この二人ほど面倒な関係はない

雲川空

本音①

 私は眠りから目覚めて、閉じていた瞼を開ける。そこから、太陽の光の眩しさに私は再び目を閉じてしまう。しかし、意識自体は覚醒しているので、今度は慎重に瞼を開ける。今度は、そこまでの衝撃はない。私は軽くあくびを一つすると、体を伸ばし、寝て固まっていた体を解す。起きて、まずは灰色の毛の毛繕いを始める。

 

私は寝床から抜ける。そして、私はこの部屋にあるベッドに寝ている人物を起こすべく、私はそのベッドに飛び乗り、寝ている人物の上に乗る。


「うーん、もう、まいにち、まいにち、起こすのが雑だよー」


 この部屋の主は、そう言いながら布団から体を起こすと、まだ上に乗っている私の体を持ち上げ、ベッドから下ろす。


「おはよー。でも、どうして君はなんで毎日そんな起こし方をするの?」

 

ベッドから完全に出て、私と同じように体を伸ばすと、私の頭を撫でながらそんな事を訊いてくる。そんなことを言われても、私にはこの起こし方以外の方法は知らないし、これが一番効果的というのが私の中での最適解なのだ。だから、他の起こし方などはどうでもいいのだ。


 この部屋の主こと、天白雪音あましろゆきねは私をある程度撫で終わると、腰に届くか届かないぐらいの黒髪を揺らしながら部屋を出ていく。その後に私も続いて出ていく。彼女の部屋は二階にあり、階段を降りて一階のリビングに向かう。


「おはよう」


 彼女がドアを開けると同時に、中からとても良い匂いが漂っている。彼女はそのままキッチンの前のテーブルの廊下側の椅子に座る。対面には彼女の父である天白夏雄あましろなつおが朝食のパンを食べている。今日の朝食はパンが主菜のようだ。


「おはよう」

「おはよう、パンはバターでいいわよね」

「うん」

 

 両親が挨拶を返すと、母である天白冬美あましろふゆみが娘の返答を聞きながら、トースターにパンを入れる。少し経ってチーンという軽快な音共にパンの焼ける香ばしい香りがする。そして、そのパンを皿に乗せると娘の前に置く。そんな、少女は席に着く前にコップにコーヒーを注ぎ、当然砂糖多めである。そのコーヒーを飲みながら、パンが焼き上がるのを待っていた。いざ、パンがくるとテーブルの上にあったバターをパンに塗り、美味しそうに食べている。

 さて、私も今日の朝食をいただくとするか。私は、自分の皿の前に移動することにする。


「あら、グレちゃんもおはよう。ご飯用意するわね」


 冬美が私の皿に朝食を用意してくれる。私は、軽く鳴いてお礼を言う。このサクサク感が美味なのである。


「グレのおかげで、雪音が寝坊することがなくて助かるな」


 夏雄が軽く笑いながら、そう娘をからかう。


「もう、人が寝坊助みたいな言い方しないでよ」


 娘もからかわれていると分かっているので、こちらも軽くいなしている。いつもの微笑ましい、天白家の朝の日常である。


「でも、本当にグレちゃんは頭のいい子よね。昔から、賢い子とは思っていたけれども…」

「確かに、そうだな。グレは時々こちらの考えが判っているのではっと思ってしまうよ」

「私も。本当に…猫とは思えないくらい」


 そう言いながら、朝食を食べている私を見ながら、そんな会話をしている。そう、話の中にあった通り、私は世間一般的に言われる猫と呼ばれている生き物である。そして、名前はグレである。

 私は朝食を食べ終わると、また一仕事するために動き始める。リビングまで移動し、窓の近くまで行く。


「あっ、今開けるから待ってね」


 雪音が席から立ち、窓の方まで来てくれ窓を開けてくれる。窓から外へ出ると、そこは庭になっており広くも狭くもない場所になっている、そこには洗濯物を干す為の棒とそれを置くと為の柱のようなものが左右に置いてある。

 そして、私は隣の家を仕切られている壁に向かい歩いていく。


「今日もあいつをよろしくね、グレ」


 そんな雪音の声を背に歩いていく。洗濯物を干す柱を昇り、頂上まで行くと、そのまま壁の上に着地する。我ながら、芸術点を貰ってもいいくらいだ。着地の成功した私はそのまま、隣の庭に降りる。庭の構造は基本天白家とほぼ同じである。私はそのまま窓の近くまで行くと、私は鳴き声を上げる。以前手でやっていたら、しこたま怒られたので、今はこうして鳴き声を合図にしている。

 すると、窓が開き中からエプロンを付けた女性が、私に声を掛ける。


「今日もご苦労様、グレ。いつも通りお願いね」


 そう言って、私を中へと招き入れる。私は軽く挨拶の鳴き声を一つ上げ、目的地へと向かうべく、家の中に入り、この家の二階へと上がっていく。

 私は二階のある部屋の扉の前に立つ。その部屋は閉まっているが、私はドアノブに飛び乗りドアを開ける。最早数え切れないぐらいこの動作を繰り返しているので、私にとっては造作もないことだ。ドアを開けた私は部屋の中に入る。中は、カーテンが引かれ太陽の光を遮っているが、部屋の明かりが点いている為部屋は明るい。この部屋の主は部屋のベッドに寝ているかと思いきや、ベッドの中はもぬけの殻だった。


 私がベットと反対に設置してあるテーブルとイスの方に目を向ける。その二つは、私にとっては中々の高さではあるが、なんの問題もない。まず、机に飛び乗った私は、イスの正面を見ると、この部屋の主はイスに座りながら、寝ていた。まったく、毎度のことながら、しっかり横になって寝て欲しいものだ。

 私はやれやれという気持ちを抱きつつ、目の前の彼に向かってダイブする。


「ほわ!」


 奇怪な叫び声と共にこの部屋の主、黒地陽太郎くろちようたろうがイスごと後ろに倒れる。それにしても、ほわって、どんな叫び声だ、それは。


「いたいな、たく。グレ、この起こし方は勘弁してくれって言っているだろうが…」


 体を起こしながら、上に乗っている私を持ち上げながら文句を言う。お前は、こういった少し強引な起こし方でないと起きないだろうが。私を、床に下ろすと部屋にある壁時計を見る。


「なんだよ。まだ、余裕あるな。なら、もう少し、寝ても…」


 そう言ってベッドの方に向かおうとするので、私はダメだと鳴き声を上げる。私の鳴き声を聞いて、軽くため息を吐くと、私の頭を撫でる。


「わかった、わかった。流石にこれ以上遅刻が増えると補習で時間がなくなるからな。ちゃんと起きるよ」


 ひとしきり撫で終わると、彼は部屋着を脱いで学校の制服に着替える。彼が高校生になった時に、若干大きかった制服も今では、ぴったりだ。しかし、相変わらずそのモサッとした髪型を止めて、しっかりと身だしなみを整えればいいものを。私のそんな心中などお構いなしに、着替え終わると、部屋を出て行こうとする。そんな、彼と一緒に私も部屋の外に出る。


 先ほどの天白家での再現に近いが、違うのは一階の食卓には、彼の父親の姿がないということだろう。決して、黒地家が母子家庭というわけではない。黒地家の父親は、今は遠き地で働いている、所謂単身赴任というやつだ。


 彼は、テーブルのイスを引き座る。その彼の前に、彼の母がご飯をよそい、茶碗を置いていく。主食はごはんで、副菜は目玉焼きに味噌汁とは、天白家は洋食で、こちらは和食とは、どちらも良きかな。


 ちなみに、私の食事を用意してくれようしていたが、すでに私は朝食を済ませているので、大丈夫の意思を示す鳴き声を上げている。

 ごちそうさまという言葉と手を合わせて、席を立つと食器を流し台に片付ける。


「今日も、仕事遅いの?」

「…ええ。夕食は何か好きなものでも食べて、お金はいつもの場所にあるから」

「ありがと、あんまり無理しないで。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 彼はそう言うと玄関の方に向かうので、私も一緒に行く。彼の母親も働いており、仕事の都合上夜遅くに帰ってくることも多く、彼が一人で過ごすことが多いのだが、本人は至って平気そうである。靴を履き、彼は玄関の扉を開け、外に出る、当然私も一緒である。

 朝日の光に陽太郎が顔を顰めていると、隣の家の玄関のドアが開く。


「行ってきます」


 まるで、図ったかのように、雪音が家から出てくる。


「あ、おはよう」

「…はよ」


 雪音は陽太郎見ると、挨拶をするが、陽太郎は雪音も見ると軽くため息を吐くと、物凄く簡単な挨拶を返す。


「人の顔見てため息とかどういうことよ?」


 その態度を見て雪音は陽太郎の方に詰め寄る。そんな雪音を陽太郎はどこか鬱陶しく感じているのか、顔を背ける。


「朝からうるさいのが出て来たなって…」

「なに?」

「…なんでもないです」


 雪音は笑顔で、私の獣としての第六感が危険信号を受信するほどの圧を掛けている。この二人は顔を合わせるたびに、こんな感じになる。一見仲が悪そうに見えるが、この二人を知るものからすればいつも通りだ。所謂幼馴染であり、腐れ縁であり、この私の主人達である。


「グレ、ありがとね。この馬鹿を起こしてくれて」


 雪音はかがむと、陽太郎の足元に居る私を撫でる。これくらいはお安い御用だと私は少し胸を張る。


「またお前の差し金かよ」

「最近あんた、遅刻多かったでしょうが。これ以上は補習の対象になるよ」

「判ってるよ」


 陽太郎はそう言うと、話は終わりとばかりに歩き始める。


「ちょっと待ってよ。あっ、グレ行ってくるね」


 私に挨拶をすると、雪音もその後に続く。そして、陽太郎の隣に並ぶが、陽太郎の方が若干離れる。


「なんで距離とるわけ?」

「別に」

「なら、いいでしょ」


 開いた距離をまた埋める。陽太郎が距離を開けることはなかったが、どこか居心地が悪そうにしている。


「一緒に登校する必要あるか?」

「行先は同じでしょう。なら、わざわざ別々に行く意味はないからいいじゃない」

「陽キャのお前と一緒に登校して、周りからなにか言われる俺の気持ちも考えてくれよ」

「なにそれ、関係ないでしょ。周りがどうとか関係ない。それに、私は別に陽キャじゃないから」

「その謙遜は俺には眩しすぎるわ」


 雪音が持っていた鞄で陽太郎の背中を思いっきり叩く。陽太郎が前のめりに崩れ、背中を擦りながら雪音を睨む。


「何するんだよ」

「あんたが馬鹿なことばっかり言うからでしょ」


 陽太郎を後目に、雪音は歩き始め陽太郎を追い越す。その声には若干の苛立ちが感じられた。陽太郎もそれを察してかこれ以上は特に何か言うこともなく、歩き始める。


 もう数えることが億劫になるほど私は、二人の背中を見送っている。私が最初に見送り始めた時は、手を繋いで登校していたのに、年が経つにつれ、二人の距離は変化しつつあるようだ。そして私は、そんな主人達を今日も私は見送るのであった。

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