第6話 チート能力に目覚めたい!
朝、ワシは一応ニュースを見ておる。
周知のように、広告費が入りにくくなったテレビ局や新聞社にはもはや取材をするだけの十分な資金がないため、その情報の確度は下がっており信用に値するものはなかなかないのじゃが、かといって全くの嘘でもないから、一応の情報源として見ることにしておる。
「南山法務大臣が、死刑囚六名の死刑執行にサインしました」
うう、プロトンちゃんの話題でも、さすがに死刑執行のネタは悲しいのう。
そもそもこれまでの法務大臣も同じことしとるはずなのに、なんでプロトンちゃんの場合だけ報道するんじゃ。
まさかネガキャンでもしとるんではなかろうな。
そう思うとテレビ局に怒りが湧いてくるが、あんなキラキラしとったアイドルが大臣にでもなればその仕事っぷりは誰もが気にするものじゃろう。
ちょっと納得いかんが、むしろここはプロトンちゃんの仕事への誠実さに敬意を示すべきなのじゃろう。
南山陽子に会ってウハウハのワシじゃったが、ちょっと冷静になってみるとめっちゃやばいことに気づいた。
彼女が子持ちの人妻なのはもちろんじゃが、よくよく考えればワシの肉体は二十七歳なのじゃ。彼女とはダブルスコアなのじゃ。
魂のワシにとっては超ドストライクでも、世間的にはBBA専とも受け取られかねん。
恋愛に年齢なんて関係ないとか言うが、国会議員としてきちんとやっていくにはさすがにネタにされやすい状況は避けねばなるまい。
こんなの中竹に相談するまでもなく、一般的にアウトなのじゃ。
まあ、この年齢になれば心のコントロールなどどうとでもなるのじゃ。好きにならんようにすることなど造作もないことじゃ。
「拳四郎さん、おはようございます」
あふぅ。
プロトンちゃんの爽やかな笑顔で挨拶されると胸がキュンキュンしてしまうのじゃ。
ああ、好き! 超好き!!
「おや、南山先生。少しお疲れですか?」
「あららら、いけませんね。ちょっと顔に出ちゃってたかしら」
「何かあったんですか?」
「えへへ、ちょっとエゴサ―チをしていたら、なかなか誹謗中傷が激しくてですね。少しへこんでいたんですよ」
「そんな、なんで誹謗中傷なんか」
ワシのプロトンちゃんを傷つける者はいかなる者であっても決して許しはしないのじゃ。
「今朝、死刑執行の報道があったでしょ。その報道があるたびにSNSではかなり叩かれるんです」
ワシはスマホで調べてみた。
『うわ。南山陽子、平気で死刑にしてる』
『ひでー』
『死刑囚はひどいことしてたんだから、死刑になっても仕方ない』
『なんでプロトンちゃんにこんな仕事させるんだ』
『橘真田総理が無能だから』
『死刑最悪』
『プロトンちゃんには殺されてもいい』
『それな』
『南山陽子、昔とイメージ変わった』
『冷酷すぎる』
『政治家になってくそBBAになった』
う……じゃが、ワシもあの報道で同じようなことを思った。かわいいプロトンちゃんが残酷な仕事をしとると思うと心が痛むのじゃ。
「ちょっときついですね」
「まあ、それが仕事ですから。周りの評価で精神的に動揺すると職務に悪影響を及ぼすので、あまりエゴサーチはしないようにしているのですが、今日はやはり気になってしまって」
「なんだか南山先生が法務大臣になってから死刑報道が増えましたよね。だからって、死刑の数自体は変わらないと思うのですが」
「まあ、橘真田首相が私を法務大臣に選んだ一つの理由は、死刑の是非について議論を高めるのが目的ですからね」
なるほど。いやでも注目される人を通じて法務大臣の仕事を露見させれば、自然にネット上でそういう議論は起ころうもんじゃ。
「首相の意向として法を世界基準に合わせていきたいというのがあるようなのです」
「ヨーロッパのたいていの国は死刑がなくなりましたからね」
「グローバルスタンダードといえば聞こえはいいかもしれませんが、民族的な考え方を他の民族に合わせるというのは本当に正しいのかどうかわからないんですよね」
「うーん、難しいですね……日本人には日本人の考え方がありますし」
「まあ、この是非の決断に関しては原則私の仕事ではありませんから、私が悩んでも仕方ないのですが」
ただ、広告塔のように使われるのはいい気分ではないじゃろうな。
何とかして助けてあげたいのじゃ。そして、かっこいいところを見てほしいのじゃ。
「……そうだ。世界基準といえば、今議題に上がっている『多様性理解促進法』の賛否について、党議拘束がかけられることになるかもしれないというのはご存知ですか?」
「え、そうなんですか?」
「人々の多様性を認め合える社会に向かっていくことは正しいと思うのですが、なぜそれを法律にして定めないといけないのかわからないんですよね」
「それは私も同感ですね」
『多様性理解促進法』とは、社会には多様な人がいて、これまでは社会の認識不足によって迫害されてきた、あるいは迫害とまでいかなくとも生きづらい立場に置かれてきた人たちをもっと理解してもらおうという法律じゃ。
そうなのじゃ。別にこれは啓発を続けてきたことで、かなり解決されてきたことではないか。ここであえて法律にする必要があるのかどうか、これはプロトンちゃんやワシに限らず多くの議員が謎に思っておったし、世間でも結構な批判がある。
欧米ではかつて人種差別が激しかったせいもあって、その反省も含めてその運動は激しいことはよく知られておる。
日本は原則単一民族じゃからこの辺りにあまり現実感がないが、性同一性とかで問題を抱える人に対する議論はかなり活発になったと言える。こういう人たちを救済するというのがこの法律の主眼じゃ。
「欧米の基準に合わせたいという意向は理解できなくもないですが、本当にそれは正しいことなのかは疑問ですね……」
「ただ党議拘束ともなれば、議決の際に反対票を投じれば党内懲罰が待っています。それだけの覚悟を迫っておきながら、議論はまったく熟していません。総理はこの国をどう導いていきたいのかよくわからないのです」
「う―ん、そうですね」
「あ……ごめんなさい。別にこれは本会議の時に反対票を投じてくださいとお願いしているわけではありませんし、私も党議拘束がかかるとなれば従うつもりです」
プロトンちゃんは、一息ためてから次の言葉を発した。
「ただ……私と同じように思っておられる方がいてくださったことに少しホッとしました」
そしてまぶしい笑顔を見せてくれた。
ルンルンルンルン♪
プロトンちゃんの美しすぎる笑顔を見せてもらったワシは、ウキウキしながら夕方の東京を歩き回っておった。
どうしようかのう、このまんま仲良くなって告白なんてされちゃったりとか、素敵な展開はあるんかのう。
いやいやいや、いかんのじゃ。プロトンちゃんは人妻。ワシは他人の家庭をぶっ壊すとかそんな悪趣味はないのじゃ。
ああ、だけど超かわいかったのじゃ。
ふとそんなとき、都会の片隅の神社を発見したのじゃ。
「お、ちょっと拝んどくかのう」
上機嫌なせいでお賽銭もついついはずんでしもうたわい。
がらんがらん。ぱんぱん、ぺこぺこ。
「プロトンちゃんとむふふな関係になれますように」
おっと、いかんいかん。そんなお願いしちゃいかんのじゃ。むふふふふ。
とてもきれいな神社で人も多く参拝しておるようじゃが、このタイミングではちょうど誰もおらんかったのじゃ。誰かに聞かれんでよかったのじゃ。
その時じゃった。
「なんじゃ?」
境内のほうからなぜか光が差してきたのじゃ。
『そなたは転生者だな?』
なんと、光がワシに語りかけてきたのじゃ。
『驚くのも無理はない。だが答えるのだ。そなたは転生者だな?』
やはり光が話しかけてくるとなると神々しさを感じずにはおれん。しかもここは神社なのじゃ。ワシは怪しまれんかもう一度周囲に誰もいないことを確認してから答えた。
「はい。その通りです」
『うむ、そなたに伝えることがある。そなたが転生した理由は、そなたがやらねばならぬ使命があるからだ』
「使命?」
『そうだ。そなたの元の肉体が死んだとき、神はそなたに使命を与えたのだ』
「それはどんな使命なのですか?」
『それはそなたが己の道を歩んでおれば自ずとわかることだ』
いやいや、教えてくれたっていいじゃんか。
『我はそなたに力を与える存在だ』
「力?」
『「ステータス」と叫ぶがよい』
「え?」
『「ステータス」と叫ぶのだ』
「いやいやいや、ちょっと待ってください。以前「ステータス」って叫んだことありますけど、何も起こりませんでしたよ」
『それはそうであろう。ステータス表示は神社仏閣のような神聖な場所でないとできぬのだから』
あ、そうなんだ。なんか面倒くさいのう。
『このシステムに参加しとる神社仏閣は日本全国三百四十八カ所あるのだ。便利だろう』
そうなの? よくわからん。とりあえず一つの都道府県に一つはあると思っとけばいいのかのう。って、結構不便な気がするのじゃが!
『ちなみにハワイ支店もある』
支店って、店かよ!
『まあそれは必要になったときにまた調べればよかろう。まずは「ステータス」と叫ぶのだ』
「ス……ステータス……」
『声が小さい!』
く! 超恥ずかしいのじゃ。
「ステータス!」
ワシはまたしても辺りに人がおらんことを確認してから叫んだ。
キュピーン!
何やらスタイリッシュな音とともに、青い蛍光色の枠が空中に広がった。そしてそこには何やらいろいろ数字が書いてあるではないか。どんだけチートなのか楽しみなのじゃ。
小室積 拳四郎(LV 1)
HP 36
MP 0
こうげきりょく 15
しゅびりょく 11
けいけんち 0
そうび 虎猿Dのスーツ,ロウキックスの腕時計,アルマーイの革靴,エアリズム
じゅもん なし
……ぐむむ。装備は最高じゃが、ステータスはしょぼいのじゃ。
『転生者よ、そなたには使命がある。その使命が明らかになるまでに経験値を積み、来たるべき時に備えレベルを上げておくのだ』
「おいおい、『じゅもん』ってあるが、呪文が使えるようになるんかいの?」
ワシはこのワードにテンションが上がった。
『あ? 誰に向かって口きいてんだ。締め上げるぞ、コラ』
うお、いきなりヤンキーになったのじゃ。まあ、この年になるとそんなことでびびったりはせんが、表面的には謝っておいた方が良さそうじゃ。
「も、申し訳ありません」
『まあよい、我は寛大なのだ』
いまいち合意できんがまあそんなことはどうでもいい。
『転生者にはチート能力が授けられるのだ。今後呪文が唱えられるようになることで、冒険が進めやすくなるだろう。そしてその先にそなたの使命が現れることだろう』
「しかし、経験値はどのように稼げばよいのでしょうか。これまで0だったということは、これまでのようなことをしていても経験値にならないということですよね」
『なかなか察しがよいではないか。その通りだ。経験値を稼ぐには、魔物を倒してゆかねばならん』
「魔物? この日本で?」
『そうだ。日本に限らず、この世界には通常生きていたのでは目に見えぬ魔物がごまんとおる。それらの魔物を倒すのだ。魔物は時に人に危害を及ぼし、時に人に取り憑き暴れさせ、ひどい場合は人を食う』
「どうやって倒せばいいんですか」
『このままの状態では魔物は見えないし、触ることもできん。もちろん倒すこともできん。精神を肉体から引き離すのだ』
「精神を引き離す?」
『そうだ。『ファーラーオーン』と叫ぶのだ』
「ふぁーらー?」
『『ファーラーオーン』と叫ぶのだ!』
ワシは周囲に誰もいないことを確認した。これで四回目じゃ。
「ファーラーオーン!」
マジンガーZにパイルダーオンするようなノリで叫んだ。
「はうあ!」
一瞬、目の前が真っ暗になったかと思うと、目の前にはおぞましい姿の魔物たちがうじゃうじゃと飛び交っておった。
『それが魔物だ。こやつらを消滅させるごとに経験値が入っていくのだ』
「どうやって倒すんですか? 素手ですか?」
ちょっとこれだけの数は自信がない。
『何か武器をイメージするのだ。今のレベルでは大した武器はできぬかもしれんが、それでもそなたの戦いを大きく助けてくれるだろう』
武器?
となると、この展開なら当然剣が一番いいに決まっておるのじゃ!
「うおおおおおお!」
ワシは右手に剣をつかむイメージをしたのじゃ。
すると!
周囲から光の粒が集まってきて、ワシの右手に剣の形をなしたのじゃ。
「これは! すごいぞ!」
そして、光が穏やかに収まっていき、その姿をあらわにする。
段ボールを貼り合わせた、幼稚園児でも作れそうな剣だった。
「…………」
『さあ、戦うのだ!』
マジかよ。
ためらっていると、魔物がこっちを認識して襲いかかってきたのじゃ。
「うわー!」
ワシは必死で剣を振り回してなぎ払った。
「ぎょぴー」
斬られた魔物は炭のように黒くなりながら消えていった。
やっつけたのか?
『言ったであろう。転生者にはチート能力が与えられるのだ。見た目はガラクタでもちょっと一振りすれば、魔物などばっさばっさと斬り捨てることができるのだ』
次々と魔物が襲ってくる。
「うおおおおお!」
なんと、一振りすれば何十体もの魔物がふっとんで消えていった。
すげー。まるで無双ゲームをやってるみたいなのじゃ。
「うりゃ! とりゃ! あちょー!」
目に映る魔物たちはとにかく滅殺しまくった。
『ステータスウィンドウを開いてみるがよい』
「あ! 経験値がたまっています」
『この魔物どもは人間の憎しみなどの負の感情から次々と生み出されている。いわゆる生霊といわれるものだ。負の感情の生霊が蓄積されると世の中は歪み、腐敗し、争いが頻発するようになる。だからこの魔物どもは消してゆかねばならんのだ。経験を積んでレベルアップし、世の中を浄化してゆくのだ』
それがワシが転生した意味ということじゃろうか。
『精神の分離はどこでも可能だ。時間に余裕のある時、魔物を倒してレベルを上げてゆくとよいだろう。さすればおのずからそなたの使命が見えてくるはずだ』
なんかよくわからんが、思いがけず燃える展開になってきたのじゃ。
というわけで、ワシは暇さえあれば魔物をやっつけてレベルアップした。
そして、レベル3になると呪文を覚えた。
『トヘロス』
……これって、ドラクエで敵が出てこなくなる呪文じゃなかったっけ?
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