第3話 ブチギレ勉強会

 国会議員の仕事のかなりは勉強会というものに費やされるようじゃ。


 まあ、社会は刻一刻と変化しておる。


 その変化をきちんと勉強していかねばならん。


 当然のことじゃ。


 今日は農業関係の勉強会のようじゃ。


 ワシも農業をやっておったから政治での実情がわかってええかもしれん。



「コオロギ養殖の補助金増額について」



「は?」


 なんじゃこれは。


「未来の食料についての会議ですよ」


「いや、聞いたことはありますが……補助金を増額しないといけないんですか?」


「まあ、食糧危機が近づいているらしいですからね」


 ムスカは親切に説明してくれた。


「人口は八十億を超えました。もはや従来の農業では食料をまかなえない時代が来るのですよ」


「でも何でコオロギなんですか? イナゴでいいんじゃないんですか」


「まあ、コオロギはイナゴよりも養殖が簡単らしいですから」


「そ……そうなんですか」



 そして調理されたコオロギが配られた。


「どうぞ、ご試食ください」


 勉強会の司会が促す。


 仕方ないから食ってみるか。食わず嫌いもよくない。


 じゃが、調味料の味でそれなりにおいしくできていたが、食感は気に入らない。


 別のものはコオロギを粉末にしたパンやクッキーじゃった。


 コオロギがうまいのかと言われればそれはよくわからん。


 それでも議員たちは「うまいね」とか言いながらなかなかの好評かじゃった。



「うまい! うまい!」


 そんな中で狂ったようにコオロギを食いまくる議員がいた。


 おお、彼もあれやこれやと大臣経験のある野川のがわ洋太郎ようたろうではないか。彼も未来の総理候補として有名じゃ。


 あくの強い不細工顔だが、やり手感のある有名議員だ。


 ガツガツ食ってペロリと平らげていた。


「おお、すごいね。こういう場ではああやって目立った方が何かと得ですよ」


「そうですね」


 だが、どうやって目立てばいい?


 思い浮かぶのはあれしかなかった。


「ぬうう、うまい! うまいぞぉぉぉ!」


 力強い声とともに叫びながらぐるぐる回って、目と口から光を放った(感じのリアクションをした)。


 そう、これは味皇じゃ(知らん子はググればすぐに出てくるのじゃ)。


 ミスター味っ子というアニメに出てくる超重要キャラじゃ。


 あのロボットアニメの老舗会社、サンライズが制作したということでサラリーマン時代のワシは毎週録画して観ておった。


 ちなみに当時使っておったビデオデッキはソニーのベータじゃ。


「おお、いいね、いいね」


 ムスカも喜んでおるわい。



「さすがだね、小室積くん。私のコオロギもきみにあげるよ」


「いいね。会議が盛り上がって楽しいよ。はい、僕のコオロギもあげよう」


「若いんだからたくさん食べてね」


 そう言いながらそこいら辺の議員どもはコオロギ食を全部ワシに押しつけおった。


 なんじゃ、こいつらうまいとか言っておったくせに、まずいならまずいとはっきり言えばよかろうものを。


 戦後の食糧難を知っておるワシは食物を粗末になどしたりはせん。


 目の前のものを全部食ってやったわ。


 腰抜けどもめ。



「今後、コオロギ食の需要は高まるものと推測されますが、まだまだコオロギ養殖をやっている農家は足りません。そこで補助金を手厚くすることでコオロギ養殖農家を増やしたいと考えております」


「しかし、予算はどうなるのかね? 現在肥料の高騰も問題になっている。その補助金もかなりのものだと思うが」


「はい、そちらの額を一部削減し、こちらに回すというのが案として出ております」


「はあ?」


 ワシは思わず声に出してしもうた。


 慌てて口を押さえる。


 議題を最後まで聞いてないのに反論をするのはさすがに知性が欠けるというものじゃ。



「寺田さん。なんで肥料の補助を減らしてまでコオロギ養殖するんですか?」


 ワシはひそひそとムスカに尋ねた。


「タンパク質源として昆虫は優秀だからですよ」


「それなら従来の肉を増やせばいいんじゃないんですか?」


「家畜は二酸化炭素を出すでしょ? 温暖化防止のためですよ」


「昆虫だって呼吸してるから二酸化炭素出すじゃないですか。コオロギの方がタンパク質量に対して圧倒的に少ないということでしょうか」


「さあ?」


 じゃあ、なんでこんな議論しとるんだ?



「コオロギの養殖には24℃以上の環境が必要です。暖房費などもかかるんです」


 じゃあもっと金かかるじゃないか。


「な……なんかこの話、おかしくないですか?」


「うん、私もそう思う。コストはかかるかもしれないけど、従来の農業で十分やっていけるはずなんですけどね。もっとコストを抑える循環型農法だって完成しつつありますしね」


「じゃあ、なんで?」


「うーん、多分殺されるからじゃない?」


「は?」


「欧米はどうしてもコオロギ食を推し進めたいみたいなんですよ。よくわからないけど、政府よりも金を持った個人がコオロギ食に投資して、回収させたいから世界中に圧力をかけてるってことみたいですけど」


「なんでそれで殺されるんですか?」


「ああ、日本の政治家はね、欧米の指示に逆らったら結構簡単に殺されるんですよ。これまでも不審な死に方をした政治家ってこれまでも何人かいるでしょ。あの人たちは事故とか同じ日本人による暗殺ということにされてるけど、少なくともその命令は欧米から出てるんですよ」


「そ、そんな……」


「世界相手の独占的な商売になればそれはそれは儲かるでしょうね」


 何人かの不憫な死に方を報じられた政治家を思い出す。



「さっきの洋太郎さんなんか、ガチで欧米に操られてる政治家なんですよ。コオロギ食が日本で成功しなかったらどうなることやら」



 なんじゃとぉぉぉぉ?


 テレビでは自分勝手さが目立つが決して嫌いな議員ではなかったが。


「なんでそんなことになってるんですか?」


「私が知ってるのは全部噂でしかないから、話半分で聞いてくださいね。彼ね、若い頃にアメリカの大学に留学してたんだけど、その時に裏社会の人と接触があって将来総理大臣にしてもらう見返りとして、あちらの指示を徹底的にやり遂げることを約束したらしいですよ」


 ……まるで漫画のようじゃ……話半分にしておこう。


「ですが、テレビとかではむしろ洋太郎さんは中国との関連が強そうな報道がされてましたけど」


「中国に彼の家族が経営する会社があるのは事実ですからね。ちなみに彼、中国のハニートラップにかかってるという噂もありますよ」


「な……ハニ……!!」


 思わずワシは叫びそうになった。


 ぬうううう! やはりあのレベルの政治家になるとハニーちゃんが来てるのか。


 うらやましい!!


 よし、野川洋太郎も手本にしよう。


「欧米は逆らえば殺してくるけど、中国はハニーちゃんを送ってくれますからね。政治的には欧米に付かないといけないけど、議員は中国と仲良くなりたいんです。必然的に親中議員が増えるわけですね」


 うぬぬぬ、それはそれで許しがたいな。



「しかし、それでは日本の農業はだめになってしまうのではないですか?」


「だめになるでしょうね。現にアメリカから輸入した牛乳のせいで日本の牛乳が捨てられているわけですから」


「それこそ政治の力でなんとかせねばならんのじゃないですか?」


「何言ってるんですか。政治家にとって農業なんてどうでもいいんですよ」


「は? 農業は食べることですよ。きちんとしないと国民が飢えるんですよ」


「そんなことはみんなわかってますよ。だけど、農業従事者は全国民の3%ほどしかいないんですよ。票になんかならないんです。二十年前ならその倍いましたから熱心に農家の票を取りに行っていましたが、今は隙間産業的に何人かが農業中心の政策を訴えて票を稼いでいる程度ですよ」


「なんでそんなことに……?」


 ワシも農業をやっておったから、この事実は衝撃じゃった。


「簡単ですよ。農業の機械化が進んで少ない人手でできるようになったからです。最近は大企業も積極的に参入してますしね。専業農家はこれからは確実に減っていくので、政治家には何の利益もないんですよ」


「なんかわかるけど、おかしくないですか」


「絶対におかしいですよ。でもそれが民主主義の原理なんです」



 民主主義の原理?



「まあ、農家に対する弾圧という点ではまだ日本はましな方ですよ。オランダとかフランスでは農家潰しが政治によって徹底的に行われています」


 どっちも農業大国じゃぞ??


 それって政治的に食糧難をつくろうとしとるということではないか!


 何でそんなことになっとるじゃ!


 思い返せば、県の補助金を受けて作物を作っておったとき、世の中の流れは減農薬じゃったのに、県の職員はバンバン農薬を使わせてきおった。ワシは農薬否定派ではないが、消費者に対して無責任な感じがして嫌じゃった。


 あれもその流れなんか?



 勉強会はざわつき始める。


「おいおい、コオロギ食は食の選択肢の一つとして理解できるが、そのせいでなんで従来の農業の補助を減らさんといかんのだ」


「僕は賛成ですよ。そもそも自分たちの食料を確保するのに何で国が補助をしないといけないんですか。そのやり方はすでに破綻しているということなんですよ。コオロギ食はまだ未成熟な農業だから補助はしてしかるべきです」


「破綻してるからって、じゃあ従来の農業はやめてしまえってことですか?」


「それは極論ですわ。少しずつ減らして補助金なしで回せるように農業を成熟させないといけないんです」


「その通りだな。農家どもは補助金目当てで仕事をしておるから農業には競争力がつかんのだ」


「競争主義は食の安定供給を妨げるぞ。簡単に言うな!」


「やはり真面目に考えんといかんのではないかな。農業の一部公営化について」


「それは経費の透明性に問題があると聞いていますが」


「いやいや、そんなのはそもそも無理だよ」


「それはどうして?」


「あんな労力に見合わない仕事なんて絶対に嫌だろ」


 ん? なんか話の方向が変わってきたぞ。


「その言葉は不穏当ですよ」


「いいじゃないですか。この勉強会はオフレコだ。会話内容は公文書に保存されるわけでもないんですから、ここは本音で話し合いましょう。みんなが農業についてどう思っているか」


「そうですね。農業政策の話が一番面倒ですしね」


「農業が大切なのは当たり前だろう」


「だけど農業の公営化なんて、なんで公務員になってまで泥まみれにならないといけないんだよ」


「下請けにやらせればいい仕事ですわ」


「あんな賤業やりたがるわけないでしょ。俺なら絶対にやりませんよ」



 なに? 賤業じゃと?


 むっかー!!!!



「おいおい、やばい発言がいくつも……」


 年寄りの議員が闊達になりすぎた議論に注意を促したが、ワシはもう許せんかった。


「かーっ!!!! 何をほざきよるか、この若造どもが!!」

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