④完
「ねぇ」
「うん?」
「ああいうのは迷惑?」
「ああいうの?」
陽太郎はどのことを言っているのか、判らないといった感じだ。そんな、態度に雪音は若干機嫌を損ねってしまったようだ。なぜ、陽太郎はこうも鈍感になってしまう時があるのだ、私はため息しかでない。
「だから…私が一緒に登校したりとか、帰ろうって誘ったりすること!」
「それはお前……嫌だよ」
雪音は相当言いづらかったに違いないのだが、その言葉に対する陽太郎の答えに、雪音は更に不機嫌になってしまう。陽太郎、お前それはダメだと私は思うぞ。
「……判った。もう二度とそういうことしない」
「いや、だけどな…」
陽太郎が何か言おうとすると、炊飯器から炊飯が終了したことを報せる音がする。なんともタイミングが良いのか、悪いのかが判らない。そのせいで、なんとも言えない空気がこのキッチンを包む。
「…カレーも出来たし、私帰るから」
エプロンを脱ぎ、あった場所に戻すと、私や陽太郎のことを見ずに雪音はキッチンから出ていく。
「お、おい、雪音!」
その後を陽太郎が追いかける。さてさて、事の終着点を見届けに行かねばなるまい。
「だから、ちょっと待てって」
玄関で靴を履き、家から出ようとする雪音を陽太郎が腕を掴んで止める。そんな陽太郎の手を思いっきり払いのける。払いのける雪音の力が強いのか、それとも陽太郎がただ貧弱なだけなのか、陽太郎がすごい勢いで尻もちをつく。まさか、倒されるとは思っていなかったが、私は陽太郎を華麗にかわす。しかし、陽太郎…恰好悪すぎるぞ。
「いつつ…」
「ご、ごめん」
だが、そのおかげか先ほどまでの剣呑な雰囲気は若干和らいだ。和らいだ理由があれだが。陽太郎は尻を擦りながら、立ち上がると改めて雪音の方を見る。雪音は、申し訳ない気持ちもあるが、先ほどのことがあるからか、視線を逸らせる。
「あ、あのな、雪音」
「……何」
「……食事って一人より二人で食べる方が美味しいと思うんだよ。だがら、お前も食べていけばいいと思うんだよ。お前が作ってくれたものだし、な」
「……」
無言で雪音は回れ右をすると、玄関のドアノブに手を掛ける。馬鹿が、何をヒヨっている陽太郎、それでは結果は最悪なものになるぞ、いいのか。私は、陽太郎の尻に体当たりをして、活を入れる。陽太郎は驚いたみたいだが、私の方を一瞥するとすぐに雪音を見る。
「その、ごめん」
「何が、ごめんなの」
「それは、お前と一緒に登校したり、帰ったりするのが嫌だって言ったこと」
「実際、嫌なんでしょ。だったら、謝る必要ないし謝られるつもりもない」
「それは…」
「っ、もういい。もう二度と金輪際あんたと一緒に登下校しようとか言わない。これでいいでしょ。こっちこそ悪かったわね、今まで嫌がるようなことして」
雪音の声色が揺れる。
「…じゃない」
「なによ」
陽太郎が何か言ったが、その言葉は呟きにも等しいもので、雪音の耳に届くことはなかったために、雪音が訊き返す。だが、私の耳はその言葉をしっかりと拾い上げていた。陽太郎、その言葉、しっかり伝えなければ意味はないぞ。
「だから、俺はお前と一緒に行ったり、帰ったりするのが嫌いじゃないって言ったんだよ!」
「はあ⁉ あんた、さっきと言っていること違うじゃない!」
雪音が振り返り、陽太郎に言う。
「俺だって、お前と一緒に登校したり、帰ったりしたいよ! 友達がいない、俺にとってはお前との時間は楽しいし、気兼ねなくくだらない話できる相手なんて、リアルでお前ぐらいなんだよ。でも、お前は学校じゃ人気者だし、俺と違って人から好かれる。そんな奴と俺みたいなやつが一緒にいれば、他の人間が何か言ってくるだろうが! 俺は、それが嫌なんだよ!」
もう、羞恥心などと言うものをかなぐり捨てた陽太郎の本心からの叫びだ。その熱量に嘘偽りなどあるはずはない。
「そんなの、そんなの勝手に言わせておけばいいじゃん! 誰に、何か言われても関係ない!」
「お前が大丈夫でも、俺は無理なんだ」
陽太郎はそう言いながら下を向く。昔は、一緒にいたこの二人がいつの間にか一緒にいることが少なくなった。恐らく、陽太郎は過去に他人からの言葉に傷ついたのだろう。自分を守るため、そして、その行動の大部分は雪音の為だろうことは簡単に想像がつく。
雪音は、無言で靴を脱ぎ、陽太郎の正面まで来る。陽太郎は未だ顔を上げず、下を向いたままだ。
そんな、陽太路に雪音は、思いっきりグーパンを腹にお見舞いした。
「ぐふっ」
陽太郎が崩れ落ちる。私もこの展開に崩れ落ちる。おかしい、ここは優しく抱きしめたりして、慰めたりするものではないのか。それが、なぜ鉄拳制裁になるのだ。腹を抱えて蹲っている陽太郎と頭を抱えている私を後目に雪音が言う。
「陽太郎の気持ちは判った。でも、私の気持ちは変わらない。他人にあれこれ言われてもやっぱり関係ない、気にもしない。だって、私もあんたとの時間は大切だから。他人とあんただったら、私は間違いなく陽太郎を取る。他人に何か言われたぐらいじゃ、私は変わるつもりも変えるつもりもない、それぐらい、大切なの。だから、これはわがまま、私の」
「……結局、俺は我慢をしろってことですか」
「まあ、そう言えなくもない」
「いや、そうだろ」
腹を擦りながら、陽太郎が顔を上げる。だが、その顔はどこかすっきりとした顔だ
「嫌じゃないなら、別にいいでしょ。言っておくけど、さっきあんたの発言、もう取り消せないからね!」
ビシっと指を指す。陽太郎は指を人に指すなと言いながら、腰を上げる。
「判ってるよ。あんな恥ずかしいことまで言っちまったし、聞かされたらな。はあ、頑張るよ」
「判ればよろしい」
やれやれ、なんとか落ち着くべくところに落ち着いたか。見守っている私としては、気苦労が絶えないこと、この上ない。
「お腹空いたから、ごはん食べよう」
「食べてくのかよ、結局」
「なに?」
「なんでもないです」
そう言いながら、二人は家の中に戻っていく。先ほどの剣呑な雰囲気はもうない、ようやく食事にありつけそうだ、おやつを食べたとはいえ、私のこれまでの労力を考えれば今のこの空腹も当然であろう。
食卓で二人が食事をしながら、私も食べる。当然二人と同じカレーではない。いつものキャットフードでもない。なんと、二人がカレーの材料を買ったついでに、ちょっとお高めのキャットフードを買ってきたくれていたのだ。なので私はご満悦だ! 美味である!
私は閉じていた瞼を開ける。辺りは薄暗さが残るが、自分の感覚が朝になったこと告げている。この部屋の主は、今日はしっかりとベッドで横になって寝たようだ。
では、私の仕事をするとしよう。私は、部屋にある寝床から抜け出すと、ベッドの上に乗り、この部屋の主に向かってダイブする。
「うーん。グレ、だからそのおこしかたは、やめて、くれ、っていったよ、な」
この部屋の主こと、黒地陽太郎は寝起き満載のふにゃふにゃ声で答える。仕方あるまい、この方法でしか起きないのだから。陽太郎は、渋々といった感じで、体を起こし、部屋着を脱ぎ制服へと着替える。そして、部屋から出ると、一階に下りていく。そんな、陽太郎の後に続く。
「あら、おはよう。今日もしっかりと起きれたのは、グレのおかげね」
春子がリビングのテーブルでカップを傾けながら、言う。この香りはコーヒーだろう、しかもブラック。そして、カップを置き、私を人撫ですると、キッチンの方に向かう。
「パンを焼いてあげるから、待ってなさい」
「ありがと」
陽太郎は、コップにコーヒーを注ぐ、こちらはブラックではなくミルクを入れている。そして、ダイニングテーブルのイスを引き、座る。
暫くすると、パンの焼ける良い匂いが漂ってくる。春子は、私の分の朝食もしっかりと用意してくれており、私も朝食にありつく。昨日食べたあの高級フードの味を思い出して、また食べたものだと、思いを馳せるのであった。
朝食も終わり、陽太郎は玄関で靴を履いていると、春子が見送りに来る。
「行ってらっしゃい。雪音ちゃんにカレー美味しかったって言っておいて」
「……会えたら言っておくよ」
「すぐ、会えるでしょ」
「………行ってきます」
陽太郎は玄関の扉を開ける、それと一緒に私も見送るべく出る。太陽の光が眩しいため、私と陽太郎が顔を顰める。
そして、隣を見ると、まるで図ったかのように、隣の家の扉が開いた。中から出てきたのは、私のもう一人の主人である天白雪音であった。
「あ、おはよう」
「おはよう」
雪音が陽太郎のところまで来る。
「グレ、行ってきます」
「行ってくるな」
二人が私に挨拶をすると、並んで歩き始める。陽太郎が少し離れようとするが、雪音が距離を詰め、叩く。昨日も見たような光景ではあるが心配はいらない。今後は昔のように戻っていくのだろうと思う。頑張った甲斐があった。相も変わらず、私の主人達は面倒くさい。
手を振る代わりに尻尾を振る私は、二人の背中を見ながら思う。この二人ほど面倒な関係はないが、同時にこんな尊い関係はないなと。
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