第13話 第四日目・2 戦慄と疑惑と不信

 今日の補習は1時限目は数学であったが岸野先生は脱落していたので代わりに物理の太田先生が来て補習をこなした。確かに物理と数学は繋がっているし、補習者向けの優しい内容だから代役が務まったのだろう。


 しかし、問題文が「秒速5センチメートルで動く点Pが先々の事点X1やX2を殺しながら」という殺伐とした設問であった。追い越すのでもなく、消すのでもないのがこのデスゲーム補習らしい。

 これが小学生の算数なら一個三十円のリンゴを握り潰すたかしくんの握力の計算とかむちゃなものにはなっていただろう。


 2時限目は英語の竹井先生であった。


(あんな予習でもしただけマシだったか)


 春輝がそう感じながらも、先生の指示通りにタブレットを開き、紙で配られたレジュメに目を通した。


「先生、この英文を訳するのですか?」


 慈音が手を上げて発言した。


「ああ、まずは読んで。設問の用紙は5分後に配るから」


 なんだかデジャヴュを感じながらも春輝達はレジュメを読み始めた。おかしな文章である。単語の改行もおかしい。


 仕組みはすぐにわかった。横書きの頭文字を縦読みにするいわゆる『ラテ読み』になっている。そうするとローマ字表記で『おまえらのことはわかっている』と読めた。


 男子達に戦慄が走った。この先生がゲームマスターなのか、それとも差し替えられたのか、一年男子の中にスパイが混ざっているのか。


「先生、プリント間違えてませんか?」


 春輝が手を上げて質問する。


「どれどれ、あれ? 何かと間違えたかな? しょうがない、ちょっと先生は職員室にプリントを忘れてないか見てくる」


 竹井先生は慌ててプリントを回収して教室を去った。


「どういうことだ。竹井先生がゲームマスターなのか」


 勇斗が不安そうに言うと、拓真や慈音も明らかに動揺していた。


「先生がゲームマスターかわからない。ただ、何者かに俺達のことがバレているのは確かだ。ついでに変態会話も聞かれてる」



「それは承知の上だ。

しかし、昨夜の先頭読みがバレているとも読める。やはり即席暗号はだめか。一昨日と効率の悪さも変わらなかったしな。しかし、それにしては監視カメラの精度が良すぎないか? それとも俺達の中にスパイがいるのか」


 拓真の声が震えている。


「ダメだよ、疑うとますますゲームマスターの思うツボだ。もう、今日は放課後に図書室へ行こう。見破られている以上は部屋に教室にもいられない。それに二木先輩が生き残っていたなら何か得られるかも」


 春輝は声が震えそうになることを抑えながら提案した。


「そうだな」


「待て、それこそ罠かもしれない」


「俺もそう思う」


 勇斗が同調すると拓真と慈音が反論する。


「今までの偽装や暗号はバレている。今朝の先輩の話が実現し、かつ生き残っていたら行く価値はあると思う。それしかない」


「既に変態なのはバレてるし、リスク高いだけだよ」


「変態リスク高めたのは慈音だろ、とにかく他に手段はない」


 春輝は反論する。実際に残された時間はわずか。きっとゲームマスターは全員の黒歴史を晒すつもりだ。もはや僅かな可能性を二木に頼るしかない。


「そろそろ先生が戻るからこの話題は後だ。各自の判断で図書室へ行こう」


 会話を区切った瞬間に竹井先生が戻ってきた。タイミングが良すぎる気がするが、疑い出すときりがない。


「ごめんねぇ、誰かの試し刷りをコピーしていたみたい。正しいものを配ります」


 そうしてプリントを配り始めた時、春輝は違和感を覚えた。


(あれ? 先生、スマートウォッチを付けてない?)


 もう一度先生の腕を見ると両腕のどちらにもスマートウォッチが付いてない。彼女は気づいていないのか、そのまま授業を始めようとする。


(まさか、本当に竹井先生がゲームマスター?)


 春輝が疑い出すより前に空気を読まない慈音が手を上げた。


「せんせー、時計してませんよ。大丈夫ですか?」


「え? あっ! 食後付けたはずなのにどこで落とした?! しかし、おかしいな。外れたらすぐに失格のアナウンスが流れるはず。見逃してくれるの?」


「せ、先生、それはないと思います。でもアナウンスが無いならすぐに付け直せれば取り返しが利くかもしれません。僕たちも探すのを手伝います」


 春輝が立ち上がって、床の周辺を見渡して数分ほど経った時であった。


『やあ、悪い悪い。ちょっと機材の調子が悪くて遅れてしまった。竹井先生、時計が外れているから失格』


「なっ!?」


「やっぱり見逃してくれないんだ……」


「や、止めて。わ、私にはく、黒歴史なんてない」


 竹井先生はセリフとは裏腹に声が震えている。


『先生には子どもが二人いる』


「や、止めて。子ども達は何も悪くない」


『片方は敏彦。昔流行ってたバンドメンバーの名前だね』


 男子たちは顔を見合わせた。今でも活動しているが、かつて流行ったバンドのメンバーとわかるし、痛いと言えば痛いが、芸能人から名前を取るのは時々聞く話だ。


『もう一人も息子さんで達哉』


 放送の内容が至って普通に聞こえるのに、彼女だけガタガタ震えている。達哉も昔流行った別のバンドのボーカルだ。


『あなたの裏アカウントから特定したよ。結婚前も後も随分と遊んでいたようだね。さらに歴代の付き合ってた男の名前と子どもの名前が一致するのはなんでかな?』


「ひぃっ!」


 高校生の春輝たちでもわかる。つまりは子どもに浮気相手だか元カレの名付けをしていたわけだ。カムフラージュに人気バンドのボーカルと同じ名前から選んでいた。と、言うことは相当な人数と遊んでいたことになる。


「ぐ、偶然よ。私はそれぞれのファンだったし」


『あれぇ? 旦那さんのブログには『妻が姓名判断でこれと言ってきかない』とあったよ? 他の候補もに隆と哲哉と確かに流行りのバンドメンバーがいたけど、彼らの名前と君の“元カレ”達と同じ名前なのも偶然かな?』


「せ、先生……」


 春輝はまだ彼女すらいたことないのに、と思ったが逆に女性慣れしていない人を嗅ぎ分けて手中にしていたのかもしれない、そう考えると、岸野先生や加川先輩と違った女性の裏側を知った気になってげんなりした。


「わ、若気の至りよ。あの頃のアルファーや麦踏みCLUBはかっこよかったもの」


『まあ、君がそういうならそうかもね。でも、帰宅したら家族会議が始まるのじゃないかな? なんせ、ネットに晒されてるし特定しちゃったし、家族は今頃スクショ取っていると思うよ?』


「ち、違う違う違う!」


 錯乱気味の竹井先生の元へつまみ出し役の野田先生がやってきた。しかし、こないだの岸野先生の時とは違う戸惑い方だ。


「竹井先生、失格ならばしょうがない。帰りましょう。晒されたということは私も失格ですね」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。


『そうだねえ、時計は外れてないけど、裏垢にはあなたとのことも書いてあったからね。既に晒されているからリタイアしても同じことですね』


 そっとスマホをいじっていた拓真がボソッとつぶやいた。


「本当だ。晒された裏垢にはぼかしているけど、知ってる人間なら特定できることを書いてある。たびたび夜を明かしたって。それに『婚外恋愛は3桁までは行かないけど、2桁後半』って、すげえな」


「夜を明かしたって。か、カラオケや明け方までのバーで飲み明かしたんだよな?」


 空気を読まない慈恩が場を和ませようとするが、空回りしている。


「行きましょう。私は生徒からはの信頼は失いました。ここでは教鞭をとることは無理でしょう。あとはあなたの旦那さんへの慰謝料の話し合いですね。リタイアします」


 そういうと竹井先生の肩を抱いて寄り添うように野田先生と教室を去っていった。


 残された四人は呆然とするしかなかった。


「あの、ゲームマスター……さん。僕たちはどうすれば?」


 なんとか我に帰った勇斗が尋ねた。


『また吉田先生に来てもらうから残していったプリントでも読んでいて』


「は、はい」


 彼女の奔放さは現役だったのか。だからこのリストに入って、なんとかリストラさせようとしていたように思う。しかも不倫に厳しいこのご時世、社会復帰は当面無理だろう。


「俺、女性が信じられなくなってきた」


 春輝が頭を抱えると拓真が慰めるように肩を叩いた。


「地下アイドルしてた和奏はまだまともな方だったな。今回は成績不良生徒だけではなく、素行不良疑いの教員リストラも狙っていたのか?」


「まさかの芋づる式かよ……」


 代わりの吉田先生が来て自習となったが、もはや誰もが集中力が切れて内容は頭の中には入ってこなかった。


現在の(社会的)生存者数 生徒六名、教師三名。

















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