく。まだ成長していない大切な部分も残しながら。 私はこれからも二人の主人のこれからを近くでこの成長を見守っていこう。
そんな当たり前の事を、雪音に抱えられながら、陽太郎の差す傘の下に入りながら、この雨の降る日に思うのであった。
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