第15話 第四日目4・放課後の図書室
放課後、春輝がそっと図書室に入ると二木が一人で勉強していた。
「こ、こんにちは」
「あら? 大塚君だけなの? 他の皆は?」
「各自の判断で図書室へ行くと決めたから。一番乗りかもしれないし、僕だけかもしれない」
「そっか、まあ、これだけ人の黒歴史なり裏の顔を知っちゃうと誰も信じられなくなるよね。もう少し待つ?」
「うーん。三十分だけ待ちます。その間に僕の苦手な英語の判らないポイント教えてもらえませんか?」
本当に勉強だった時用に今日の補習の内容を教えてもらおうと持ってきたのだ。ほとんどが今日のやつだが。
「OK、わかった。君は友達思いだね」
二木はそう言って春輝の判らない点を教えてくれた。彼女は文系は得意らしく、わかりやすく解説してくれた。
「二木先輩、すごいですね。こんなにできるのにどうしてここに補習にくるようになったのですか?」
「できる教科にムラがあるのよ。物理や数学はからっきし。トータルすると赤点。今までも科目別に補習やレポート提出してかろうじて進級してたの」
「へえ。それでもすごい。何か一つでもできるって憧れる。それにしても、皆、やはり怖いのかな。誰も来ない」
そう思った時、ドアが開いた。
「悪りぃ、悪りぃ、ちょっと腹壊してトイレに籠もってた。昼飯食いすぎたか。おっ、二人っきりでいいところに邪魔した?」
空気読まないことを言いながら慈音が入ってきた。
「来てくれたんだね、慈音」
「後の二人は来てないか」
「うん……」
「しょうがないわ、勉強会始めましょうか」
そう言った直後に続いて拓真と勇斗が入ってきた。
「すまん、なんか腹の調子悪くて」
「拓真もか、俺もだ」
「三人ともお腹壊したの? まさか食中毒じゃない?」
二木が疑問を口にする。確かに三人も一度に腹痛はおかしい。
「まさかとは思うけど、食中毒でリタイアさせる気か?」
春輝も不思議がる。教師はわからないが生徒が一度に三人も腹痛を訴えるのはおかしい。
「いや、初日には健康には気を使うような発言してたぞ」
「まさか何か盛られたか? 春輝は無事か?」
「うん、今のところ平気。二木さんは?」
「私も今のところ大丈夫」
「まさか、こうして誰か薬盛ったのかと疑心暗鬼にさせる罠じゃないだろうな」
拓真が不安げに話す。
「いくらなんでも考えすぎだよ」
「はいはい、今はそれじゃなくて勉強会でしょ、始めましょうか」
四人がざわついているところに先輩らしく二木が締めた。
「でも、ただの勉強会では無いですよね?」
拓真が含みを持たせて言った。単刀直入すぎると春輝は思ったが、口にしてしまった以上は答えを聞くしかない。
「まあ、私なりにいろいろ“傾向と対策”を調べていたの。ここで話すには……うーん。無難なことから話すとここの創立からの記念誌など学校の歴史を読んでたの」
「ここの歴史?」
「まあ、いつ誰が創立したのか、歴代理事とか。本は閉架中というから準備室にあったのだけど、休み中だから自分で取りに行けと鍵を渡されてね。いろいろ面倒だったわ。ホコリ臭いし。収穫もあったけど」
「収穫ってなんで……」
春輝が尋ねようとした時、勇斗が顔をしかめてうずくまった。
「イテテ、また腹痛え。悪い、トイレ!」
そういうと勇斗は図書室を出ていった。
「勇斗、大丈夫かな。慈音も顔色が悪いぞ」
「俺はまだなんとか」
そう返事をするが、脂汗かいてお腹の音がここまで聞こえるのは相当だ。
「無理するなよ。明日リタイアになったら全て水の泡だ」
「俺も、ちょっと」
拓真も腹の部分に手を当てて顔をしかめる。
「もしかして、本当に皆で集まれないようにしたゲームマスターの仕業かしらね。
どっちにしても仕方ないわ、一旦解散して保健室へ行きなさい。治療はしっかりしてくれるはずだから。治っていたら夜8時に再集合ね。私はここで夕飯まで勉強を続けるわ。くれぐれも体調には気をつけて。先に出ていった田島君にも伝えてね」
「はい、わかりました」
せっかくの手がかりや対策が手に入らないのかと期待していた春輝はしょんぼりしながら片付けしていると、二木が声をかけてきた。
「大塚君。さっきの教えていた英語の間違えやすいポイント解説に補足があるの。せっかくだからさっきの補習を続けましょうか」
春輝はピンときた。英語はさっき既に終わった。何か彼女の推理か考えを自分にだけでも伝えようとしている。
「あ、はい」
ここにも監視カメラがあるはずだからさっきの勉強道具を取り出していく。
「じゃ、俺はトイレ行ってくる。勉強頑張れよ」
「俺もトイレ離脱!」
拓真も慈音も図書室を出ていった。
「じゃ、さっきの紙のノート開いて」
そういうと春輝のノートにサラサラっと何かを書いていく。
『さっきの腹痛は多分下剤を盛られたのよ。そして一年男子の中にスパイがいる』
「え?! こ、こんな……」
「ここはつまづく人が多いの。疑問形の時はね……」
『君たちは多分会議して、疑心暗鬼になっているのでしょ。私は単独行動であちこち調べた。
ここの監視カメラを画像検索して調べたの。精度はノートに書いた文字までは読めないわ。試しに私がここに書いた推理や挑発は向こうにバレていない。疑心暗鬼になっているということは、君たちも盗聴を恐れて筆談にして秘密会議していることが相手に漏れてるのでしょ? ならばスパイがいる』
「ぼ、僕にこんなこと言っていいのですか?」
『声には出さない。会話はノートだけ。声に出していいのは英語の問題だけ』
「あ、はい。ここはよく間違えます。疑問形の時の動詞を逆にしてしまうこと多くて」
春輝は二木の指示に従うことにした。
『昼間の仕掛けは何をしたのですか?』
『このスマートウォッチはベルトがラバー材だから、すれ違いざまに硬めの釣り用テグスでちょっと前に切り込みを入れたの。竹井先生の噂は黒歴史なんてものじゃない有名な話だったからね。沢山の生徒にも手を出してたから、いなくなっても良心は痛まない』
まるでプロのスリのようである。何かしていたのかそういう技があるのか気になったが、聞く余裕はない。
「そう、よく逆にする人が多いの。そこを直すだけでもかなり違うのじゃないかな」
「あ、文系得意なら現国や古文も得意なら教えてほしいのですが、この小説の作者の意図がわからなくて」
春輝も意図が伝わるかわからないが、国語の教科書を開いた。
「どれどれ……梶井基次郎の『檸檬』か。習ったなー」
『時間差が生じたのは、ゲームマスターが一人にならないようにしたの』
「先輩は正体わかっているのですか?」
「この作品に出る病の正体はこの時代に多かった結核ね。主人公は熱とか咳しか書いてないけど、寝込むのを止めて街へ繰り出しているでしょ? 自伝も混ざっているから余命を悟って好きなことをしようとしたのね。実際に結核で早世してるし」
春輝が思わず口にしてしまったことを二木がフォローする。拓真達の秘密会議の時といい、ヘマをフォローされてばかりだ。
「それで薬になりそうな檸檬を食べずに持ち歩いているのですか」
「そういうこと。寝て療養していたらもう少し生きられたかもしれないけど、当時は不治の病だったからね。
あ、でも現代でもあんまり放置する手遅れになって死ぬことあるのよ。だから治療は大事なの。この補習のようにね」
春輝は今のセリフで相手が理解した気がした。
『意図、わかってもらえましたね。明日はどうします? 細かく今、決めましょう。後で三人にも伝えないと』
「で、主人公は丸善に立ち寄り、ノート類をデタラメに積んで檸檬を爆弾に見立てて載せて、一人ニヤニヤする。気分はテロリストみたいだったのかしらね」
『あの中にスパイがいる。疑われないように自らも下剤を飲んだのよ。君が平気なのは君だけ食べなかった調味料か食材があったのよ。明日は1限目が終わったらマスターの元へ突撃するわ』
『留年や黒歴史は回避できるのでしょうか?』
『わからないけど、やるしかない』
『わかりました』
「檸檬ってそういう妄想小説でもあったのですね。よくわからないなあ、作者の気持ちって」
現在の(社会的)生存者数 生徒五名、教師三名。
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