第7話 矛盾のある法律
というわけで、国会議員の仕事をしながらちょっと時間ができたらワシは魔物をやっつけてレベルアップに励んだのじゃ。
おかげでレベル9まで成長し、呪文も三つまで覚えた。
『トヘロス』
『レミーラ』
『シャナク』
なぜか覚えた呪文はドラクエと同じじゃった。
しかもこれまでに覚えたのは全部、攻撃呪文でも回復呪文でもなく、戦闘以外で使う呪文ばかりじゃ。どうせなら『ルーラ』とか『リレミト』が覚えられた方が便利なのじゃが。
しかし、魔物と戦うようになってから、ある能力が身についた。
見えるわけではないが、通常の生活をしていても魔物の気配を感じることができるようになったのじゃ。そして実際に魂を切り離してみると、魔物の気配が強いところは尋常じゃないほどにうじゃうじゃ湧いておる。
神社なんか神聖な場所と思われがちじゃが、やはり神頼みをしたい人が多いせいかなかなか魔物が多い。とはいえやはり神社なだけあって、ちょうど大きな鈴のある辺りで掃除機のように自動的に魔物が吸い込まれて消えてゆく。それでも間に合わんくらいに魔物が集まってくる。
その他にも魔物が多い場所、少ない場所というのがあり、例えば車の多い道路とか、スポーツジム、銭湯・温泉なんかは魔物が少ない。
逆に人通りの多い道路とか駅とかは魔物が多い。あと、ブラック企業だと言われる社屋はやはり多く、一時期話題になったコンビニもなかなかのものじゃ。病院とか学校とかは一概に言えず、多いところも少ないところもまちまちじゃ。
この分析が正しいかどうかはわからんが、とても簡単に分類すると「いじめ」が多いところに魔物が多いような気がする。ネチネチとした粘着質な人間は魔物を呼び寄せやすいようじゃ。そして、そういったストレスを持った人間が集まらざるをえん駅とかも魔物が集まってしまうようじゃ。
そして凄まじく魔物が多いのが、日本の各省庁が集まる霞ヶ関じゃ。ここは魔物が集まりすぎて巨大化し、まるで魔王のような邪悪な存在が何体もうろうろしておるのじゃ。とりあえず今のワシではあの魔物はやっつけられそうにない。
同様に国会議事堂もやばい。ぶっちゃけ、よくもこれまで平気で出入りできたものだと青ざめるレベルじゃ。
民自党本部。
今日は来週に控えた本会議に向けて党での結束を高める党集会なのじゃ。
「てめえら、わかってんだろうなぁ!」
目の血走った橘真田総理が暴走族の団長みたいな勢いで絶叫した。
ワシら他の下々の議員はなぜか椅子の上で正座させられることになった。
「来週の本会議、『多様性理解促進法案』の採決で裏切った奴はマジで絞めるからなぁ!」
「しかし、橘真田先生。あの法案はまったく議論が熟しておらず……」
バシン!
橘真田総理の後ろで激しく床を竹刀でたたきつける音が響く。
「おいおい、てめえらビビってんじゃねぇぞ。腹くくれって言ってんだよ。これはガチの勝負なんだからよ!」
そう言ったのは民自党幹事長、モテ
「しかし……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ! しばきまわすぞ、コラ!」
なんじゃこれは。
マジで暴走族の集会じゃ。
「いいか、この件については党議拘束をかけることを正式に通達する。政治家として死にたくなかったら、採決では絶対に賛成に票を入れろ! わかったか!」
「は、はい……」
「はい、じゃねえ! シェイシェイだ!」
「シ……シェイシェイ……」
「声が小せぇ!!」
「シェイシェイ!!」
「おい! ここは全体で返事しねぇといけねぇところだろが! 全体返事!!」
「「「「「「「シェイシェイ!!」」」」」」
おいおい、これって政治家の集まりじゃないんかいの?
何よりすごいのは橘真田総理の背後から怒濤のごとく魔物が次々と湧き上がっていたことじゃった。
実際に暴力沙汰にはならんかったが、党集会は狂気に満ちあふれて終わった。
「『多様性理解促進法案』ですか? ああ、あれは論外ですよ」
「そうなのか?」
法案の是非について判断がつかんかったワシは、秘書の中竹に相談した。
「すごく単純にあの法案はダメです」
「なぜだ?」
「法的に矛盾を抱えた法案だからです」
「矛盾?」
「そうですよ。この法案の主眼は、人々の考え方の多様性を受け入れるようにしましょうという法案です」
「そうだな」
「だから、『多様性を受け入れたくない』という人の考えも受け入れなければならないんです。だけど、実際にはそういう考えの人は否定する、あるいは弾圧するというのがこの法案の趣旨です。矛盾しています」
「なんで多様性を受け入れましょうと言っているのに、多様性を受け入れたくないという考えも認めんといかんのだ?」
「だって、それも多様性のひとつでしょ?」
「……まあ、確かに」
「啓発で終わるなら問題はないんですよ。だけど、法律にするということはそこに罰則を設けるか、あるいは資金的な援助をするという具体的な措置が発生することになります。今回の法案自体はそれらの措置について明確なことは書かれていませんが、改正する段階でより明確化するはずです」
一応ワシも国会議員として法案のレクチャーは受けたが、そのように理解することはできんかったな。
「ちなみに、こういった多様性に関する法案が通った場合、世界で初めて日本が成立したということになります。つまり、多様性に関する議論が活発な海外より先んじて成立するということです」
「それはいいことじゃないのか?」
「いいえ。矛盾があるから法理論として成立させられないというのがまともな考え方なんです。日本は矛盾のある法案を平気で通そうとしています。狂っているとしか言えません」
おいおい、マジかよ。
「ちなみに、身体が男性だけど心が女性の方が、女性用トイレを勤務先が使わせてくれないのはおかしいということで勤務先を提訴したという事案がありました」
「おお、あれは最高裁までもつれて勤務先が敗訴したんだったな。問題点は多くあるが画期的な判断だった」
「あの報道、嘘ですよ」
「は?」
「最高裁は、世間での議論が熟してないから判断ができないと結論づけたんです。つまり、どっちも悪いとは言えない、あるいはどっちも負けということになりました。だけどマスコミはこぞって勤務先の敗訴と報じました。明らかな嘘を大手メディアすべてが報じたんです」
「なんだと?」
「記事の傾向もほぼ同じでしたし、ここまでとなるとおそらくマスコミ各社の判断というより、強い圧力によってそのように報道させられたと考えるのが妥当でしょう。この件に関しては、常軌を逸しているとしか思えないほどダメダメです」
「なんで、こんな無茶な法案を通したがってるんだ?」
「それはわかりません。ただ、流れからしても独裁的支配をしたいという傾向が強くうかがわれます。欧米でも民主主義を装った独裁がかなり広まっています。僕は橘真田総理の
「は? なんだそれは?」
「今、世界中で選挙不正が行われ、選挙という民主的な結果を改ざんすることによって独裁的な政治家ばかりが選出されています。カナダのヤッタルドー首相なんか民主主義で選ばれたのに独裁主義を公然と崇拝しているくらいです」
マジ? 世の中どうなってんの?
「ひとつの可能性として、優生思想の社会をつくろうとしているのかもしれません」
「なんだそれは?」
「遺伝的に劣る人や民族を合法的に抹消し、遺伝的に優れた人ばかりの社会をつくろうという思想です」
「それは差別じゃないか。多様性を受け入れようという考えの真逆じゃないか」
「そうですよ。でも考えてみてください、無理筋を承知で多様性を受け入れることを法的に監視する社会にしようとしているんです。当然、反発はありますし矛盾が露呈して破綻することも十分考えられます。だから次の社会の流れとして、多様性を受け入れるのは不可能、差別を肯定する思想が強まってくるかもしれません」
「せっかく社会は差別をなくそうとしてるのに、それでは退化じゃないか」
「強い社会的圧力は、社会を真反対にまで揺り動かします。現時点では絶対にあり得そうもなくとも、未来の可能性としては普通にあり得ます。歴史を振り返れば人類がどれだけ愚かだったか簡単にわかるじゃないですか」
「確かに……」
「優生思想は別にして、新機軸の差別が生まれるのは間違いないでしょう。僕は差別なんてしたいと思いませんし、日本人の百人中九九人、いや一万人中九九九九人は同じように思っているでしょう。だけど、他よりかわいくなりたい、他よりいい仕事をしたい、他よりもいい成績をとりたい、他よりもお金もちになりたい、そういった『平等』に反する願望は誰もがもっています。重箱の隅をつつけばこの世の中には差別はいくらでも出てきます。ある差別を無理やりに潰したとしても、その次は新しい差別が生まれるだけです」
いたちごっこなのじゃ。
「そして誰も差別はしたくないし、差別主義者などとレッテルを貼られたくない。だから批判に対しては沈黙するしかなくなります。黙って従うしかなくなります。こうして独裁社会ができあがっていくわけです」
もちろんこれは中竹個人の考えであって、それを鵜呑みにするのは頭の悪いことじゃ。じゃが、自分個人の考えを殺して党議拘束に従うことの方がもっと頭の悪いことなんじゃなかろうか。
「……そうか、だったら私はやはり党議拘束に反してでも、反対票を投じるべきなのだろうな……」
「は? 何を言ってるんですか。党議拘束には従ってください」
「え、いいの?」
「いいとかいけないとかは僕の決めることではありません。僕の立場としては従ってくれないと困るということです」
「なんで?」
「当たり前じゃないですか。僕は拳四郎さんが将来総理になると信じてるからこそ秘書についてるんですよ。党議拘束に反したら党内懲罰を受けて総理の芽はなくなります」
「そうなの?」
「党議拘束はそれだけ重いんです。ずーっと干されて、何十年も我慢して先輩の議員がいなくなったとしても、干され続けた人は絶対に花道に上がれません」
「ははははは……」
「ついでだから言っときましょう。政治とは判断です。判断とは一方を是として、他方は非とするということです。つまり、これは差別です。三段論法によって、政治とは差別だという論理が成立します。言い換えれば、政治権力とは差別をする権限が与えられているということになります」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「いいえ。政治家の仕事は税金の使い道を決めることです。ある町で、税金で川に橋を架けたとします。それによって多くの人々にとってとても便利になりました。だけど、同じ町にいながらその橋を使用する圏内に住んでない人にとって全く得はありません。同じ税金を払ってるのに、これって不公平ですよね。つまり、差別なんです。ほとんどの人はよかったと思っても、差別なんです。差別がダメなら税金なんてなくせばいいけど、税金がなくなれば橋をつくるなんて大規模な公共事業は難しくなる。生活は絶対によくはならない。つまり三段論法によって、差別によって生活がよくなっていくということもできてしまうんです」
「いやいやいやいや、それはまずいって。理屈はわかるけど、最後は納得できない」
「ええ、僕もこういうオフレコの場だからこうやって口にできるんです。今のをテレビで言えば、最後だけを切り取られて大炎上するでしょうね。だから世間ではその差別を『区別』とか比較的マイルドに聞こえる言葉に置き換えて誤魔化しているんです。本質的には何も変わらないのに」
「しかしだな……」
「拳四郎さん。あなたは差別をして生きていきたいですか?」
「そんなわけないだろ!」
「でも、政治の基本は差別です。国会議員である限り、他国の利益より日本の利益を考えなければなりません。外国人より日本人を優遇しなければなりません。国内の課題も、あなたを選出してくれた地元を優先して解決しなければなりません。そしてあなたに家族ができたとき、家族よりも国民を優先しなければならないときだってあり得ます」
「わかっとるわい!」
くっ、若造に言われて、ついじじい語で返してしまったのじゃ。
しかし、中竹の言うことは当たり前すぎるのに、ワシが八〇年ほどの人生の中できちんと考えてこなかったことなのじゃ。
「誰にとっても平等な、公平な政治なんて不可能です。じゃあ、それにかまけて平気で差別をしまくる政治家になりますか? 賄賂をくれた相手に見返りとして便宜を図るような政治家になりたいですか?」
「それは嫌じゃ!」
「だからこそです。あなたの人間性が最も重要になるのです!」
「人間性?」
「公平な政治は不可能でも、誰にとっても正しいと思える、公正な政治は可能です。不公平を補って余りある公正な説得力があれば国民はついてくるんです。その公正さは、あなたという人間に対する信頼からもたらされるのです。僕はあなたにそういう政治家になってほしい、拳四郎さん!」
力強くそう言うと、中竹はがっしとワシの肩に手を置いた。
「そして、素晴らしい総理大臣になってください!」
その真摯な眼差しにワシは、胸を打たれた。
そしてその日の夜、事件は起こった。
※作者注:本作の『多様性理解促進法案』とよく似た感じの法律が先日施行されましたが、似て非なるものなのでご注意ください。本作では『多様性』を主眼として中竹が矛盾を指摘していましたが、あちらの法律でこの論法は成り立たないと考えられます。現実の法案の批判ではなく、議論をほとんどしないうちに強行採決したことに対して疑問を呈していると理解していただければ幸いです。
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