第4話 若造ども

 ぎょっとしたのはムスカじゃった。


「ちょっと、小室積くん?」


「農業が賤業じゃと? のうのうと飯を食っとる分際でどの口が言うか! この賤民どもがぁ!」


 ワシは怒号をあげた。


「おい、小室積くん。ここは品格ある国会議員の集まる場だぞ」


「一番の若造はきみじゃないか!」


「やかましい! 貴様ら全員座れ!」


 荒ぶるワシを小僧どもがいさめようとしたが、気迫に押されて全員がすごすごと席に戻った。


 ワシはテーブルに上がってのたもうた。



「農業で土にまみれたこともない小童どもが偉そうに何をほざきよるか! ワシらは農業のおかげで生きておるんじゃ! その農業をないがしろにするっちゅうことは、国民をないがしるにしとるっちゅうことじゃろうが! 国民は何のために税金を払うとるんじゃ。国が守ってくれるから払うとるんじゃ! 農業をないがしろにする奴は国賊と同じじゃ!」


「国賊だと! とんでもない侮辱だ!」


「ああ? それはお主が農業をないがしろにしとるからじゃろが。そうじゃないなら国賊じゃない!」


「むぐぐぐ!」


「ワシらがどういう気持ちで農業をしとったかわかるか!?」


「小室積くんは農業なんてしたことないはずだぞ!」


「ああ、ワシはしたことはないかもしれんが、ワシはバリバリでやっとったわ!」


「??」


「??????」


 謎の構文に誰もが理解に苦しんでおるぞ。ちなみに前者の「ワシ」が肉体のワシで、後者の「ワシ」は生前のワシじゃ。


「食べる人においしいと言ってもらえるように、食べた後も健康でおられるように、勉強して勉強してええ作物を作る努力をしてきとった。それを何も知らん者が関係ないところからぐちゃぐちゃとこねくり回して、現場を混乱させよる」


「なんで、きみがいかにも農業でもやってきたかのような口ぶりを……」


「肉体労働じゃから楽じゃないわ。じゃが、その苦労をありがたがれとかは言わんわい。それでも現場におらん者が現場の気持ちを踏みにじるようなことを言うでないわ!」


「政治とは必ずしも現場の気持ちを尊重して成り立つものではない」


「言いたいことはわかるが、侮辱的な発言は撤回したまえ!」



「農業とは国防じゃ!」



 その瞬間、誰も言葉を返さんかった。


「国民の食生活を守り、広大な土地を利用しながら国土を守る。治水も山林整備もぜんぶ農業がやってきたことじゃ。今、各地で起きとる洪水の多くは農業をないがしろにしてしもうたところではないか。国民を守れておらんではないか! 農業は票にならんからと軽々しゅう扱う者は、票のためなら平気で国を売るんであろう。この売国奴どもが! なんと浅ましいことか。賤民と罵られて当然じゃ!」


「…………」


 ほっほっほっほっほ。どいつもこいつもみんな黙りこくっておるわ。


 はー、やれやれ。農業をしとる頃からの不満をぶちまけてやったぞい。


「はっ!?」


 しまった! 怒りに駆られてつい自分を出してしまったぞい!


 やばい、怪しまれる!


 いや、ここでうろたえてはいかんのじゃ。


 ここは「あれ、俺なんかやっちまいました?」って感じでやり過ごすのが、最近のアニメの主流ではないか!



 ぱちぱちぱちぱち…………


 誰かが拍手をしながら部屋に入ってきたぞい。


 あれは、尊敬すべき森世古士正ではないか。


 この勉強会には参加しておらんかったはずじゃが。


「通りがかったら大きな声がするので何事かと足を止めて聞いてしまいました。拳四郎さん、さすがあなたは厨二郎先生の息子さんだ。『農業は国防』という言葉はぐっときました。お父さんの総理時代、印象的な言葉で世論を動かしていたことを思い出しました」


 世古士正の品格のある笑顔に、ワシは促されたわけでもないのに引き寄せられるようにテーブルを降りて彼の前に立っておった。


 そして両手を肩に置かれた。


「拳四郎さん。あなたの言うことは正しい。ただ、政治というのは正しいからその通りにできるとは限らない。だから難しいのだ。だが、多くの議員は農業に対して目が曇っていることが今わかったのは重要なことだ」


 そしてちらりとその他の議員へ目を向ける。


 向けられた側は慌てて目をそらす。


「どういうことかはわからないが、今まさに拳四郎さんが言ったのは農業従事者たちの声に違いないと思う。皆さんも日本の政治をよりよくしたいと思ってここにおられるはずだ。是非リアルな声を汲み上げていって、農業事情、食事情、そして治水・山林などの環境事情について改めて考えていっていただきたい」


「もちろんです」


「言っておくが、私のさっきの発言は別に農業を軽視していたわけではないぞ」


「政治には多面的に解決しないといけない事情が多いということです」


「日本の農業の未来を開いていくんだ!」


 さっきまで偉そうな態度を取っておった連中が急に丸くなりおったのは気に食わんが、建設的な空気になったのはよしとしておこう。


 それもこれもこの森世古士正のおかげじゃ。


 いやー、やっぱり尊敬に値する議員じゃ。



「森先生、この集取のつかなくなった会を収めていただきありがとうございます。しかし、本題は農業政策に対する本気度ではないのです」


「おお、そうだね。この場はコオロギ食についての理解を深めるためにあったんだね」


「小室積先生、あなたはコオロギ食について、従来の農業を圧迫するものとお考えですか?」


 お、野川洋太郎がワシに聞いてきおった。


 つまりワシはこの会の主役になったというわけじゃな。


「従来の農業がコオロギ食を導入した結果として虐げられるのであれば反対しますが、私はコオロギ食そのものを反対した覚えはありません。きちんと議論を積み重ねて互いによい結果となるように、政治が食糧難を引き起こすようなことがないようにすべきでと思います」


「せ、政治が食糧難を?」


 ワシの発言に周囲は少なからずどよめいた。


「あ……ああ、それは当然。政治によって食糧難がもたらされるなんて、我々政治家は全員首をくくらねばなりません」


 なんでここでこいつは目をそらすんだ?


「では、コオロギ食についてやはりきちんと知っていただく必要があるのではないでしょうか」


「その通りです」


 またキリッとしおったぞい。


「では『かいより始めよ』です。私たち国会議員がもりもり食べるようにしましょう。一番いいのは国会食堂のメニューでコオロギ食を入れるのがいいでしょう」


「え?」


 洋太郎は驚いた。


「おお、それはいいな!」


「我々ももっとコオロギに親しむべきですね」


「それから、推進する以上は農林水産省の職員も毎日コオロギを食べて普及に努めるべきですね」


「拳四郎さん、ナイスアイデアだ!」


 さっきまで険悪だった勉強会は、晴れやかに終わった。


「あうあうあうあう……」


 なぜか洋太郎だけは困ったような顔をしておった。



「やれやれ、勉強会の会場から怒声が聞こえたときはどうなることやらと思いましたよ」


「まあ、ただの勉強会なんだ。こんなもんだよ。中竹は心配性だな」


「いやいや、心配しますって。政治家は目立つのはよくないんですって」


「目立つ奴の意見の方が通る。これは一般社会でも国会でも同じだよ」


「否定はしませんけど、逆に言えば目をつけられるってことでもあるんですよ」


「ほっほっほ。まあ、若造だとなめられることはなくなっただろ。それだけでもよかったと思ってるよ」


「……拳四郎さんって、こんな人だったけなぁ……?」


 そんな話をしながら、ワシらは議員宿舎へ帰って行った。



 一ヶ月後。


 国会食堂にコオロギ食が導入された。


 農林水産省の大臣も職員も一日一食はコオロギを食べるようになった。


 報道陣は一斉にこのことをニュースで流した。


 おかげでコオロギ食は日本中ではやった。


 しかし、二ヶ月もすると国会食堂からコオロギメニューが消えた。


 農林水産省の職員もあまり食べなくなっていた。


 職員に無理やりコオロギを食べさせるのはパワハラではないかとの訴えがあったからだ。


 それを払拭するために農林水産大臣は必死になってコオロギを食べた。


 国民もそのうち食べなくなった。


 日本でのコオロギ養殖も下火になった。


 従来の食生活が戻った。



 その後、野川洋太郎が入院した。


 病名は明かされなかったが、ちょっと深刻な病気だそうだ。


 そしてそのまま回復せずに死んだ。


 原則見舞いは禁じられ、ワシらはどんな病状だったのか知ることすらできなかった。


 総理など何人かは病院に行って会ったはずだが、死因について決して口にしなかった。



「コオロギ食を日本に定着させられなかったから殺されたんかのう……」


「なんですかそれ、そんなんで殺す人っているんですか?」


「まあそうだな。残念な人を亡くしたな……」


「ええ、あの人も未来の総理と言われていた人ですから……」


 野川洋太郎にハニーちゃんを紹介してもらいたかったが、そんなワシの野望は謎に包まれたまま潰えることになった。


 じゃが今回のことで議員たちはワシを一目置くようになったのじゃ。


 ハニートラップを仕掛けられるような政治家を目指して、ワシは精進するのじゃ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る