第35話 卒業式
ゆかり先生は感極まって号泣していた。
優しくて、美人でみんなの大好きなゆかり先生。涙声でゆかり先生は式辞を述べる。
「アリサ・セリュー・アレクサンダーさん、貴女は今日。小等部を卒業し、中等部、お姉さんになります……先生はアリサさんが元気にお勉強をしていた姿も、お友達と楽しそうにお話をしていた姿も目を瞑ると、思い出せます」
そう言って読んでいた紙を見ずに涙目でゆかり先生は笑顔を作って見せた。そして、血だらけの工場らしき場所で、たった一人の卒業生。アリサは魚が死んだような目でゆかり先生の式辞を聞いている。アリサの視線の先には、まだピクピクと筋肉が痙攣している少女の死体と首のない少女の死体。
その首は今、アリサの腕の中にある。大好きだった友達。いろんな事を知っていて、大人で憧れていた。その少女のまだ綺麗な頭部は目を瞑り、アリサを見つめる事も、語りかけてくれる事ももうあり得ない。
「小鳥ちゃん……こんなのヤダよぅ」
かつてジュリアと呼ばれた女性は小鳥・チェリッシュ・イレブンという少女に転生した。好き放題に生きて、自分が生きる事を何よりも優先し、汚くとも最後まで自分の快楽を貫き通すハズだった小鳥は、今自分の頭部を抱えている少女を守り、転生四カ月という短い人生を終えた。
「さぁ、アリサさん。卒業は悲しいけれど、主役がそんなじゃ。周りのみんなが困っちゃうわ! お歌を歌いましょ!」
アリサはここは何なのか? 涎や汚物を垂れ流す少女達がベルトコンベアに乗せられ色んなブースへと運ばれる。体を解体されている少女もいれば、冷凍されたり、そのまま熱湯や油に放り込まれ、その瞬間だけは苦しそうな悶えた顔を見せる。だが、これらは人間とは思えない。人語を介していないし、自分のことを風景のように見ている。
「ラ、ララ! ポイ! ポイ リュボフ!」
ゆかり先生は歌う。愛を! 愛を歌おうと! 卒業式のテーマソング。愛こそは全て、争いもなく、平和で、豊かで、誰もがみんな優しい世界。
アリサの大好きな歌だった。ゆかり先生はオペラ歌手のように上手に綺麗に歌を歌う。
「ハラショ! ハラショー! ……さぁ、アリサさんも歌って!」
アリサは、ゆかり先生を見つめ、地面に落ちている。大好きだった少女小鳥が使っていた銃が目に入った。そしてアリサは口を大きく開けてゆかり先生と合唱する。
「ハラショー! クィアズ フォク! ララ! ラララ!」
共に学んだ友人に、愛を教えてくれた先生に、大事に育ててくれた両親に、感謝を! 偉大なる感謝を! アリサは気づいた。いや、気付かないようにしていた。狂っている。この学園は狂っている。
遠くの壁を背もたれにして息を引き取った多々良がお人形のようでとても綺麗に見えるのは何故だろう?
ゆかり先生の上手な歌が激しく不快に思えるのは何故だろう?
「ハラショ!」
ゆかり先生は優しく微笑む。それにアリサは虚な瞳で見つめ返すと歌を返した。
「はらしょー」
「ララ! ハラショー ベーチヌイ! ハラショー!」
たった二人の大合唱はいつまで続くのか……アリサは動いた。今ならゆかり先生を殺れる。
小鳥の持っていた自動拳銃ファイブセブン。それを素早く拾うとアリサは銃なんて撃った事がないのに、その引き金を引いた。
ズガン!
腕が、肩が……今まで感じた事のない筋肉の痛み。銃の反動に無理やり上がるアリサの腕。そして同時に絶望を覚える。
ゆかり先生は弾丸を見て避けた。
「ハラショー! ハラショ! ハラショー!」
歌いながら向かってくる。怖い……が、アリサはなぜか笑っていた。これで、小鳥のところに逝ける。
このゆかり先生は多分、とっておきのろくでなしだ。自分を生かしてはいけないだろう。
ゆかり先生は後ろに隠し持っていた何らかの紙をアリサに渡す。
「アリサさん、今の良かったですよ! これからアリサさんは無理やり処女をちらされるかもしれません。汚物を食べさせられる毎日が来るかもしれません。その時は、愛を、親友を、そして……先生の言葉を思い出して、その立ち塞がるおろか者共に友愛と情熱の鉄槌を叩き込みなさい! この言葉を持って、小等部、六年生……学年主任のぉ……先生の言葉を結びとします……わーん! アリサさんが卒業しちゃうの、寂しいよー」
いつもの天然で可愛いゆかり先生が突如降臨した。そしてこれはあまりにも不気味で、アリサは持っていた銃を落としてしまう。
「さて、卒業おめでとうございます。先生は少しお片付けをしていくので、よいしょっと」
ゆかり先生はまだピクピク動いている死体を片手で掴み、持ち上げると工場の燃料庫に放り投げた。タンパク質が燃える嫌な匂い。それをゆかり先生は鼻腔を広げて、悦に入る。
「いい匂い。先生、女の子が燃える匂い好きよ! これから、アリサさんは同年代のルームメイトと暮らしていく事になります。今まではお姉様と一緒でしたが、これからは自分で考えて自分で行動しなければなりません。頑張ってくださいね!」
どの口がそんな事を言えるのか、アリサは絶句している。そしてゆかり先生は首のない小鳥の死体も持ち上げた。
「先生やめて!」
「ゴミはゴミ箱に! 一年生でもわかることですよ! アリサさん、その手に持っている物も渡しなさい」
「嫌です!」
「小鳥さん、ちゃんと供養してあげましょう? 燃料庫に投げ入れたりしないわ。先生約束する」
アリサは手渡した。ゆかり先生は電話をかけると白い防護服を着た人々がやってきて、小鳥の死体はどこかに持っていかれる。
「疲れたでしょ? 今回のお泊まり会は卒業式閉幕を持っておしまい! ゆっくりおやすみなさい!」
アリサは、ゆかりに尋ねる。一体、この狂気の沙汰、祭宴は何なのか? 誰の為の行いなのか? どうして多々良や小鳥、その他のみんなは死ななければならなかったのか!
アリサは声が枯れるまで叫んだ。それにゆかり先生はうーんと考える。
「それは魂の浄化ね。アリサさん、人間の罪はいつかは許されるの。何度も何度も罪を償って、そしていつか許された魂は浄化され、神々の頂へと歩を進めるの。小鳥ちゃんは今、神様の所へ行くためのお勉強中」
嗚呼、もうダメだ。話にならない。狂った女に、話を聞いても頭がおかしくなるだけだった。アリサは一つ。絶対に成就させる為の想いを胸に抱く。
(ゆかり先生を絶対に殺してやる)
アリサは緊張の糸が切れたように、ばたりと倒れた。それは夢なのか? あるいは……お花畑、小さな小さな川で仕切られている。川の先で小鳥やさくら、そして多々良が花冠を作って楽しそうに笑っている。
「みんな! 私も」
アリサのことを誰も気付かない。アリサはすぐにでも彼女達の近くに行こうと川を越えようとした。
『その川を越えてはダメ!』
それは聞いた事があるような声だった。誰の声かはわからない。というより、夢という物を殆ど覚えていなかった。病院のベットで眠っていたアリサ。小さな机には、小鳥達が吸っていたと後で知らされるヨモギタバコ。そして小鳥のリコーダー入れに鑢。多々良の銃。これら遺品だと思っていたが、防護服を着た看護師は戦利品だと一言いった。
リコーダー入れを見て、アリサは涙が溢れて止まらない。この縦笛を吹きながら投稿してきた可愛く、可憐でカッコイイ少女は死んだ。あの縦笛を咥えた天使はもういないのだ。
「あぁ……あぁああああああ! ごとりじゃあああん。わああああああ、何でよ? 何でことりちゃん……嫌、いやよ! ヤダぁ、やなの」
アリサの叫び、それを聴きながら外で自慰行為にふけるゆかり先生は何とか自分を律して扉を開けた。
「……ゆかり先生」
「アリサちゃん、お祝いのお食事会をしましょ! もう体は大丈夫よ! ささやかだけど、とってもいい食材が届いたの」
確かに体は痛くない。でも食欲なんてなかった。
「先生、お腹空いてません」
「ダメよ。食べて栄養をつけないと。ね? やりたい事もできなくなっちゃうよ?」
やりたい事。この目の前のゆかり先生をぶち殺す事。確かに、体が必要だ。強靭な体が……
「わかりました」
高級なレストラン、そしてその個室へと連れて来させられたアリサ。そしてゆかり先生の前に前菜。形成肉をゼラチンで固めたような何か……
「きゃー! 美味しい!」
ゆかり先生がそう言って食べるので、アリサはゆっくりと咀嚼する。確かに旨味がある。続いて出てきたのは赤いスープ。冷製のミネストローネか何かだろうかと思って飲んだが、塩味しかしない。
魚料理の代わりに運ばれたのは内臓料理。レバーらしい。フォアグラだろうかと不思議な食感と味をするそれを食べすすめ、口直しにソルベが用意されたこれまたピンク色のイチゴか桃味かと思いきや、これも違う。
メインディッシュの肉料理は百グラムくらいのステーキ。血が滴り、柔らかく。美味い。味は牛や豚ではない、羊、マトンのような味だった。
デザートにカフェラテを飲みながらゆかり先生はシェフを呼んだ。
「シェフ、最高の料理だったわ! 私の教え子が中等部でも頑張ってもらえるわ」
「それはそれは、ゆかり様が運ばれたこの新鮮な子供の雌の肉があったからできた料理です。ですから私の腕8割、食材2割ですな!」
「まぁ! シェフったら!」
談笑する二人、そしてシェフがなんの食材かネタバラシをしたところで、盛大にアリサは食べたものを吐いた。
それは髪の毛がなくなり、目もくり抜かれているが、紛れもなく小鳥の顔だった。自分は食べたのだ。小鳥を、小鳥だったものを……もう自分は人ではない。人を、それも大好きな女の子を食べたのであれば……
「うああああ! お前なんか! お前なんか死んでしまえ!」
ステーキナイフを持ってゆかり先生に襲いかかるアリサ。ゆかり先生はそのナイフを素手で握りしめると困った顔をする。
「アリサさん、お行儀が悪いですよ? ごめんなさいシェフ」
「ははは! 元気があっていいじゃないですか! ですが、最初に出したこの食材の子宮は早かったですかな?」
「いいのよ! もうアリサさんはレディーなんだから」
股が湿る。濡れる。自分は失禁している事を気づきながら、恥ずかしいとかそんな事は全く感じない。もしかして自分がおかしいのか? そんな事を考えながらアリサは気が遠くなっていく。
プツン! そんな音が聞こえた。
アリサだった者の視界に明るくなる。
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