第16話 最終日1・なりふり構わなくなってきた人々

 朝、直前漬けするために三十分前に教室へ入ると勇斗が顔色が悪いながらも出席していた。あとの二人はまだ来ていなかった。

 昨夜は三人とも点滴コースで、同じように朝ごはん禁止を言われて経口補水液やゼリー飲料をもらったそうだ。食堂にも図書室にも現れなかった時点で春輝は察していたが、二木の指摘とおり仲間割れ以外にもテスト勉強を邪魔する意図があったのかもしれない。


 ならば何故、自分は無事だったのか。そしてスパイ容疑者まで自爆したのか。昨日のランチを振り返り、一つ思い当たったことがあった。あれしかない。そしてスパイは自らも被害者のふりをするためあえて口にしたが加減を間違えたのだろう。


「ふう……」


「どうした、春輝」


 元気のない声で勇斗が尋ねてくる。やはりまだ本調子ではなさそうだ。


「あ、い、いや。テストのヤマを一つ覚え忘れてたの気づいた。」


「あー、あるよな。大抵直前に思い出すんだ」


「だから、昨日覚えた通りにやっていく。昨日、アンチョコ分けただろ? その通りにしよう」


「ああ」


 今度は誤魔化しに成功した。きっとゲームマスターはテストの出来に関わらず、全員の黒歴史を晒してほくそ笑みたいのだろう。だからどんどんエスカレートしている。


 その前に何とかしなくてはならない。まずは昨日の二木との打ち合わせとおりにテストを受ける準備をしていた。


 アンチョコを眺めていると、廊下から吉田先生の叫び声が聞こえてきた。


「な、何をする!」


「何ってスマートウォッチ外そうと」


「これからテストだぞ!」


 声の相手は慈音のようだ。


「わかってます。でもデスゲームです。生き残れば進級できますから」


「お、落ち着きたまえ! 斉藤君!」


「いえ、もう最終日。なりふり構ってられません」


 春輝と勇斗は顔を見合わせた。


「あいつ! 焦ってバカなことを。ど、どうする?」


「慈音を止める?」


「普通のテストなら慈恩に加勢したいけど、先生を守る? 教師不足でテストが成り立たなくなるのはまずくないか?」


「しかし、制止して巻き添えで自分のが取られたら」


「でも、これ以上、人の黒歴史聞かされてSAN値削られるのもしんどい」


 二人が逡巡しているうちにもみ合いの決着が着いたようだ。アナウンスが聞こえてきた。


「うわあっ! 斉藤君!」


『はい、斉藤慈恩君失格』


「え!?」


『君、もみ合っているうちに外れてしまってるようだね。スマートウォッチのデータが途切れてるよ。だから失格。そして斉藤君は変態だ』


「それがどうした!」


 慈恩が叫ぶ。彼自身は黒歴史とは思ってないようだ。春輝と勇斗もその点には同意する。


「うん、知ってた」


「今更だよな。変態にもいろんな種類いるのもあいつから教わったし」


『変態でも最初は一般的なものだった、というのも変だが、今は無機質のフェチだ』


「二年の牧野もバイのメガネフェチだっただろ! 現在進行系は黒歴史じゃないだろ!」


『あれは物をコレクションしてそれを見て興奮するタイプ。君はいろんな変態を渡り歩いて、今は無機質同士の(ピィー)を見て興奮するタイプ』


「な、なあ、勇斗。何を言ってるのかわかるか?」


「俺達の知らない世界がまだあるのか?!」


春輝達の困惑をよそにゲームマスターの放送は続く。


『君の変態履歴は最初は下着を頭に被る系、派生して女性の下着集め、それから男の娘系の薄い本を買い漁り、今はドラゴンカー(自主規制)とかがお気に入りだね、あと変わったところでは鍵穴と鍵とか、スマホと充電器の組み合わせ』


「げっ、なぜそれを!」


 吉田先生の声が聞こえないのは春輝達同様に、理解しがたくて固まっているのだろう。


「検索しちまった……」


「僕も晒されたリンク踏んじゃった……」


 二人がげんなりしているところに放送が続いた。


『さて、つまみ出し要因の野田先生がいないから教室にいる二人が斉藤君を校外に出してあげて』


「マジか……テストはどうなるんだよ」


『その分、開始時間を繰り下げるから安心して』


「今は言われた通りにしよう」


「わかった」


 廊下に出ると頭を抱えたままの吉田先生とすっかり開き直った慈恩がいた。


「負けたぜ、俺の性癖全て合ってたぜ」


 当の本人は晒されてもケロッとしている。いろんな意味で大物だ。むしろ、吉田先生が敗者に見えてくる。


「つまみ出ししなくてもちゃんと出てくさ。荷物は


「じゃ、門まで見送るよ。春輝も行くよな?」


「いや、悪い。俺、『気分悪くなってきた』みたいだ。勇斗もまだ具合悪そうだから慈恩を送り出したら


「あ、ああ、わかった」


 そういうと勇斗は慈恩と共に外へ向かった。


「吉田先生は保健室より職員室で待機しててください。恐らくその方が安全です」


「斉藤君は一体何を……、いや大塚君、君も何を言ってるんだ」


「このデスゲームにピリオドを打ちに行きます」


「危険だぞ! 大塚君!」


 先生の制止を振り切って春輝は駆け出した。二木も連れ出さなくてはならない。


 幸い、二木の教室はまだ彼女だけだった。


「先輩、 吉田先生は多分大丈夫です。僕はため保健室へ行きます!」


「わかったわ。私も


 二人は保健室へ向かって駆け出した。










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