③

「メールしたのに、なんで無視するんだよ!」

「そんなメール知ら…あっ」


 私をどかして、陽太郎は鞄から携帯電話を取り出して確認する。どうやら、連絡が来ていたがそれを見ていなかったのだろう。普段から、陽太郎はそんなに携帯電話を多用はしていない、パソコンがあれば十分という考えらしいが、連絡手段として現代の代名詞とも言える携帯を使わないというのも凄い話である。


「携帯ぐらい見る機会いくらであったでしょ!」

「う。うるさいな! 俺はお前と違って友達少ないし、連絡してくるのなんて、親かお前ぐらいなんだから、そんな頻繁に携帯なんて確認するか!」


「それ、自分で言って辛くない?」

「……」

 

陽太郎の心に途轍もないダメージが入ったことは間違いない。


「べ、別にいいんだよ。ゲーム仲間なら沢山いるから。俺はあいつらと一緒に遊べる今が良いから」


 そう言って、陽太郎はイスに座り直す。私は、また陽太郎の太腿に乗る。雪音はそんな態度の陽太郎を見て、ため息を吐く。


「で、なんの用なんだ?」

「今日は、部活がないから一緒に帰ろうと思ってメールしたの。まあ、意味なかったけど」

「お前と帰ると…なんでもないです」


 恐らく否定の言葉を口にしようといた陽太郎を雪音が物凄い形相で睨んだ。睨まれたのが私ではないのに、思わず毛が逆立ってしまう。


「高校に入ったばかりの頃は一緒に帰ってたでしょ」

「それが、原因だ。それを、クラスの連中に見られた俺が、その後どんな目にあったか…思い出したくもない」

「朝も言ったけど、周りがどうとか関係ない」

「お前はそうでも、俺はそうじゃない」


 陽太郎の言わんとしていることは判る。雪音は様々な人から好かれる。よく、手紙を貰ったりしているし、告白もされたりしている。何故私がそんな事を知っているのかはトップシークレットだ。

とりあえず、言えることはそんな雪音と一緒に帰れば、どうなるかは明白ということだ。


「メールの件は、まあ悪かったよ。ほら用はもう済んだだろ、帰れよ」


 陽太郎はこれで終わりとばかりに、雪音からヘッドセットを取り返すと、自分の世界へ戻ろうとする。雪音も何か言おうとするが、何も言えずに立ち尽くしている。やれやれ、仕方ない。

 私は、陽太路の太腿から離れ、机の上に飛び乗り、自分の為に用意されたおやつの袋を咥えると、また陽太郎の元へ戻る。


「なんだ、グレ。食べたいのか?」


 私の口からおやつの袋を取る。しかし、それを雪音が取り上げる、


「ちょっと。もう少しでごはんの時間なんだから、勝手にあげないでよ」

「別にいいだろ」

「良くない。これでグレが肥満にでもなったらどうするの」

「そんな簡単に太らないだろ」


 この状況を打破するためとはいえ、恥ずかしいことこの上ない。言っておくが、ちゃんと運動はしているから太らんからな、二人とも。


「どうせ、今日は俺一人だし。グレも今日はこっちにいるみたいだから、俺とグレがいつ飯にするかなんて自由だろ」

「…待って。今なんて?」

「うん? だから、いつ飯にするかは、俺たちの自由だって」

「その前」

「そんな簡単に太らないだろ」

「戻り過ぎ、ばか。今日ってあんた一人なの? 春子はるこさん帰り遅いの?」


 雪音がもの凄い勢いで陽太郎に詰め寄り質問攻めにする。春子とは陽太郎の母のことだ。その、勢いに若干圧され気味に頷く。


「そう」


 雪音は納得すると、少し考えたると部屋から出ていき一階に下りていく。


「お、おい、雪音」


 雪音の当然の行動についていけていない陽太郎は、私をどかすと急いで雪音の後を追う。さて、では私も追うとしますか。私も部屋を後にする。

 一階に下りた私は、キッチンの方へと向かう。そちらから、二人の気配がするからである。さてさて、どうなっているかな。


「おい。急にどうした?」


 キッチンに着いた私の目の前に、陽太郎と冷蔵庫を開けて何かを確認している雪音がいた。雪音の行動が意味不明だからなのか、陽太郎が訊くが、雪音は先ほどの陽太郎と同様に集中しているからなのか、答えない。上段の中と下段の野菜室の中を確認をある程度し終わると、冷蔵庫の扉を閉める。


「よし」


 何が「よし」なのかは判らない為、陽太郎は混乱を極めている。しかし私は、雪音が何をするつもりなのかの見当がついている、まあこうなるように仕組んだが、ここまで予想どおりになるとは。そして、雪音の次の行動は…。


「陽太郎」

「はい」

「買い物に行くわよ」

「はい?」


 雪音の発言に陽太郎は疑問で返す。うむ、良い展開になったな。


 雪音は一度、自分の家に帰ると制服から着替え白パーカーと黒ズボンのラフな格好に着替え戻ってきた。戻る前に陽太郎に外出できるようにと着替えておけと命令していた。陽太郎も黒パーカーと黒ズボンに着替えているが、いまだに状況が呑み込めていないのが伝わってくる。雪音は、その手に袋を持っており、陽太郎はそれを見ると、なんとなく見えてきたようだ。


「エコバッグって…まさかお前」

「そう。夕食の買い出しに行くわよ」

「いや、別にいいよ…母さんからお金貰ってるから、なんか適当に頼むから」

「はい」


 断ろうとする陽太郎に、雪音は携帯の画面を見せる。陽太郎はその画面を見て、言葉を失っているようだった。どれどれ。

 そこには、雪音と陽太郎の母親とのやり取りが画面に映っていた。雪音の今日ごはん作っても大丈夫ですかという問いに、母親がぜひお願いと返している。


「い、いや…そう、お前だって自分の家の夕食作り手伝わないといけないだろ。それなのに、頼むのは申し訳…」

「大丈夫。お母さんには許可も取ってるから」

「……」


 最早、陽太郎に退路はなく、外堀はすべて埋められてしまっていた。策士雪音の策略によって。


「ほら、行くよ」

「…はぁ。すまんがグレ、留守番頼む」

「よろしくね」


 流石の陽太郎も観念したのか、雪音の後に続く。私は、にゃあと一鳴きして二人を見送るのであった。さて、この家の留守を任された身としてはしっかりと責務を果たさなければ、とりあえず軽く腹ごしらえをするか。私は、陽太郎の部屋にあるおやつを食べるべく、二階に向かうのであった。

 至福の時間を堪能していると、二人が帰ってきた。玄関まで迎えに出向くと、流石男子というべきか、陽太郎が荷物を全て持っていた。いや、表情を見るに持たされたというべきか、ここは本人の名誉のためにも、自らの意思で荷物を持ったという事にしておこう。


「グレ、ただいま」

「た、ただいま」


 おかえりの鳴き声を上げる。二人は、そのままキッチンの方へ行くので、私もその後に続く。さて、今夜の食事はなんだろうと考えるが、私が食べられるわけでもないので、がっくりと肩を落とすのであった。


「今日はカレーにします」

 雪音は子犬のイラストが描かれているエプロンを装着する、何故猫ではないのかは甚だ疑問ではあるがそこは置いておこう、とにかく雪音が今夜の料理を発表する。ちなみにだが、今雪音が着けているエプロンはこの家に常駐されている雪音のエプロンである。あのエプロンは陽太郎の母が雪音にとわざわざ購入した物である。


「まあ、いいか」


 陽太郎は素っ気なく答えるが、カレーは陽太郎の好物の一つなので、表情には出さないが内心は嬉しいはずだ。雪音もそのことを判ってのことだろう。


「それにカレーなら、春子さんが仕事から帰って来た後でも、食べられるしね」

「…ありがとな」


 陽太郎の為だけでなく、春子のことまでも考えているとは…雪音がなぜ人から好かれるのかがよく判る。


「じゃあ、始めようか」


 そう言って、雪音は袋から買って食材を取り出す。野菜やカレーのルーなどだ。雪音は普段から、自分の家で料理を手伝っているので、手際がいい。


「何か手伝えることあるか?」

「…へぇ、珍しいじゃん。陽太郎の方から言い出すなんて」

「流石に、お前ばっかりにやらせるのは悪すぎる」

「なら、お米を研いで、炊飯器にセットしてくれる?」

「了解」


 陽太郎は米櫃から、計量カップで測り、研ぐ容器に入れていく。その、一方で雪音は野菜を洗って切っていく。料理の工程は特にハプニングが何か起きるという事はなく。後は米が炊き上がるのとカレーの出来上がりを待つばかりとなって、二人とも手が空き、沈黙が場を支配する。

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