第2話 国会議員の初仕事

 そんなこんなでワシは国会へ初登庁することになった。

 

 スーツはトラサルDとかいうなんか凄いブランドらしい。


 ワシはドリフトでも決めるのかと思って、ちょっと昔の血が騒いだが。


 とりあえず、なんかシュッとしとって見栄えはいいぞい。

 


 中竹に言われて朝七時半に登庁すると、待ち構えていた報道陣に囲まれた。


「拳四郎さん、初登院の感想はいかがですか?」


 下の名前で呼んでくるとは、随分となれなれしい。


 まあ、元総理の息子じゃからそんなもんかもしれんが。


「どのような政治家を目指されますか?」


 おや、この子はテレビではインテリぶって現場でいつもいかめしい顔をしておるレポーターじゃないか。あんまり好きな子じゃなかったが、今日はニコニコしてて可愛らしいのう。


「あなたをいつも笑顔にできるような政治家ですかな」


 うーん、我ながらかっこいい台詞を決めてみせたのじゃ。



「拳四郎さん、もう時間ですから」


 ちょっと慌てた様子で中竹がワシの腕をつかんで引きずっていった。


「まだ全然時間あるじゃないですか」


「もっとお話を聞かせてください」


 報道陣は私たちを行かせまいと壁をつくった。


「今から、あのお方にあいさつしないといけませんので」


 中竹がそう言うと、報道陣は道を開けた。



 人がいなくなったところでワシは中竹に確認した。


「あのお方って誰じゃ?」


「そんなのいませんよ。ただね、お父さんはいろいろな人とつながりがありましたから、そう言っとけばマスコミも勝手に忖度するんですよ」


「忖度? 一時期マスコミは、忖度は非人道的な行為かのように報じておったじゃないか」


「マスコミなんてノリだけで報道するだけのニワトリ頭なんですから。自分たちの報道に責任なんてもたないですよ」


「確かにそうじゃのう」


「そんなことより、いつから広島人になったんですか?」


「広島?」


「○○じゃ、とか。最近、拳四郎さんの話し方が変です」


「お、お、おお、す、すまん。任侠映画を観すぎたかのう。菅原文太の真似がしてみたかったんじゃ。ぶちかっこよかったけんのう」


「誰ですか、その人」


「あははは、すまなかったな」


 く、この年代はあの菅原文太を知らんというのか。ある意味許せん。


 まあ、とりあえずこれでワシの老人語問題はかわせたわけじゃが、中竹が報道陣から引き離した理由は何じゃったんじゃ?



「私のコメントはまずかっただろうか?」


「61点です」


「えらく中途半端だな」


「ギリギリ不合格にしないということです」


「なんじゃそりゃ」


「ああいうところでは無難に答えないといけません」


「あれは無難じゃなかったのか?」


「内容は無難ですけど、個人に向けたような発言と取られかねないものだったじゃないですか。ああいうのはネタにされやすいんですよ!」


「そこまでひどかったかのう? むしろ気の利いた発言と思ったが」


「今のSNSの恐ろしさを知らないわけでもないでしょう。面白いことを政治家が言えば、みんながみんなネタにして上げるんですよ。むしろネガティブな印象をつけて! 政治家は面白いこと言っちゃだめ!」


「げ、マジ?」


「政治家と官僚はくっそつまらない、超陰キャじゃないといけないんです。少なくとも、カメラの前では!」


 げげげげ、オヤジギャグも言っちゃいけないの?


 あれこそワシの心のよりどころと言ってもいいのに。


「さっきの発言は元総理の息子の最初の発言としては注目されるでしょう。どっちに転がるかはわからないレベルですが、ネタにしたがる者は使うかもしれません」


「別にその程度ならいんじゃないか?」


「何を言ってるんですか! あなたがネタにされればされるほど、国民はあなたをバカだと認識するようになるんですよ! 真のバカ認定されたら、いくら総理の息子だからって政治家生命は終わりですよ」


 野党には口うるさいだけの真のバカがゴロゴロおるのに当選しておるが。


 まあ、あくまでもワシの主観じゃが。


「それは今後の私の活躍次第じゃないかな」


「ま……まあ、その通りですが」


「よし、これから私はまともな政治家として働くしか選択肢がなくなったということじゃないか。中竹、お前は心配性すぎなのじゃ」


「むぐぐ……」


 ひとまずお説教は終わった。


 あのレポーターの女の子、ワシの言葉で胸キュンしとったぞい。


 若いイケメンになったから女の子なんて釣り放題かもしれんのう。むふふふふ。



 中央玄関から国会議事堂に入ると、中央広間に伊藤博文と大隈重信と板垣退助の銅像が立っておった。おお、教科書で見た歴上の政治家じゃ。ちょっと感動。


 それから党員届なるものを提出させられた。


 なるほど、こういうのはきちんとやらんとな。


 それからすでに割り当てられた自分の仕事部屋に案内され、そこで議員バッジを渡された。それをスーツの襟元に取り付ける。


 これでワシも晴れて国会議員じゃ。


 ワシ自身は何の努力もしてないけどね。



「では挨拶に行きましょう」


 人が集まりだした頃合いを見計らって、中竹が党の偉い人たちへの挨拶行脚をするように言った。


 まあ、こういうことも大事じゃろな。


「これはこれは、拳四郎さんじゃないか。私もお父さんにはとてもお世話になったんだ。これから一緒に頑張っていこう」


 まずはじめに向かったのは民自党総裁であり現総理大臣でもある橘真田きっしんだ踏尾ふみお氏の部屋だ。


 どうもこいつは決断力がなくて『検討します』しか言わんから、国民からは『検討使』とか言われてバカにされておる。


 ワシもこいつには期待できんと思っておるが、まあ社交辞令くらいはきちんとせねばな。


 ここでけんかを売るわけにもいくまい。


「一生懸命頑張りますのでよろしくお願いいたします」


 無難に挨拶を終え、その後も次々と挨拶をして回った。


 幹事長やら政調会長とか選挙対策委員長とかなんやかんやと名前のついた連中にペコペコと挨拶した。


 ワシよりも年下のくせにいい気になっておるかと思ったが、なかなか人のいい連中じゃった。



「私も親子二代で世話をさせていただけるとは思わなかったよ。よろしくな」


 ちょっとワシもびびったのが生前のワシよりも三つ年上の三十七階さんじゅうななかい歳彦としひこじゃ。


 いかにも政界のドンといったオーラが出ておって、海千山千の悪知恵がはたらきそうな面構えじゃった。


 こいつとは付き合い方を適切にせねばならんかもしれん。



 そして次に挨拶に向かったのは、こいつこそがワシが最も会いたかった人じゃ。


 外務大臣のもり世古士正よこしまさ


「やあ、きみのお父さんにはかなり鍛えられたよ。私もそれに負けないよう先輩議員として指導させてくれ」


 年齢なりのおっさんじゃが、品があってそれでいて知性が感じられる。


 数々の大臣を見事にこなし、未来の総理と目されておる男じゃ。


 何よりこいつは!


 ハニートラップにかかったという噂がある!


 前の外遊では奥さんを連れずに各国を回ったらしいからな。


 奥さんがおらんかったら、ハニーちゃんとウハウハしたい放題じゃ!


 うらやましいのう。


 こいつとは是非とも仲良くなって、素敵なハニーちゃんを紹介してもらうのじゃ。


「これまでの議員としての仕事はテレビや新聞で拝見しておりました。これからご一緒にやっていけるとは光栄の極みでございます。よろしくお願いいたします!」



「なんか、森先生の時は随分気合い入ってましたね」


「そうかな? だけど尊敬すべき議員の一人だね」


「そうですか。政治家として見本になる人が近くにいることはいいことですね」


 中竹も喜んでおるようじゃ。


 そこへ一人のおっさんが近づいてきた。


「やあ、小室積拳四郎君だね。私は三回生議員の寺田てらだみのるといいます」


 え、ラピュタのムスカの声の人?


「私はきみの教育係に任命されました。党のことやら国会のことやら仕事についていろいろ面倒を見させていただきますよ」


 いや、名前が似てるだけで声はただのおっさんだった。


 いかにも陰キャじゃが、なんか眼鏡もかけてるし服装といいムスカっぽい気もしてきたぞい。


「しっかり勉強していきます。よろしくお願いいたします」


 教育係の見た目などどうでもいい。ワシは立派な政治家になってハニーちゃんがぶんぶん飛んでくるような男にならねばならんのじゃ。


 ワシはムスカに丁寧に頭を下げた。


「じゃあ早速勉強会がこれからあるから、ついてきてください」


 ワシの国会議員、初仕事なのじゃ。

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