多様性について論じてみたい!
第5話 アイドル議員
野川洋太郎の死から二日がたった。
世間にはまだ公表されていない。まあ、いろいろ事情があるのじゃろうが。
「おはよう、小室積先生」
国会に赴くと、後ろから挨拶された。
「どうも、おはごうございます」
へこへこと頭を下げて挨拶を返すのじゃ。どうやら現在の国会では二十七歳のワシが一番若いらしいからの。衆議院は被選挙権が二十五歳からじゃから、まあそんなもんじゃろ。
「ぬあ!?」
ワシは相手を見て驚愕した。
なんと、死んだはずの野川洋太郎ではないか!!
「どうかしたのかい?」
「い……いいえ、何でもありません」
「さて、ちょっと過労がたたって入院することになってしまった。党のみんなには迷惑をかけて申し訳ない。これからバリバリ仕事して取り戻しますよ」
そう言って颯爽と議事堂に入って行きおった。
とはいえ、何か奇妙な違和感を覚えた。
なんか、耳の穴が白く塞がっていたような……
「寺田さん、野川先生は亡くなったのではないのですか?」
ワシは早速ムスカに確認した。
「亡くなった? それはないですよ」
「え?」
なんでじゃ?
一昨日、死んだという党内メールが届いたじゃないか。
ワシは改めてスマホを確認する。
驚いたことにそのコメントはなくなっておった。
削除されたのか? それとも、ワシの完全な勘違いか?
「もしかしたら、誤情報が発信されてすぐに取り消されたのかもしれません。たまにあるんですよ」
ムスカは当然のように言った。
は? サラリーマン時代でも誰かが死んだ時の間違いメールなんてなかったぞい。定年後も自治会長からそんな誤情報が出たこともない。素人でもそんなことはせんというのに、なんちゅうええ加減な仕事をしとるんじゃ。
いや、もしかすると本当に死んだけど生き返ったという男塾的展開かもしれん。国会なら
さて、ワシは国会議員なのじゃ。きちんと仕事をせねばならん。
第一秘書の中竹の説明によると、国会議員の仕事には勉強会やら地元民の声を聞くとかいろいろあるが、国会においての仕事は大きく三つあるらしい。
一つは、法案を出すこと。
一つは、国会で質疑すること。
一つは、質問主意書を出すこと。
国会は立法機関じゃから、法案を出さん奴は仕事をしてないのと同じじゃ。
そして、質疑とは国会で内閣とか官僚とかに対してぎゃーぎゃーと質問して追及することじゃ。内閣が正しい行政を行なっとるか監督しとる、あるいは根拠もないことをでっち上げて公開いじめをしとるわけじゃ。
質問主意書とは、要するに紙で質問をするわけで質疑と大して変わらんかもしれんが、質疑が口喧嘩みたいになりがちなのに対し、文面でより正確で緻密な質問ができるわけじゃ。喫緊でないが重大な問題にはこっちの方がいいのじゃ。
これらを通して地元の意見を反映させたり、行政を正しく導いていくわけじゃ。
「質問主意書の書き方ですか?」
ワシもどうしたらいいかわからんので、教育係のムスカに聞くことにした。
「それは私も書いたことがないのですよ」
「そうなんですか?」
「秘書さんの方がお父様のもとで勉強されてますから、そちらに聞いていただけませんか」
「わかりました。では、質疑をしたいのですがこれはどういう手順で……」
「すみません。それもしたことがないのです」
「そ……そうなんですか。では法案を提出したいのですが、自分が考えただけでは独りよがりので到底国会を通るようなものが書けるとは思えません。みんなで議論して詰めていきたいのですが、これはどういう手順を踏めばよいでしょうか」
「すみません、それもしたことがないのです」
「は?」
つまり、ムスカは三期も国会議員をやっておきながら、国会での仕事を何一つやったことがないということじゃ。
まさにこいつこそが税金泥棒という奴じゃないか!
思っても口には出さんがな。
「あ、今、税金泥棒と思ったでしょ。私にはとても重要な仕事があるんですよ」
「そうなんですか」
「やっぱり税金泥棒と思っていたんですね」
「いいえ、そんなことはちっとも!」
くそぅ、上司にいびられて殺意を覚えた若い頃を思い出すわい。
「私にはね、党の意向を反映して賛成票、あるいは反対票を投じるという重要な仕事があるのです」
それだけ?
「ああ、なるほど。それは重要ですね」
口ではそう答えたが、そんな仕事、小学生でもできるじゃないか! いや、小学生は国会議員にはなれないけどね!
ムスカを軽蔑するところじゃったが、驚いたことにかなり多くの国会議員はたいした仕事なんぞしておらんかった。
必死になって選挙を戦って、終わってみればだらだらするだけ。まあ、有権者の声をすべて反映して国会で議論などしておれば時間などいくらあっても足りん。現実的な不可能性というのはどうしてもある。とはいえ、なかなかの仕事っぷりなのじゃ。
こんなんでは国民が選挙に関心を示さんくなるのは当然よのう。
いろいろとがっかりしたワシは国会図書館へ向かった。
国会図書館には日本で出版されたあらゆる書籍が過去のものからすべてそろっておる。
ワシは調べてみたいと思ったのじゃ。
男塾を思い出したとき、その作品で毎回のように参考資料として扱われていた
探すこと数時間。検索しても書棚を見ても見つからんかった。
あれは、もしかして架空の出版社じゃったのか??
がっかりから立ち直るために来た国会図書館なのに、さらにがっかりすることになってしもうた。
そんな時、ワシは出会った。
あれは、南山陽子ではないか!
彼女は「陽子」と書いて「プロトン」と読む。なかなかエキセントリックな名前じゃ。
とはいえ、その美しさは昔から変わらん。
彼女は昔アイドルじゃった。
デビュー曲「私は水素イオン、ちょっと酸っぱい女の子」は世間に衝撃をもって受け止められた。
その後、鉄仮面をかぶった女子高生刑事のドラマで日本中の男子をメロメロにしたスーパー美少女じゃ。その後も正統派アイドルとしてとにかく売れまくった。
ワシが結婚できんかった理由の一つは彼女のせいなのじゃ。彼女は年頃になってもちっとも浮いた話がなく結婚などせんかった。おそらくそれはワシとの出会いを待っておるに違いないと思って、きれいな身体のままでいようと決意してしもうたからのう。
ところがどっこい、十五年ほど前に結婚してしもうた。四十前の結婚じゃから随分と遅いがの。
今は娘が一人おって、「光子」と書いて「フォトン」という名前じゃ。超かわいい娘としてSNSで有名になっとった。中学生になったばっかりじゃが、いずれアイドルとして活躍するに違いない。肉体も若返ったことじゃし、コンサートに行ってキレッキレのオタ芸を見せつけてやりたいのう。
「あら、あなたは小室積拳四郎さんですね」
存在に気づいたのは向こうもじゃった。
うお、声かわいい!
実は彼女も国会議員じゃ。ワシは衆議院で、彼女は参議院じゃから、その辺は違うがの。
ちょうど結婚した頃にうちの民自党から出馬を要請されて当選した。当時は比例区での当選じゃったが、今は選挙区でトップ当選するほどの名実ともに優れた政治家になったのじゃ。
参議院は解散がないから、現在三期目の最中。
そして、アイドル議員としては異例の法務大臣に抜擢され、世間にもその能力を知らしめたのじゃ。
「お父様が総理をされているときに初めて国会議員になって、それ以降はそれほどご縁があったわけではありませんが、現在の私があるのはお父様のおかげなんです。ご実家に帰られたときには是非ともお父様によろしくお伝えください」
そう言って右手を差し出してきた。
握手を求められたわけじゃ。
「は、はい!」
ワシは手を握り返した。
むひょほほほほ。なんてすべすべのお肌じゃ! これで五十四歳かいな?
昔から衰えることのない美貌がすぐ目の前に。
こ、これはたまらんのじゃ~。
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