見栄①
私ことグレは猫である。野生に生きる野良の猫ではなく、人の庇護下にある飼い猫であり、そんな私の主人は二人いる。その一人が、
私とこの二人の付き合いは長く、この二人の主人の関係を温かい眼で見守っているのだが、なにせこの二人は面倒くさい。喧嘩をすることも多く、昔のあの仲の良かった二人はどこへ行ってしまったのかと、温かく見守っている眼は、遠い過去を見てしまう。まあ、なんだかんだといいつつ仲直りするからいいのだが。
そんな、私は普段過ごしているのは二人の家で気ままな生活を謳歌している。外の友人と遊びに行ったりもするのだが、多くは二人の家で過ごすことがほとんどある。
二人が学校を休みである日の雪音は、部活や友人と遊ぶことが多く、家にいないことが多い。それとは対照的に陽太郎は家で過ごすこと多い、というかほとんど家にいる。画面の向こう側の友人と遊んでいる。
なので、休日は主に私は陽太郎の部屋、詳細に語るのであれば、陽太郎の膝の上で過ごすことが日常なのだが、今日は少し違う休日になりそうである。
それは、私の現状を考えればそうだろう。私は、休日の場所である膝の上にいない。私は外出用のバッグの中である。そして、そんな私のバッグを持つのは、膝の上に私を乗せてくれている陽太郎が、その陽太郎の隣を歩いているのは、そんな陽太郎の幼馴染でもある雪音だ。
普段の休日でこの二人が出掛けることなど、最近はなかったことである。陽太郎はどこか居心地が悪そうに、一方の雪音は心なしか気持ちが弾んでいるかのように見える。
そんな対照的な二人がなぜ、休日のお昼に一緒に出掛けてくることになったのかと私はそうなった経緯を思い出した。そう、あれは昨日のことである。
「陽太郎、明日暇だよね」
陽太郎がいつも通りに自室で画面の向こう側で戦闘を繰り広げている中で、雪音は開口一番そんなことを口にする。ちゃんとノックするあたり、わきまえているとは思うが、ドアを開けて一番始めに言うセリフがそれはどうなのだろう。疑問符すら付いていない。
それとして、その言葉が陽太郎の耳に届くことはなく、反応をしたのは膝の上にいる私だけである。何故ならば、陽太路の耳はヘッドホンによって栓をしているためである。なので、陽太郎は絶賛画面の向こう側に集中しまくりである。
そんな様子の陽太郎に雪音は痺れを切らしたのか、雪音は陽太郎の近くまで来ると、ヘッドホンに両手を添えると、思いっきり上に持ち上げる。
「いい加減にしろ!」
「ああああああ!」
雪音の声と陽太郎の叫びがハモる。そして、画面には全滅の文字がデカデカと出ている。今の一瞬ですべてが決まってしまったようだ。
項垂れている陽太郎は顔を上げると後ろを振り向き、その原因となった雪音に言う。
「お前、なにしてくれとんじゃあ!」
陽太郎の叫びにも、雪音はどこ吹く風である。
「だって、私のことを無視するから」
「今大事な場面だったのに…大体俺の部屋に勝手に入ってくるなよ」
「ノックはしたよ」
「なら返事を待てよ。普通開けるかよ」
「どうせ、部屋の中にいるのは判っているから、実際にいたし」
「百歩譲って勝手に入ったことはいい、なら少しは俺の都合が終わるのを待っていればいいだろ」
「そんないつ終わるかも判らないものを待つほど、私は暇じゃない」
「勝手過ぎるだろ…」
陽太郎は手で顔を覆いながら、落ち着く為なのか膝の上に乗せた私を撫でる。雪音はベッドの上に腰掛ける。
「それで、どうなの?」
「なにが?」
陽太郎は手を退けて、雪音を見る。
「だから、明日は暇でしょ」
「なんで訊いておいて、決めつけるんだよ。それに、残念ながら明日は大事なイベントがあるから無理だな」
「暇ね。それなら…」
「おい、人の話を聞け。予定があると言っているだろ」
陽太郎の抗議の声を、やれやれと言った風に頭を振る。
「どうせ、イベントってゲームのでしょ。そんなのいつでも出来るじゃない。明日、ちょっと行きたい場所があるから、付き合ってよ」
「お、お前、なんてことを。明日のイベントはこの週末限定で行われる限定イベントなんだよ。それこそ、時間なんていくらあっても足りないの」
「別に一日付き合えって言っているわけじゃないわ」
「それでも、初動が大事なんだよ。別に明日じゃなくてもいいだろ」
そう言うなり、陽太郎は雪音の方に体を向けていたのだが、座っていたイスを回し、向きをモニターの方に戻す。
「こういうのは、思ったが吉日って言うじゃない。だから、明日行こう」
雪音はイスの背もたれを掴むと、自分の方に向け直す。それにつられて陽太郎の膝の上にいる私の視線も変わる。やれやれ、忙しいことこの上ない。
「いや、それはお前だけだろうが。それに、明日が吉日なら俺はここでゲームをするね」
陽太郎はイスを戻す。それを、雪音がまた戻す。
「ゲームで遊ぶより、私と一緒に出掛けた方が楽しいよ?」
「いや、今はゲームだな」
モニターの方に向く。
「そう言わずに行こうよ」
また戻る。
「いや、行かないから」
戻る。
「もう!」
雪音はイスを思いっきり回す。私と陽太郎は、それはもうコマのように回る。回り過ぎる。いや、回し過ぎだ。私の鳴き声と、陽太郎の制止の声で、雪音はイスを回すのを止める。
「…判った。行くから、もうやめてくれ」
陽太郎は若干顔を青ざめながら言う。三半規管に絶対自信のある私ですらこのありさまなのだ、陽太郎はもっとひどいだろう。
「最初からそう言えばいいのよ」
元凶である雪音は、腰に手をやりご満悦だ。こうなる未来になることは判ってはいたが、まさか私まで巻き込まれるとは。
「それで、どこに行くんだよ?」
椅子の背もたれに完全に上半身のすべてを預けながら、陽太郎は雪音に訊く。雪音は軽く微笑むと、膝の上にいる私を両手で持ち上げ、抱っこする。
「それは、秘密、明日のお楽しみよ」
「なんだよ、それ」
「あっ、ちなみに私とあんたの二人だけじゃないわよ」
「うん? 他に誰か来るのか?」
それを聞いた陽太郎は一気に顔が顰めっ面になる。陽太郎自身があまり他の人間と対面で話すことが苦手なせいなのもあるし、なにより雪音が連れてくる人物となると、当然陽太郎の苦手なタイプの人間だろう。
だが、雪音は陽太郎のそんな反応を判っていたのか、陽太郎に対して言う。
「まあ、安心して。一緒に行くのはあんたもよく知っているから」
「余計に判らないのだが…」
「一緒に行くのは……グレです!」
そう言いながら、私を陽太郎の前にバーンという効果音が付きそうな感じで突き出す。しかし、まさか意外な形で巻き込まることになろうとは。
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