➁

 そして、私達はこうして出掛けることになったのである。外出用のバッグに収まり、こうして二人と出掛けること自体が久しぶりである。

 昔は事あるごとに、家族と一緒に出掛けることがあったのだが、二人が高校生になったのと、お互いに家族が一緒になって出掛ける機会自体も少なくなってしまった為、私がこのような形で出掛けること自体が本当に久しぶりだ。


「それで、どこに行くんだよ?」


 昨日の事を思い出していた私は、陽太郎の言葉によって意識を戻す。


「それは、着いてからのお楽しみだって言ったでしょ」


 雪音は頑なに、行先を私達に教えてくれない。


「それより、何か言うことない?」


 そう言って、歩みを止める。その言葉と行動からきっと自身の服の感想を訊いているのだろう。今日の雪音は、フリルやレースをあしらった薄ピンク色のブラウスシャツに、下はデニムのパンツという、春によく合うコーデである。


「まあ、いいんじゃないか」


 陽太郎は雪音を一瞥すると、ぼそりと言う。こういったことを褒められていない陽太郎には少々難易度が高かったかもしれない。

 しかし、陽太郎。雪音の真意をしっかりと汲み取ることができるとは、成長したな。


「もう、褒めるならちゃんと褒めなよ」 


 そんな風にからかうが、どことなく嬉しそうである。普段の私服を知っている私からしても、今日の雪音の服装は少しだけいつもより気合が入っていると思う。

 その一方で、陽太郎の服装と言えば、白のパーカーに黒のスラックスという服装である。ちなみにこの服は雪音コーデである。


 陽太郎自身あまり服に関心がないのか、中学生の頃に着ていたヨレヨレのシャツなどを未だに着ていたのだが、そのあまりの惨状を嘆いた陽太郎の母、春子から雪音は陽太郎の服を見繕ってはくれないかと頼まれ、それを雪音は快諾したことにより、随分前に陽太路は一日かけて、服を見繕ってもらったのである。あの時の、陽太郎の姿はゲームの大会後以上に疲れ果てていたことが私の記憶に刻み込まれている。一方で、雪音はご満悦であった。


 これで、もっと見た目を気が使えるようになればいいのだがと、私はため息を吐く。

 雪音はまた歩み始める。その後を陽太郎が付いていく。今日は、雲一つない快晴であり、暑すぎず、かといって寒すぎず、なんとも過ごしやすい一日である。


「そういえば」

「うん?」


 陽太郎は雪音の背中に向けて言葉をかける。雪音は、歩くスピードを落とすと、陽太郎の隣に並び、話しやすい距離になる。


「いや、別に大した話じゃないけど…」

「なんで、そこで言い淀むのよ。大したことじゃないなら、言えばいいじゃない」

「お前が今度ライブするって」

「えっ、誰に聞いたの?」

「冬美さんから」

「お母さんかぁー」


 雪音はなんで言うかなと小さく呟く。雪音は高校の部活で軽音部というものに所属しており、ごく偶に家で練習している姿を見る。


「いいのかよ。練習とかあるんじゃないのか」

「しっかりと練習はしているから大丈夫よ。たまにはこうして息抜きしないと駄目なの」

「まあ、その気持ちは判るが」

「なら、いいでしょ」


 雪音はこの話はおしまいとばかりに歩くスピードを速める。急に話が終わってしまので、陽太郎は所在なさげになってしまう。はぁと一つと息を吐くと、雪音にまた付いていく。


 その後は、会話らしい会話はなくただただ二人の歩く時音と、周りの環境音だけがする。陽太郎から話を振るような話題も先程のぐらいだったのだろう、その後が続かない。しかし、二人の間でこういった会話がない時間も結構あるので、普段通りと言えば、普段通りなのだが、しかし、先程の雪音の反応はどこか素っ気なく私には映った。


「陽太郎はさあ」

「うん?」


 雪音は前を向いたまま、背中越しに陽太郎に問いかける。


「私がさ、ライブするって聞いてどう思った?」

「どうって……普通に凄いなって思うけど。人前でパフォーマンスをするなんて俺にはできないし」

「ライブって言っても、そんな大きな場所じゃないし、先輩の前座みたいな感じで出させてもらうみたいな感じだけどね」

「それでも、凄いと思うけどな」


 陽太郎の言葉には純粋な賞賛なのだろう。背中越しでも、雪音が喜んでいるのが判る。


「じゃあさ、見に来てくれる?」

「それは無理」


 雪音の誘いも、即答でバッサリと切る陽太郎。ううん、そこは嘘でも行くかもしれないぐらいは言って欲しかったぞ、私は。


「はぁ、そう言うと思った。一回も見に来てくれたことないもんね」

「そりゃ、そうだろ。俺にはハードル高過ぎるだろ」


 雪音の言葉にはその答えが、始めから予想の範疇だったのだろう。気落ちした感じはなかった。


「それに、俺が行ったとしても場違い感が凄いし、やっぱ行くのは無理だな」

「そう」


 なぜそこで、さらにそう言うことを言ってしまうのか、本当に乙女心が判っていない。

「いや、だけど、そうお前がどういう演奏してるのかには興味があるぞ、うん」


 流石の陽太郎も察したのか、フォローと言いて良いのか、判らないフォローを入れる。時すでに遅しでなければいいのだが。陽太郎と私は雪音を見る。


「そう」


 このそうはどっちの意味なのか、流石の私でも判断がつかない。更に、未だに背中越しであるため、その表情も窺い知ることは出来ない。


「そ、そういえば、この前父さんから連絡があってな」


 これ以上は、虎の尾を踏みかねないと思ったのか、陽太郎は話自体を変化させる。だが、その話は私も知らないので、興味があるぞ。雪音もこの話題には興味があるのか、食いつく。


「秋敏さんから?なんて?」


 雪音は、先程と同じように、陽太郎の隣に来る。


「ああ。俺や母さんの近況とか、向こうに近況の報告が中心だったけど、もしかしたら、こっちに戻るかもって言ってた」

「戻るって、単身赴任からってこと?」

「いや、一時的みたいだな」


 陽太郎の父親である黒地秋敏くろちあきとしは、今は家におらず、単身赴任中である。なので、陽太郎と春子の二人で暮らしていると言ってもいいだろう。だが、春子自身も働いている為、陽太郎が一人になる事も多い。いや、私もいるから一人でないのだが、それでも、毎日いるわけでもないので、一人になることはあるか。

 だが、そんな秋敏もたまに予定が空けば、こちらに帰ってくることがある。その機会すら多くはないのだが。


「夏雄さんと飲みたいて言ってたよ」

「お父さんも同じ事言ってるよ。昔みたいにさ、私の家族と陽太郎の家族でどこか旅行とか行きたいよね」

「そうだな」


 確かに、昔は夏雄もまだ単身赴任などしていなかった。私が二人に飼われることになった時には、すでに両家の関係は良好なものであり、特に両親同士の仲がそれは良い。故に、よく家族同士での出掛けなどはあったのだが、今では、その機会も少ない。私としても、残念でしかない。


「こういうのってさ」

「うん?」

「あと何回出来るのかな」

「こういうのって…家族で旅行とかかのことか?」

「それもそうだし、こうやって二人で出掛けるのも」


 先程までの和んでいた雰囲気から一転、雪音は真剣な顔で言う。


「何回でもできるだろ」


 陽太郎の答えは即答だった。訊いた雪音自身が呆気にとらわれてしまうほどに。


「なんだよ。自分から訊いておいて」

「いや、ごめん。私が想像していた答えと違っていたから…」

「なんだよ。俺が、なくなるとか言うとでも思ったのかよ。この前あんな恥ずかしい事まで言って、今更そんなこと言うかよ。お前とこうして出掛けるのは…まあ、楽しくないわけはないというか、嬉しいわけではないわけでないと言うか…」


 陽太郎は言っていて途中で恥ずかしなってきたのか、言葉の語気が弱くなっていき、言葉自体も意味不明なものになってきていた。

 そんな陽太郎の姿に雪音は思わずプッと笑ってしまう。そんな陽太郎を見て、私は微笑ましく見守る。


「いや、必死過ぎでしょ。ふーん、陽太郎の気持ちは判ったよ」

「ま、待ってくれ。なんだか、勢いに任せて、俺はまたなんか取り返しのつかない恥ずかしいことを言っていないか、俺は」


 先程の自分の発言を冷静に思い返して、恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。手で顔を覆い始める。


「じゃあ、これからも何一つ気兼ねなくすることなく、誘うね」


 雪音はいつもの調子で陽太郎に言う。


「今度は、ちゃんと予定の有無を確認してくれ…」

「りょーかい」


 どうやら、先日の一件が功を奏しているみたいで安心した。私の頑張りを褒めて欲しいものだ。

 そんな他愛のないやり取りを続けながら、私達は歩いていく。まあ、私は楽をしているのだが。しかし、雪音は一体私と陽太郎をどこに連れて行くつもりなのだろうか?未だに、行先の見当が判らないままである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る