月下ゴーストストーリーズ

柿炭酸

第1話 月下

 グチャリ、グチャリと。肉を喰む音がする。

 牙を突き立て、血を啜り、溺れそうになりながら熱い息を吐く。

 高く上る月の下に黒い獣が一匹、血に塗れた晩餐を繰り広げる。


 ――おいしい、おいしい。


 皮を引き裂く音も、骨を砕く感触もどこか遠く。反対に周りの虫の音がひどく耳障りだった。

 千切った肉片を舌の上で転がしながら、むせ返るような血の芳香に酔ったように目を細める。


 ――おいしい、おいしい。


 咀嚼する肉の味は素晴らしいほどに美味。血の塩気と脂の甘味とが口の中で複雑に混ざり合い、甘露の濁流となって胃に落ちる。

 その快感に身を震わせながら、獣は組み敷いた獲物に、もっと、もっと、と言うように牙を立て、喰らい続ける。


 ――赤く、赤く視界を染めながら。

 ――黒く、黒く欲望を滾らせる。


 ――おいしい、おいしい。


 ふと、喜悦に釣り上げた口の端に、熱い水滴が一筋流れていることに気づく。

 その水滴の正体に、獣は首をかしげて不思議に思う。


 ――こんなにおいしいのに。なみだがながれているのはどうしてだろう。


 そこで初めて眼下の獲物に目を向ける。

 はて、この獲物は誰なのだろう。獣は牙を再び突き立てながら思う。

 

 ――どうしてこのひとをたべているのだろう。

 

 泣きながら獣は喰らい続ける。

 

 ――黒く、黒く輝きが褪せていく視界。

 ――赤く、赤く張り裂けていく心。

 

 きっと、きっとこの人は――。


 ――わたしの、たいせつなひとだったのに――。


 


 




 

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