➁
私の一日は、これといって決まっていない。ふらっと散歩に出かけてたり、あるいはどちらかの家でゴロゴロしたりと、良く言えば自由、悪く言えばただのロクでなしであるが、ただの猫には仕事と呼べるものは特にない。私のように人と共に暮らしている私には、本当にないのだ。
今日は散歩には行かず、黒地家でゴロゴロしている。今日は、陽太郎が一人なのは朝の会話で知っている為、今日は彼と一緒にいようと決めた結果である。我ながら、なんと主人想いの飼い猫なのだろうか。
そんな私は、リビングのソファーで寛いでいると、玄関の鍵の開錠音が聞こえ、ドアが開く音がする。どうやらいつの間にか結構な時間が過ぎていたらしい、そして帰ってきたようだ。私はソファーから体を起こすと玄関へと向かう。
「おっ、ただいま、グレ。今日はこっちにいるのか?」
玄関で靴を脱いでいた陽太郎は、出迎えた私を見て撫でる。黒地家と天白家にいる頻度でいえば、4対6ぐらいの割合でいることが多いのだが、今日の私はこちらに居ることにした。撫でられている私は、そうだと言う意思表示を込めた声を上げる。
「そっか、なら今日は俺と一緒に夜更かしでもするか」
そう冗談めかしに言うと、スリッパに履き替え、脱衣所にある洗面台で手洗いうがいを済ませ、二階の自分の部屋へと向っていく。そんな彼の後を私は付いていく。
陽太郎は自分の部屋に着くと、着ていた制服を脱ぎ部屋のクローゼットにしまうと、代わりに上下黒のラフな部屋着に着替える。陽太郎の家でのいつもの姿だ。着替え終わると、私を残し一階に下りていく。少し待っていると、陽太郎は何やらお菓子の類やジュースと思われる容器を持って戻ってきた。その中には、私の大好きなおやつもあった。陽太郎の部屋で過ごすときはいつもこうして私のおやつを用意してくれる。雪音はなんだかかんだで、私に厳しくこういったものを与えてくれることは、あまりないので実はこれが密かな楽しみなのだ。
陽太郎は自分の部屋のイスに座り、私はその太腿の上に座る、ここが私の指定席なのだ。そして、私と陽太郎はおやつタイムを楽しむ。
陽太郎はそんな時間を楽しみつつ、テーブルの上にある機械のボタンを押す。すると、目の前の真っ黒だったモニターが点灯する。
「さて、今日も頑張りますか」
陽太郎はそう言うと、頭にヘッドセットを装着する。以前私が不思議そうに見つめていると、その機械の名前とどういったものかを話してくれた。そして、目の前のパソコンについても、それで何をするのかも。余談ではあるが、マウスを本能に従って飛び掛かってしまい、珍しく陽太郎にすごく怒られてしまったのは、いい思い出である。
陽太郎は、キーボードとマウスでカチャカチャと動かし始めた。画面は目まぐるしく変わっていく。私にはよく判らないが、陽太郎はほぼ毎日これをしており、所謂ゲームである。
陽太郎は昔からゲームが好きであったが、高校生になる少しぐらい前からパソコンのゲームをし始めている。その結果その界隈でもなかなか上手い部類の人間になったらしい。これは、彼と画面越しに話をしている人物たちとの会話を聞いて知ったことだ。その代わりといってはだが、雪音はあまりいい顔をしてはおらず、何かにつけて彼を部屋から連れ出そうとしたりする。
しかし、私を太腿に乗せながら、滅茶苦茶集中している。相変わらず、この集中力には目を見張るものがあるが、それが遅刻の原因になってしまっているのが、頭の痛いことこの上ない。
さて、このまま放置していると食事もろくに取らずにずっとゲームをしているので、適度なところで、私が爪を立てて教えねばならない、これも私の大事な仕事である。などと、考えていると、私の耳が玄関のドアが開く音を拾う。彼の母親はまだ仕事のはずである。ならば、盗人か、いやこの二階に上がってくる足音は、もしや…。私が、ある人物だと気付いた時と同時に陽太郎の部屋のドアがノックもなしに、開く。
その人物は、想像どおりの人物であった。そこには怒気を纏った雪音が立っていた、私の本能が警鐘を鳴らすほどに。
雪音は何も言わずに、部屋へと入る。陽太郎の方は集中しており、画面から目を離すことがない、ヘッドセットも着けている為、雪音の来訪に未だ気付いてない。雪音は、そのことを承知しているからこそ、無言で部屋へ入ってきたのだろう。雪音は、陽太郎の真後ろまで来ると、ヘッドセットを両手で掴むと、思いっきり上に持ち上げる。それと同時に私は、自分の耳を塞ぐ。
「この大馬鹿野郎が‼」
「!」
その声の威力は凄まじいものであった。耳を塞いでいた私ですらこのダメージである。不意をつかれた陽太郎は生きてはいないであろう。予想通り、陽太郎は相当のダメージを負ったらしく、机に突っ伏している。そして、ガバッと顔を上げると後ろを振り返り、自身にダメージを負わせた相手に文句を言う。
「何してくれとんじゃ、貴様は!」
私を乗せたままというなんとも器用なことこの上ないが、その勢いは相当だった。
しかし、そんな陽太路の勢いも意に返さず、雪音はなおも平然としている。いや、平然としているというよりかは、陽太郎が怒っている以上に雪音が怒っているからだろう。
「それはこっちのセリフだ、ボケ!」
「はい⁉」
やれやれ、こうもほぼ毎回のように喧嘩をしていて、疲れないのだろうか。まあ、夫婦喧嘩は犬も食わぬというし、ほっといて問題はないだろう、私は猫であるが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます