第18話 さかなに食べられる時の気持ちを考えてみよう

「ねぇ、さくらそこでイキ狂ってるところ悪いんだけど、これからどうやって生き残るか考えはあるの?」


 さくらは、怯えるバディの中等部と小等部の二人を遠くに見ながら、私とカロンを見てこう言った。


「ねぇな。最悪、ここにいる連中死姦して、俺の人生も終了! ってのも悪くない……が、まだやれなくはないだろう? カンディルとか言うきめぇ魚しかこの生簀にゃいねぇ! 要するにこいつらを根絶やしにすりゃよくね?」


 簡単に言ってくれる。薬品でもあれば適当に放り込んで駆除できるかもしれないけど、この生簀フロア、本当に何もないのよね……


「カロンぱいせんはなんかねぇの? あいつらを根絶やしにする方法」

「……ないことは……ない」

「マジで!」

「カロン先輩、それ本当かしら?」


 僥倖。

 私のバディであるカロンはことこの水族館においては最強のバディだ。

 多分、雨亜でもこの状況は覆せなかっただろう。


「でも、時間がかかる」

「方法教えろよ! 手分けすりゃ、速いだろ?」


 さくらがまともな事を言うとなんだか不自然さを感じるわね。でも確かにここにはまだ5人のメスガキがいるわけで、カロンがしようとしている事は早く進める事ができるかもしれない。


「たぶん……私しか……できない」


 そう言うとカロンは水筒に入っているカルピスとかいう。男性のアレから出てきたような物らしい飲み物を一気に飲み干す。そういえば、古代クレオパトラが男性のアレから出てきたアレを飲む習慣を持っていたわね。

 私には無理ね。

 気持ち悪い。飲むなら、十代後半の少女の聖水に限るわ。


「俺も、殺したメスガキの体液すすりてぇ!」


 本当に変態と一緒にいると空気が悪くなる。でもどんな事をしでかすのか……私はまさかカロンがあんな事をするとは思わなかった。

 それはカロンが突然立ち上がり、生簀の前でしゃがむ。

 そして下着を降ろした。

 それにはさくらが絶叫する。


「おいおいおいおいおいおいおいおい! 何してんだよ! まさか、飲み過ぎて尿意もよおしたから生簀でおしっこします! じゃねぇだろうな?」


 カロンはやや笑う事に慣れていないのだろう。再び、さくらを見るとカロンはぎこちなく笑う。


「さ、さくらちゃ……正解」


 ジョロロロロロ。


 カロンは聖水を生簀の中にぶちまける。私もあまりの事に驚きを隠せない。固まっているバディの二人はもう顔面蒼白。そしてさくらが吠えた。


「てめぇ! 変態じゃねぇか!」


 どの口がそれを言えるのか私には分からないけど、あの生簀の中を泳がねばならないのに……もしかしてそれを狙って? 自分の聖水に浸からせる最低な性癖が……


「さくら……ちゃん」

「んだょぉお! 変態ぱいせん」

「包丁……かして」

「は?」


 さくらが人を殺す為の道具を貸すわけがない。一体何をしようと言うのか……


「かして……」


 カロンにそう言われ、さくらは包丁を刃を向けて差し出した。その刃をカロンは握ると血が出る事もお構いなしに受け取る。


「ありがとう」


 ブシュ!

 リストカット。もしかして……助かる方法がないから自殺?

 嘘でしょ……いや、違う。


「おい、変態ぱいせん、次はリスカ趣味かよ……もう今時分流行らねぇぜ……って聞いてんのか?」


 カロンは手首から滴る自分の血液を生簀に流し込む。当然カンディルが集まってくる。

 集まって……え?


「オイ! カンディル、死んでんじゃん!」


 そう、あの凶暴で獰猛な魚がぷかぷかと浮き始めている。一体、本当に何が起きたのか……でもこのままじゃ。


「カロン先輩。傷口塞がないと……死ぬわよ」

「小鳥ちゃん……いい」

「よくないでしょ! 何してるのよ! 説明なさい」


 カロンは随分血液を失った状態、これ以上は本当に危険域に達するだろう。

 そんな状態で青い顔をしながらカロンは語る。


「私は……色んな毒を沢山……少しずつ何年もかけて……飲んできた……どうしても……しなければならない……事あるから……でも、この状況をどうにかするのに……道具が足りなさすぎる……小鳥ちゃんや、さくらちゃんをどうにか……生かせる」


 本当に馬鹿ね。まぁ、でもそうとわかればカロンにはその礎になってもらいましょう。

 とはいえ……


「貴女の血液全部入れてこの生簀の魚根絶やしにできるのかしら?」

「……多分、無理」


 でしょうね。そうなると……さくらは事を起こすでしょう。二人で抱き合い震えている中等部と小等部のバディに向けて出刃包丁を向け……


「お願いやめて!」

「あ? 無理だろ。だって俺死にたくないもん。大丈夫、何処か身体の一部分は持って帰ってやるから! 大丈夫だから! 綺麗にしてやるから!」


 何も大丈夫じゃないその状況で、しきりにさくらは大丈夫。大丈夫と言う。そして少女達の命乞いも空しく。


「ほらほら! 綺麗だなぁ」


 グシュ。中等部の生徒の胸が赤く染まる。心臓を一刺し、即死したバディの姿を見て、おもらし、鼻水を流し張って逃げようとする小等部の生徒の足の腱をズタズタに切り裂いた。


「いたぁあ! やめてぇ……お願い。助けて」

「大丈夫。お前は、今は殺さない」


 優しく耳元でそういって、ブチ。


「ひぎゃあああ!」


 耳を食いちぎる。

 咀嚼するさくらのイカれた表情を見ているとムカムカする。さくらは多分、野菜や果物を育てられたいタイプでしょうね。食べ頃まで待てずに微妙に味が落ちるそれを食べるのだろう。


「うまっ! うめぇええええ! ふぉおおおお!」


 少女の耳を捕食して一人で喜び再び下半身を濡らすさくら、カロンはもう意識が殆どなさそうだ。

 眠たそうにしている。


「カロン先輩、まだ生きてるかしら?」


 こくんと頷くカロン。どうせこのままだと私達も全滅。私は生簀に向かって飛び込んだ。

 ドボーン! その瞬間、私の近くに別の何かが投げ入れられる。

 それは中等部の生徒の死体。

 今、この水の中はカロンの体液によってカンディル達は弱っている。私もあまり長くこの液体には浸からない方がいいのだろうが、動く私より、動かない中等部の死体に向かって魚群が動いた。


「いたっ!」


 一匹、二匹、噛みついてきた。傷口から入ってくる。私はわずか二分程の三途の川のような生簀を泳ぎ切ると梯子を上る。計6匹のカンディルが私の足の中に食い破ろうとしている。私は自分の服を破り、それを噛むと、リコーダー入れの中にしまってあるやすりでカンディルごと私の肉を削り落とした。

 くぅうううう……やばい。これ熱出るでしょうね。

 でも、助かった。私は見つけたのだ。

 この生簀の水を抜けるバルブを……回そうとするが、硬い。


「さ、さくら! バルブ硬すぎて回らないわ!」


 さくらは私の話を聞いてしかたがないという顔をすると、足の腱を切った少女と共に生簀にドボンと飛び降りる。足がうまく動かせない少女は傷みに苦しみながら溺れる。さくらは自分の身体がカンディルに捕食され始めているのに、またしても絶頂を迎えるような顔をして梯子までやってきた。

 そして自分の出刃包丁でカンディルをそぎ落としていく。痛みに対してまで感じているさくら。マゾヒストは極めるとサドヒズムに変わるのかしら?


「いやぁ、すげぇ目にあったな? 小鳥ちゃああん!」

「そうね。このバルブまわすの手伝って頂戴」

「は? バス乗って帰って皮膚の手術でしょうが?」

「手術?」

「なんだ知らねぇの? 死なずに怪我して戻ったらしばらく病院で手術だぜ。完全な状態にできるかぎり修理してくれるんだ」

「……修理って……ならなおさら手伝いなさい。カロンを助けるわよ」

「は? なんで?」


 さくらにも分かる言葉で私はそれを伝えた。


「あんな人間薬物兵器、ここで失うのは勿体無いでしょ?」


 ジョワ!

 再びさくらの下半身が濡れる。メスの臭いをプンプンさせながら、笑顔で頷いた。


「そうだな! あんな身体のぱいせんあいつだけだもんな? あれを遣えば面白いなぁ! 俺と小鳥ちゃん、親友になれそうだな? な?」

「誰がアンタなんか変態と親友になるものですか」


 私がそう言うと、さくらは怒るわけでも楽しそうにするわけでもなく不可解な表情を私にしてみせる。それが妙に癪に障るので私は問う。


「何よ?」

「小鳥ちゃんは、いつから自分が変態じゃないと思っていたんだ?」


 は? 私が変態なわけ……


「馬鹿な事いってないで、水抜いたらカロン先輩の止血と、何か気つけさせて運ぶのよ!」

「唐辛子でも飲ませるか?」


 さくらが、そう言って鷹の爪を見せるので、まさに気つけ薬を持っているさくらに関心するも一応聞いてみる。


「それ、何に使うのかしら?」

「そんなもん、下の穴に包丁ぶっさして、そこに粉状にしたこれいれるためじゃんよ?」


 でしょうね。一応それは薬味なのだわ。

 私とさくらはカロンを運ぶと、鷹の爪を飲ませる。目を開けて少し辛そうにするカロン。


「先輩、吐きたくても我慢なさい。今、貴女確実に死に体だから、じっとして、バスまで運んであげるから、あとは病院で生きられるか祈ってなさい」


 カロンは何があったのかある程度理解すると、涙を流した。


「ありがとう」


 本当に馬鹿な子。私は貴女を道具以上でも以下にも思ってないし、貴女がお礼を言ったもう一人はなんならこの水族館で一番殺しをやってのけた人物だというのに……バスに揺られ、眠くなる。

 さくらですらイビキをかいているのだ。ガスが充満するよりもはやく、寝よう。

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