第2話 人狼
――ねえねえ、こんな話知ってる?月夜に現れる人狼の話――。
「……はい?人狼?」
突拍子の無い話題の切り出し方に、思わず彼――大神勇吾の皿洗いの手が止まる。
まだ残暑厳しい秋口、昼下がりの午後の住宅街。その外れにある喫茶店「くろねこ」にて、そんな会話がなされていた。
「そうそう、人狼。知ってる?」
勇吾の目の前で軽く首を傾げながら訊ねてくるのは彼のバイトの先輩――山尾日奈子。黒縁メガネと肩まで伸ばしたクセっ毛のある髪が特徴の女子大生で、勇吾よりも歳と勤続年数は一つ上だ。
2人は「くろねこ」の厨房でそれぞれ皿洗いと皿拭きをこなしながら雑談に勤しんでいたのだが…唐突なオカルト話に、興味よりも先に困惑の感情が湧く。
「人狼ってゲームの?」
「ああ、そうだね。最近だとそっちの方が有名かな。でも私が言ってるのは伝承としての人狼だよ」
日奈子は苦笑しながら話を続ける。カチャカチャと片づけられる皿の音のみが響き、明るい西日が差し込む厨房の中ではおおよそ不釣り合いな内容だろう。
「要は狼男ですよね?そりゃ知ってますけど…。」
「人狼」。そう聞いても勇吾の頭の中に浮かぶのは、狼の頭をした毛むくじゃらの典型的な狼男だ。そんなおとぎ話の怪物の話を突然されても反応に困るだろう。
「でもなんでいきなり狼男なんです?」
「それがね、最近流行ってるらしいんだよね。その狼男の都市伝説が」
「…はい?」
狼男。流行り。
二つの単語が中々脳内で繋がらず、脳内には疑問符が浮かぶばかりだ。
「この令和の時代に?狼男が?」
「ふふ、確かに。怪談どころか童話のお話だもんね」
クスクスと笑いながら拭き終わった皿を仕舞う日奈子。そしてこちらに向き直り、人差し指を立てて訳を話し始める。
「ついこの前、隣の県で連続通り魔事件があったでしょ?」
「あ、それなら知ってます。ニュースでやってるのを見ましたよ」
女性2人が犠牲となった殺人事件。最初の女性が殺されたのが二か月前、そしてその約一か月後に再び一人の女性が殺された。
どちらも夜道で襲われて残忍な殺され方をしたということで、多くのワイドショーがこぞって取り上げ、テレビは連日大騒ぎだった。
「確かまだ犯人捕まってないんですよね?妹の学校からも注意喚起の連絡が来ましたよ」
「そうそう。実はその事件が狼男によるものではないか、とまことしやかに語られているんだよ」
「はあ?」
思わず唖然としてしまう。
未解決事件や詳細の不確かな事件に尾ひれがつき、陰謀論や都市伝説と化すのはいつものことだが…しかし、いくらなんでもオカルトな方向に飛躍しすぎではないだろうか?
「殺された時間は深夜。そしてその日はちょうど満月だった」
「いや、だからって…」
不謹慎ですよ、と続けようとした勇吾を遮るように、ずいっと身を乗り出す日奈子。思わず身を逸らす勇吾に、日奈子は下からのぞき込むようにして言う。
「そしてもう一つ。これはあくまで噂なんだけどね?」
まるで怪談を語るかのように。彼女は低い声で囁いてくる。
「殺された女性の遺体は大部分が損失していて――その断面はまるで獣に食いちぎられているような痕だった。…つまり、遺体は食べられていたんだって」
「……」
今度こそ絶句した。彼女の口から語られる内容は、この平和な日本からはおおよそかけ離れた世界の話に聞こえる。
とても信じられるような噂ではない。そんな行為が、自分たちの生活のすぐそばで行われていたなんて――。
「ま。噂は噂だよ」
勇吾が衝撃を受けていることに気を使ったのか、急にいつも通りの砕けた態度に戻る日奈子。彼女は手をひらひらと振りながら、安心させるように軽い口調で笑った。
「何が言いたいかっていうと、夜道には気をつけなさいってこと。この後も夜間のバイトあるんでしょ?」
「ええ、まあ…。ファミレスのバイトが…」
「じゃあなおさらね。帰りは深夜になるんでしょ?」
カランカラン、とその時、客の入店を知らせるドアベルが鳴った。
日奈子は「いらっしゃいませー」と来客に返事をすると、手早くお盆におしぼりを用意して、接客のために厨房から出て行った。
去り際に、不吉な一言を残して。
「前回の事件からもうすぐ一か月。そろそろ満月でしょ?」
バタン、と。厨房の扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
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