第8話 第二日目・3 対策なのか何を話しているのだか
「僕、もう疲れた」
夕飯時の束の間の安息タイム。トンカツ定食にソースをドバドバかけながら、春輝はうんざりしていた。
二年生達は今朝の失敗もあり、人数が減ったこと、気まずさからか黙々と食べてそそくさと部屋へ戻っていった。二木は相変わらず一人で、先生は岸野先生を除く全員がやはり黙々と食べていた。
「まだ二日目だろ、春輝、それにかけ過ぎじゃね?」
「いいんだよ、拓真。これに辛子もつけてご飯をかきこむ。こうでもしないと沢山ご飯を食べられないし、身体が保たない」
「まあ、春輝君の気持ちは分かるわ。BLは少し読んだことあるけど、さすがに身近な人の絵を見せられると複雑よね」
和奏は相変わらずのマイペースで定食を食べている。キャベツから先!と気にするところは女子だな、と思わせるが。
「LGBTとかなんとか言っても、それ以前に自分がそういう絵にされてたら嫌悪感するわ。野田先生もある意味被害者だけど黒歴史晒されたみたいで気の毒。見て、先生達もお通夜みたい」
「リタイアすると黒歴史晒される、そうでなくても他人の黒歴史見せられる。メンタル保つかな」
「保たせるさ、少なくとも俺は犯罪行為なんてしてないし、守り抜いて黒歴史晒されないようにする。先生のは無許可副業ってやつでグレーゾーンだがな」
勇斗がおかわりのご飯とみそ汁持って席に付きながら決心したように言った。
「だから安全タイムのうちに飯を安心して食う!」
「おっ、勇斗は元気取り戻してきたな」
「考えてみりゃ、留年も黒歴史晒しも高校生に取っては恥だ。どっちに転んでもいいやと開き直った」
「勇斗はすごいな、僕は春輝同様に疲れてきた。今日のは二人続いて黒歴史っつーか、現在進行形の案件が続いたからな」
慈音はなんとかカロリーが高いトンカツだけでも食べようと必死に食べている。
「あと三日よ」
和奏が相変わらずマイペースにコーヒーを飲みながら言う。
「とりあえず、安全タイム中に早めに充電器から外してそれが不具合がないか確認する。食事前後と用心するタイミングが増えたけど、自衛しなきゃ」
「若菜はそのマイペースぶりがいいなあ」
拓真がぼやくと若菜がガチャンと乱暴にカップを置いて、苛立ったように言った。
「マイペースを貫かないとやってられねーんだ、そこを分かれよ。何なら食事終わったら誰かの時計外そうか?」
まずいと春輝は思った。こういう静かなタイプがキレるとヤバいと知っている。
「お、おい。喧嘩はよしとけ、ゲームマスターの思うつぼだ」
「大体、ゲームマスターも悪趣味。ポエムならともかく、他人の性癖やらモザイク入のR指定の絵を見せられてメンタル保てないわよ。なんつーものを見せてくれるんだって。これって虐待よね」
「デスゲームの時点で悪趣味で虐待だが。おい慈音、どうした。手が止まってるぞ」
拓真の呼びかけにより彼の方を見るとぼんやりと何かを考えていた。
「あ、いや、ちょっと考え事」
「なんだよ、隠すなよ」
「え、いや、大したことじゃないよ」
「大したことないなら言えるだろ?」
なんだか言い淀む慈音に拓真が詰め寄る。
「そうだよ、慈音。ここで黙っていたら皆が疑心暗鬼になっても仲間割れ起こして、それこそゲームマスターの思うつぼだ。二年生なんかほぼ壊滅的だし」
春輝も拓真を援護する。こんなふうに言いかけて止めるのは疑惑の種だ。あとでどんどんと膨らみ、とんでもないモノが育っていく。
「わ、わかったよ。下らないことだけど言うよ。今朝のアイツ、メガネフェチと言ってたけど、メンズやレディースと好みが変わったこと晒されてたよな。過去の好みがダサいから黒歴史だと」
「ああ、それがどうした」
「いや、昨日『彼女と一緒に進級するんだ』と言ってのが聞こえたから普通に異性愛者と思ったのだけど、今もメンズフレーム集めてるというから、フェチだけ性別超えてたのかなぁって」
男子達は全員ズッコケ、和奏が仏頂面して聞かなかったふりをしてコーヒーを飲み干し、お代わりを汲みに席を立つ。
「慈音、そんなアホなことでぼんやりしてたのか?」
「だってよぉ、彼女とラブラブデートして帰ったらコレクションのメガネ眺めて興奮してた訳だろ? その中にはメンズものだってあった訳だろ? リアルとフェチが分離してるのか、それともリアルでも両方OKなのかなーと」
「うーん。意外と難しいな、これがバストとか尻やら下着なら分かりやすいが、二次元キャラやエッフェル塔と結婚した人がいるし、」
拓真が意外と話に乗って考え込む。
「よせよ、そんなこと言ってたら、メンズとレディースインナーフェチのゲイやらアクセサリーフェチの百合とか掘り下げるときりがない」
「アクセサリーは単なる趣味じゃないのか?」
「いや、もしかしたら憧れのお姉様のネックレスと戯れてハアハアとしているかもしれん」
「それは単なる百合で泥棒では?」
「そもそも、さっきも言ったがバストや太ももならともかく、物にエロを感じる奴の気持ちがわからない。フェチってそういうものだろ?」
「だよな。俺はやはりバストだな。春輝もそうだよな?」
「えっ!? ゆ、勇斗、ここで言うの? せめて部屋に行かない? 先生と女性達の視線が痛いよ」
和奏は二木のそばに移動してお代わりのコーヒーを飲みながら『男子ってこれだから』と二人して呆れたような、蔑むような視線を向けていた。
先生達もお通夜状態で黙っていたから一年男子の会話が丸聞こえだったようだ。注意すべきなのかどうなのか、ルールに引っかからないかと戸惑っている。
ちなみに二年の生き残りはそそくさと食べ終えて既にいないのは先述したとおりだ。
「やはり生き残るにはゲームマスターを潰さないとならないな」
「それ、危険じゃないか?」
「ここでフェチの話をしても楽しいが、誰かの地雷を踏みそうな気がする」
「ライバルが減るとは思わないのか?」
勇斗が意地が悪いことを言う。
「いや、晒されるのもいやだが、昼間みたいに性癖を見せられるのもキツいなと。そのうち中二病真っ盛りの自分で付けたキラキラネームの自称堕天使とか、多重人格者のふりした中二病患者やら見てるこっちが頭痛するのが出そうじゃん」
「ってことはなんだ。ゲームマスター見付け出して性癖なり黒歴史を見つけようというか」
「そこまでできるのかわからんが、少なくとも学生達にデスゲームしかけた奴ということが晒されれば、充分に社会的地位が死ぬのではないかと」
「しかし、監視カメラやマイクは仕掛けられてるだろ?」
「そうなんだよなあ」
結局は一年男子達はフェチの議論をしただけでこの日は終わってしまった。
現在の(社会的)生存者数 生徒八名、教師五名。
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