第9話 本会議

 翌朝のテレビでは、南山議員の襲撃事件の報道がされておった。


 どのテレビも原因は死刑にサインをしたことへの抗議だと決めつけておった。


「なんで拳四郎さんが助けに入ったことは報道しないんでしょうか」


「はははは、そういうところでは目立たなくていいんだよ」


 そう、目立たなくていいのだ。


 これに関しては目立ってはいかんのじゃ!


 吊り橋効果!


 危険な状況で出会ってしまった人を好きになってしまうというあれじゃ!


 偶然とはいえ、ピンチに颯爽と現れたワシは彼女にとって救世主以外の何でもないじゃろう。おそらく昨晩はワシに感謝しまくって眠れんかったはずじゃ。そしてその感謝はいつしか「好き」という感情にすり替わってゆく。


 そして……そして二人は惹かれあい、禁断の恋へと進んでいくのじゃ!


 むふふふふ、そんなの知られるわけにはいかんからのう。


「というか、襲撃事件だけ報道してその他の詳しいことは何も伝えてません。メディアもよくわかってないまま報道してるんじゃないでしょうか」


「む?」


「普通こういう場合、現地リポートとか防犯カメラの映像とか出るはずですが全くありません。キャスターが事件があったということと南山議員のこれまでを延々話して時間潰しをしているだけです」


「昨夜のことだから、間に合ってないのではないか?」


「まさか、事件があって一時間もあれば現地に向かうことなんてできますよ。多分これ、報道することがあらかじめ決められていたと考えるのが妥当です」


「つまり、事件があったから報道してるんじゃなく、事件を起こすから報道の枠を取っておけとマスコミに指示があったということか?」


「でないと、こんなグダグダの内容になるはずはないでしょう」


 結果として大した事件にならんかったから、時間枠が余っておるのか。


 ということは、どれだけひどいことをしようと企んでおったんじゃ?


 この事件について、昼にはプロトンちゃんへのマスコミ取材が終わり、手首に包帯が巻かれているだけの様子に国民は安堵したのじゃ。


 この時もプロトンちゃんはワシの名前を出すことなく、「襲われそうになったときに通りがかりの人がいて、犯人は逃げ出した」と言ってくれた。


 いいぞ、いいぞ。


 これで二人の接点は決して知られることはないのじゃ。




 そして、本会議当日。


 橘真田総理は赤山議員らに対して「検討する」と言ったものの、結局『多様性理解促進法案』を本会議で投票することになったのじゃ。


 まあ、こんなもんは誰でも予想がつくというものじゃ。


 さて、本会議とは衆議院、参議院両院の議員が集まって法案の可否を採択するというものじゃ。


 じゃから今日は、衆議院議員も参議院議員も国会に集まっておる。


「あら、小室積先生」


「南山先生」


 今日は幸先がいいのじゃ。いきなりプロトンちゃんに会えたぞい。


 しかし「小室積先生」とはちょっと距離感を覚える呼び方なのじゃ。「拳四郎さん」とか「けんちゃん」とか呼んでくれてもいいのに。


「先日はありがとうございました。本当に、なんとお礼を言っていいか」


「まあ、偶然通りがかっただけです」


 ここは爽やかに、恩を売るようなそぶりは厳禁じゃ。何より彼女にとってつらい思い出なんじゃから、事件自体には触れん方がよかろう。ちょっとだけ話題をそらすのじゃ。


「しかし、五〇人で総理に掛け合いに行くなんて、私も一緒に呼んでくださればよかったのに。私だって同じように思っていたのですから」


 一緒に仲良く仕事をしましょうアピールなのじゃ。


「ダメですよ、小室積先生を呼ぶわけにはいきません」


 え、なんで? 仲良くしたいのに。


「ど、どうしてですか?」


「先生は将来を嘱望された二世議員。私たちは端役の国会議員。もし一緒に行動されていたなら、先生の経歴に傷がつくことになったかもしれません」


「そんな、端役なんて。先生は大臣もされておられるではありませんか」


「私はマスコットとして宣伝活動をするために大臣職を与えられたようなものです。でもあなたはこれからの日本を背負ってゆく立場の方です」


「そんな、二世だからって……」


「いいえ、そんなものですよ。どれだけ能力があっても、政治家としての知名度がないと日本を背負う立場にまではなれません。あなたはその家柄という個人を超えた才能をお持ちの方なんです」


 う、これは褒められてるのではないな。だけどまあ、二世議員というのはどうしようもない事実じゃから受け入れるしかないが。


「だから、権力にもの申すなんて汚れ役割は私たちのような小物議員でやらなければならないのです」


 ……あれ? なんかすごく距離を感じる。禁断の恋は?


「もうここまで来てしまったなら、法案には賛成するしかありません。小室積先生もかっこつけて反対票なんか入れたらダメですよ。まだこの法がいいか悪いかなんてちっともわからないんですから」


「そ、そうですね……」


 ……ダメじゃ、距離感半端ない。


 うう、当たり前なのじゃ。夫と子供がおる人妻と禁断の恋なんてできるはずないのじゃ。


「先日のことについては、またお礼させていただきますね」


「は、はい……」


 そう言ってプロトンちゃんは議事堂内に入っていった。


「どうしたんです、拳四郎さん。いいことしか言われてないのに落ち込んじゃって」


 どうやら中竹に気づかれるくらい露骨に落ち込んでしまったようじゃ。


「いや、何でもない……」


「しかし、南山先生は拳四郎さんのことをしっかり守ってくださったんですよ」


「彼女がワシを?」


「ええ。南山先生を襲ったのが今回の法案に逆らうような行動を取った人たちへの総理からの見せしめだった場合」


「み、見せしめ?」


「彼女はマスコット的立場ですから、いい見せしめになるわけです。もしそうだった場合、拳四郎さんが助けたことが知れれば、仮にそれが偶然だったとしても総理に目をつけられてしまうわけです。南山先生はその辺りを配慮しながら事件への取材に対応しておられました」


「そ、そうなのか」


「芸能界は魑魅魍魎の世界ですから。そんな中で生き抜いてこられた方はその場で何を話すべきなのか考えているんですよ」


「そうか、助けたつもりでいたが、しっかり守ってもらっていたんだな」


 は! つまりそれは……愛?


 プロトンちゃんの愛によって、ワシは守られたということ!?


 ああ、やっぱり大好き!


 今度お礼してもらうときにはワシの方からたっぷりお礼させてもらうのじゃ!


 うししししし。




 ――――――


 南山陽子は議事堂に入った後、先日総理を説得しにいった仲間の女性議員たち三人とトイレで内輪の話をしていた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません」


「いいのよ。テレビを見て驚いたけど、本当にちょっとのけがで済んでよかったわ」


「なのに、朝のニュースでは異常なまでに尺をとって大げさに報道してたでしょ。私、本当に南山先生がひどい目に遭わされたんじゃないかって、すごく心配しました」


「でも、衝撃はやはり大きかったようです。他の仲間たちもずいぶんと意気消沈して、諦めて賛成票を投じる流れになってしまいましたし」


「それでも赤山先生なんかは「許さん!」って、今日はもう来ないらしいわ」


「棄権ですか……」


「総理のやり方に抗議するとしたら、もうそれくらいしかないでしょうね」


 そんな仲間たちの会話の中、南山はきゅっと唇を結んでから発言した。


「……私は、反対票を投じようと思います」


「反対票を?」


「はい、私が投じたところで法案は可決されるでしょうが、やはり党内から造反者が出たとなると総理のやり方に疑義を呈することができると思うんです」


「そうだけど……」


「そうね、私も仕方ないから賛成するつもりだったけど、そういう意思の示し方もあるかも知れないわね」


「そうね、私もそうするわ」


「……あ」


 人影が現れたので、会話を中断する。


「え?」


 現れた人物はにやりと笑ってこう言った。


「へえ、秘密の話だったかも知れませんが全部聞こえちゃいましたよ」


「野川先生!?」


 現れたのはなんと野川洋太郎だった。


「総理への造反行為。これは党内懲罰ものですな」


「ちょっと、ここは女子トイレですよ!」


「はははは! 私は実は心は女性なのですよ。だから女子トイレを使ってもかまわない」


「まだその法案も通ってないのに……」


「うるせぇ!」


 野川は一人の女性議員の顔面に渾身の拳をめり込ませた。


「ぎゃああああ!」


「なんてことを! 女性に対して!」


「はあ? 暴力は男に対してはよくて、女に対してはいけないってのか? 男だろうが女だろうが年寄りだろうが子供だろうがボコボコに殴っていいのが真の平等だろうが、この差別主義者どもが!」


 そう言って別の女性議員を蹴り上げる。


「やめてください! 大声を出しますよ!」


 南山は必死の形相で傷つけられた二人をかばう位置取りをした。


「くくっ」


 それに対して野川は嘲笑うのみだった。


 つまりそれは、この女子トイレには誰も近づけないようにしてあるということだ。


「テロをするなら、誰かを狙うより無差別に起こした方が平等だ! 爆撃するなら、どこかを狙うより無差別に爆弾を落とした方が平等だ! それをどいつもこいつもどいつもこいつも、正義ぶって差別した方が正しいなんて言いやがる。頭おかしいんじゃないか?」


 そう言って南山の胸ぐらをつかむ。


「じゃあ、こうして私たちを狙って攻撃するのは差別なんじゃないですか?」


「屁理屈が好きだねぇ、このババア」


 その時、南山は見た。


 野川の首筋を。


 一部べろりと皮がめくれているのに血すら流れていない。というか人工物のような不自然さがある。


「おやおや、気づかれちゃったか。まあいいや」


 野川は胸ぐらをつかんでいるのとは反対の腕でそのめくれた部分に指をつっこむ。


 べりべりべりべり!


 野川の顔の下から別の顔が現れる。


 なんと、この男は野川のゴムマスクをかぶった偽物だったのだ!


「だ、誰ですか、あなたは!」


 ――――――



「およ、なんだか不穏な気配なのじゃ」


 ワシはなにやら怪しげな気配を感じた。


 じゃが、よくわからんかった。


 なにしろ、ここには邪悪な気配がうようよしとってこんなことはしょっちゅうなのじゃ。


 まあ、ここは国の中枢ともいえる国会議事堂じゃ。


 まさかおかしな事件など起こったりすまいて。




 その後、本会議では『多様性理解促進法案』について投票が行われ、保守系野党の反対二票と棄権三人以外全員賛成という形で採択されることになったのじゃ。


 テレビでは早速このことが報じられ、一部の番組では万歳三唱まで行われとった。


 ネットでは保守系の論客が「日本終わった」などと批判し、それに対して「お前らは差別主義者だ」とまた批判が行われる有様であった。


 どうなんかいのう、ワシもようわからんのじゃ。


「ふー、今日も仕事したなぁ。疲れた、疲れた」


 ムスカはいかにも全力で仕事に打ち込んだような、爽やかな疲労感を演出しておった。


 お前は票を入れただけじゃろが。


 と、心の中でツッコミを入れたのじゃが、奴の仕事はこれしかないので、彼なりの仕事を全うしたといえばその通りじゃ。


 おや、プロトンちゃんがマスコミどもに囲まれておるぞ。まあ、無難にかわして終わるんじゃろうが、愛する人の発言はやはり興味があるのじゃ。


「南山議員、今回の法律成立について一言お願いします」


「とても素晴らしい法が、世界に先駆けこの日本で成立したことを喜ばしく思います」


「しかし、南山議員はこの法案に対しては否定的だったと聞いておりますが」


「はあ? 何をおっしゃっているんですか。私はこの日を心待ちにしておりました。世界には差別主義者どもが跋扈しており、そのような輩が平気な顔をして生きていると思うと、焼き尽くしてしまいたいという衝動に駆られるほどでした。差別主義者どもを殲滅するためのほんの小さな第一歩がようやく進められたのです。私はこれから、平等な世の中を実現すべく日々邁進して参ります」


 ええ? プロトンちゃんがそんな過激な発言を?


 ワシもそうじゃが、マスコミどもも全員ドン引きしておった。


 かなりやばい発言だったにもかかわらず、テレビのキャスターたちがこぞって賞賛したことで、ネット上で小さく炎上するにとどまった。




 数日後、ワシはまた国会でプロトンちゃんに会うことができた。


「南山先生、おはようございます!」


「おはようございます」


 プロトンちゃんは挨拶だけ返して、そのまま通り過ぎて行ってしまったのじゃ。


 あれ、なんで?


 その塩対応、超さみしいのじゃ。


 じゃが、すれ違いざまワシは見た。


 ――プロトンちゃんの耳の穴が、なぜか塞がってしまっておるのを。

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転生したら国会議員だったので、ハニートラップにかかってみたい! 池面36/2 @perfecthandsome

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