第6話 第二日目・1  デスゲームで朝食を

 あれから拓真と図書室で自習をして初日を過ごしたが、直前に三人も脱落者が出たこともあり、互いに無言で自習時間ぎりぎりまで勉強し、食堂と風呂以外は部屋を出なかった。と言っても、頭に入らないから雑学系の本や小説など現実逃避していたが。


 当然よく眠れるはずもなく、重たいまぶたと身体をどうにかして顔を洗っていた時、朝の起床チャイムとあの放送が始まった。


『おはよう、諸君。昨日早速失格者が三人も出てびっくりしているかもしれないが、真面目にやっていれば生き残れるはずだよ、多分。朝ごはんは七時から八時まで。食事中のバトルは禁止だからゆっくり食事したまえ』


 朝から不快な放送だと春輝はムカムカしてきた。胃袋もムカムカしてきたが、何かを食べないと昼までもたない。


 制服に着替えて春輝は食堂に向かった。支度が遅かったせいで三十分経過していた。急がないとならない。


 ざっと見渡すと昨日失格した三人以外はいるようだ。普段は寮生で賑わう食堂も補習生と教員だけなので、ただでさえ寂しい雰囲気なのに社会的生命がかかったデスゲームに巻き込まれたから重苦しい空気が漂っている。


 一年はいるかと見渡していたら拓真達四人が既に食事をしていた。

 皆が沈黙して元気なさそうな中、和奏は黙々と食べてもうすぐ完食しそうだし、拓真もモリモリと食べていた。


「よう、おはよう。春輝。来ないから寝込んだかと思ってたぜ」


 拓真は図太いのか開き直ったのか分からないが、本人はあっけらかんとしていた。


「食べないと身体がもたないからさ。お前の図太さを分けてもらいたいよ」


「んー、何考えても腹は減るし、バトル対象時間外だから今は安心して食える」


「私も。食べ物は残すのもったいないし」


 プレートの上はパンにバターやジャム、サラダにベーコンエッグ、ヨーグルトに果物とバランスが取れた朝食であった。ホテルの朝食と言った感じだ。


 慈音や勇斗は元気なく食べていた。最低限の物だけ食べて残しそうだ。二人はいつも拓真と同じくらいモリモリ食べるタイプだ。彼らも黒歴史を晒されるのが怖いのだろう。


「お、慈音も勇斗も残すのならくれ」


 拓真はあっけらかんと言って、二人の残ったベーコンエッグや果物を取って食べ始めた。


「お前、春輝も言ったが、図太いな」


 ようやくパンをコーヒーで流し込んだ慈音が呆れたようにぼやく。


「んー、今は安全タイムだからな。体力付けないと時計を外されるかもしれんし」


 拓真の言うことももっともだ。食べないと空腹でメンタルがますます落ちるし、何よりも体力がもたない。春輝は思い直して食べ始めた。


「ちぇっ、春輝の分も残すならばもらおうと思ったのに」


 拓真が残念そうに言う。


「時間も残り少ないから急がないとな。拓真に取られるのも悔しい」


 食欲は無いが、なんとか食べて体力を付けないと抵抗できずにスマートウォッチを奪われる。そして食事中は安全だ。そのチャンスを逃してはならない。

 春輝がギリギリ朝食時間終了間際にコーヒーを飲み終えた直後であった。


 ガタッと椅子を倒すような音がして、後ろから春輝が何者かに羽交い締めにされた。二年生たちのグループだ。そのうちの一人が春輝のスマートウォッチを外した。急いで朝ごはん食べることに気を取られて充電器にセットすることを忘れていた。


 春輝がスマートウォッチをつけっぱなしにしていたのに気づいた二年生達が安全タイムが終わる時を彼らは狙っていたのだ。油断したと思ったがもう遅い。


 春輝が観念しかけたその時、例の放送が始まった。


「はい、二年二組の牧野修人君は失格」


 え? と春輝や主犯の牧野を始め周囲がざわついた。

 食事時間は終わったはずだ。春輝は時計の秒針を睨みながらコーヒーを飲んでいたから正確な終了時間を把握している。


「いやあ、食堂の時計はね、“なぜか”一分進んでいるの。ちょっとした誤差だから後で直そうとしたけどね。悪い悪い。それで食事中はバトル禁止。だから牧野君は失格」


 つまり、彼らも全員が食堂の時計を見つめて、ことに及んだ訳だ。一人でもスマホをチェックしていたら防げたのだろうが、もう遅い。これも罠の一つなのだろう。


『牧野君はメガネフェチだ』


 牧野の顔がビクッと怯える。


「ち、ちょっと待て! 黒歴史とは過去のことだろ! 現在進行形は歴史じゃないだろ!?」


 彼が半分自爆じみた疑問を叫ぶ。フェチは確かに誰しも「好み」というマイルドなものから、対象物にしか執着しないハードなものがある。こうして晒されるということは後者だろう。彼の言うことも一理ある。


『まあ、そうだね。でも同じフェチでも過去のフェチと今のフェチが変わってくると一部は黒歴史だろ? 君はメガネフェチでも女子が好むフレーム中心だ。しかし、最初のメガネは……』


「止めろ! それ以上は言うなぁ!!」


『黒縁メガネ、それも枠が太い男性向けにしか萌えなかった。だからネットオークションで古い時代のメガネを落札していたね? 次に野球選手が付けていたフレーム無しのメガネ。

 それにアダルトな作品コンテンツも一貫としてメガネフェチモノを購入しているし、今もメンズメガネを“コレクション”として今も収集している』


「ぐわぁぁー!!」


 彼は真っ赤になって去っていった。


「あいつ、単なるメガネマニアだと思ってた……」


「そうか、フェチも好みが変わると黒歴史なんだ」


「メガネならメンズでもレディースでもイケるのか。訳がわからん」


 二年の仲間たちが次々と笑っていいのか、恐怖していいのか分からない感想を漏らしていた。


 そして、性癖がバラされた牧野君は少なくとも彼女ができるなんて当分、いや下手すると婚活しても厳しいかもしれない。


「メガネフェチ好きの相手が現れるといいな」


「春輝。お前やられかけたのに優しい奴だな」


「いや、注文履歴まで晒されてるんだろ? デジタルタトゥーになるのが哀れでな」


「まあ、アイツは現在進行形だし、転校してもメガネした人からは避けられるな。そろそろ教室へ行こうぜ」


 一年生一行はトレイを下げ、食堂を後にするのであった。


 現在の生存者数 生徒八名、教師六名。



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