第10話 第三日目・1 斜め上の黒歴史
三日目の朝。春輝は食堂を見渡して生き残りが意外と多いなと思った。デスゲームって中盤ごろにはかなりモブなり雑魚がやられるものだが、今回は命がかかってないからだろうか。
しかし、安全な時間が多い反面、行動自体でリスクも伴うのは昨日の朝食時に春輝が襲撃されたことから明らかだ。それにゲームマスターは一人でも多く黒歴史を晒して断末魔の声を聴きたいに違いない。防衛タイムで相手が失格するなんて変なルールもあるから手を出すタイミングを皆、見計らっている。
少なくとも食事が始まってから少しして食堂に入り、終了前に食べ終えるのが安全なことはわかってきた。
昨夜の会話も黒歴史として晒されるのだろうかとちょっと不安になるし、慈音の黒歴史はあの無駄に豊富な変態な知識なのではないかとすら思う。それでも本人はケロッとした顔をしているから、黒歴史がそれよりも変態なのか春輝は気になっていた。多分他の二人もそうだろう。
しかし、好奇心でバトルを仕掛けたらこの結束も崩れてしまう。防御機能が発動していたら返り討ちに遭う。自分は黒歴史は無いとは思いつつも、黒すぎて記憶から抜け落ちているかもしれない。
やはりゲームマスターを見付け出して締め上げるのが早いかもしれない。
「暗号とか使えればな」
春輝がぼやくと慈音が反応した。
「俺、モールス信号なら知ってる」
「お前、どこまで引き出しが多いんだよ」
「でも、あれは三日じゃマスターできないな」
「暗号があればゲームマスターに気づかれずに会話もできるだろうけどさ」
「拓真、そのゲームマスターって呼び方も気づかれる始めの一歩じゃないか?」
「確かにな。かと言ってXとかYでも数学みたいでなんだし」
「私、その路線で行くならGがいい」
「和奏、なんでだよ」
「ゲームマスターと忌み嫌うべき虫と頭文字が同じだから。何の虫かは口にしたくない」
「Gか、確かにどっちも忌み嫌われるな」
「んー、どっちもどこかに潜んでるし。案外共通点多いな。殺虫剤かけても弱るだろうし。武器はスプレー式殺虫剤か。火を付ければ簡易火炎放射器になるし」
「いや、それは普通に火事になるから」
「あなた達は呑気ね」
珍しく二木が入ってきた。
「三年は私一人だから、しゃべる人いなくてしんどくて。二年生は昨日の出来事で信用ならないし」
「俺達は信用できると?」
「少なくともあんた達には緊迫感ないから。昨夜も変な議論してたし」
「ああ……」
昨夜の作戦会議も、もし彼女らが参加していたらさらに二年生とは別の意味で距離置かれるなと思った四人は黙ってしまった。
「ああいうバカな会話でもしないとメンタルが沈むからです」
春輝はようやく言い訳をひねってこたえた
「暗号というと、かつての日本軍は通信に同じ日本人でも難しい薩摩弁でやり取りしてたけど、捕虜の薩摩出身者にあっけなく解読されたそうよ」
「確かに九州や東北弁は難しいな」
「俺達は皆、標準語だもんなあ」
「そういうこと。付け焼き刃で暗号なんてできないわよ」
「私もそう思う。出来る限りの自衛をして補習を頑張るだけ。じゃ、私は早めにあがるね」
若菜は素早くトレイを下げ、自分のスマートウォッチをはめた。
『はい、一年三組 八間川和奏さん、失格』
唐突なアナウンスに食堂全体がざわついた。まだ食事時間中である。彼女に落ち度はないはずだ。
食堂にいつの間にか設置されていたのかスクリーンが降りてきてプロジェクターが作動する。
そこにはピンク色の髪をツインテールにしたミニスカのコスプレ衣装を着た和奏がいた。
「その写真は! って、その前になんで失格なの?! まだセーフタイムのはずよ!」
『君は別人のスマートウォッチを付けた、不注意だったね』
「そんなバカな! いつも右から三番目の充電器に繋げて……入れ替わっている!?」
誰かが作為的に行ったのか、和奏の勘違いなのかわからないが、なおもざわめきが続く。
『さて、食事中だけど黒歴史を晒す。これは彼女が中学時代に地下アイドルとして活動してた時の写真だ』
スクリーンに映し出された動画は何かの地下アイドルグループらしきもの。
『この地下アイドル『ニャンダフルガールズ』のメンバー』だったね、八間川さん。ピンクのツインテールにネコ耳着けてセンターだね。メンバー名は『アメリカンショートヘアのアイ』』
「いやあああ、止めて止めて! マイナー過ぎてすぐに解散したから記録はほとんど残ってないのに、なんでぇ!」
和奏が頭を抱えてしゃがみ込む。春輝達はぼう然と映像と和奏を見比べていた。
「ネコ耳だけじゃなくネコヒゲまで描いてある……。アメリカンショートヘアの色と違うし、それ以前に似合ってない」
「トドメ刺さないで! 拓真君!」
『半分白状したようなものだけど続けるね。八間川さんは中学時代に地下アイドルやってたんだ。本人も言うように、あんまりにも売れなくて半年も保たずに解散したけどね。設定もイタイよね。ニャンダフル星から来たネコ少女達って』
「やっぱり歌詞や語尾に『ニャン』が付くのかな」
春輝がボソッと言っただけなのに和奏が反応する。
「なんで知ってるのよぉ! そりゃ、中学ではバレなかったけど、関連するものは全部処分したし、検索にも出てこないくらいマイナーだったのに! 念を押して知ってる人が居そうに無いこの学校を受けたのに!」
『まあ、中学時代の話だし、労基法云々はよく判んないけどイタイ黒歴史だね。どうせ、バレたからまた地下アイドルやったら?』
「止めてぇー! 全世界に晒されたなんてもう耐えられない!」
そのまま両手で顔を覆ったまま、和奏は走り去ってしまった。
「……地味にしてたのは目立つことを避けてたのね」
二木の一言で皆、我に帰った。
「ち、地下アイドル?!」
「しかも、ベタベタな設定」
「あ、歌ってる映像がアップされてる。ホントに歌詞にニャンが付いてる」
「Gもなりふり構わなくなってきたな」
皆は、彼女の黒歴史に衝撃を受け過ぎて見落としていた。いつもきっちりしていた和奏がスマートウォッチをなぜ間違えたのかということを。
現在の(社会的)生存者数 生徒七名、教師五名。
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