転生したら国会議員だったので、ハニートラップにかかってみたい!

池面36/2

ハニートラップにかかってみたい!

第1話 すべてはハニーちゃんのために

 定年後、先祖の土地を守るべく実家に帰って農業を始めて十五年。


 親父もお袋も死んで、ワシは独身。


 この家もいよいよもうおしまいじゃ。


 政府の農地政策はバッチリはまり、この辺りはほとんどが太陽光発電。昨年の大雪で三分の一が潰れて、大雨で地盤崩壊したけど放置されたままじゃ。


 ちなみにこの太陽光発電のパネルは中国製で、管理してるのは日本企業と思っていたのじゃが、壊れたのをなんとかしろとクレームをつけたら外国の女性が電話に出てきて「ニホンゴ、ヨクワカラナイ」を繰り返してきた。


 自治会では裁判しようという声もあったが、費用と手間を考えると放置するのが一番いいということで落ち着いた。


 誰もが土地を捨て、守るどころの問題じゃない。


 何のために実家に帰ってきたんじゃ。


 国会議員どもは国を海外の資産家に売ってぼろもうけしとるんじゃろなあ。

 


 ああ、ワシも国会議員とか県知事とか政治家になっとけばよかったんかのう。


 そしたら、海外からのハニートラップにかかって国を売ってウハウハ三昧の生活が送れたんかのう。


 くそー、ハニーちゃんといちゃいちゃしてー。


 だって、スパイとして国の選りすぐりの美女なんじゃぞ。


 一度くらい人生でいい目にあったっていいじゃねぇか。


 って、こんなそろそろ悔いなくすっきり人生引退しようかって年にもかかわらず煩悩にまみれてるなんて、なんて恥ずかしい年のとり方をしてしまったんじゃ!


 くそー、それもこれも全部政治が悪いせいじゃ!!



 ドドドドドドドド!


 トラクターから降りたその瞬間じゃった。


 もの凄い勢いでイノシシがワシに向かって突っ込んできた!


「ぎゃふ!」


 ワシははねられ、空中を舞った。


 そして地面にたたきつけられれば、この老体ならいかなる受け身を取ろうともその衝撃を受け流すことなどできん。


 ああ、ワシもついに最後か……


 薄れゆく意識の中でそう思ったとき、のっしのっしと何かが近付いてきた。


 ――クマじゃった。



「はうあ!」


 はっとワシは目を覚ました。


 薄暗い部屋じゃ。


 病院かのう。


 そこにはワシをのぞき込む美女がいた。


 なんで?



「司令、なんとか小室積こむろずみ拳四郎けんしろうは目を覚ましました」


 小室積? ああ、なんか昔、そんな総理大臣がおったのう。


「おそらくは媚薬に対するアナフィラキシーです。一度心停止しましたが、なんとかエピネフリンで回復させることができました。はい、はい……ええ、これは想定外でしたが。これからAC阻害剤を注射して今日の記憶はなくしておきます」


 ん? どうやら死にかけておったようじゃが、アナフィラキシー? そがいざい?



 女は鞄から注射器を取り出した。


 げげげ、ワシ注射嫌いなのよ。


 近所の連中は暇つぶしに病院に行っては注射してもらってよろこんどったが、ワシには理解できん。流行病のワクチンも射たなかったし!


「すまんが、それはやめてくれんかね」


「はう!」


 女は驚いて距離を取った。


 全身が見えると、チャイナドレスのなんとなんと素晴らしいプロポーションの女性ではないか。


 こんな子といちゃいちゃしてみたかった!


 もしやここは、天国なのか?


 クマに食われて生きておられるはずもないじゃろしな。



 だが、その部屋は高級ホテルの一室といった感じで、ワシらが思うような天国とはかけ離れておる。


 テーブルには洗ったばかりの濡れたワイングラスが2つ。


 この女性と飲んでいたんじゃろうか。


「拳四郎さん、大丈夫?」


 女性は緊張した表情から一転、急に優しい表情になった。


「拳四郎? ワシのことかね?」


「……!」


 ワシの言葉を受けて、女性の表情が変わった。


「もしかして……あなた、ここがどこだかわかる?」


「天国かのう? でも違うと思うが」


 その答えを見て女性はにやりとした。


「あなたは廊下で急に倒れたのです。偶然通りがかった私が介抱しました。もう少しすれば救急車が駆けつけると思いますので、ここでお待ちください。私は急いでおりますので、失礼しますね」


 とても素敵な笑顔を見せて女性は去って行った。


 それからどれだけ待っても救急は来なかった。



「なんじゃったんじゃ、まったく」


 待っても仕方ないと思い、ワシは部屋をうろつき始めた。


 鏡があったので見てみる。


 そこにはワシの知らん若い男性の顔が映されておった。


「なんじゃ?」


 見ればなかなかのイケメンではないか。


 三〇代? いや、もうちょっと若いかも。


 このホテルのものと思われるガウンを着ておる。


 鏡の中の男は、ワシが動けばその通りに動いてみせる。


 どうやら死んだワシの魂はこの男の中に入り込んでしまったらしい。


 ――転生か?


 老人になってもアニメしか楽しみがなかったワシは、結構こういう世界にも理解があるのじゃ。


 しかしそれなら、「間違って死なせてしまってごめんなさい」と神様が謝って、チート能力を授けてくれるはずじゃが、そんなやりとりはなかったな。


 記憶にないだけなのかのう?


 記憶を消すとかなんとか言っておったし……



「ステータス!」


 とりあえず転生したならステータスウィンドウじゃろ。


 ワシは今、レベルいくらなのかのう?


「…………」


 しかし、いろいろ試してみたがステータスウィンドウは開かなかった。


 じゃあ、チート能力は?


 くそう、あるかもしれんが、ステータスが見れんとわからんじゃないか!


「…………」


 ってね、ワシもそこまでアニメ通りになるとは思ってないのよ。


 はああ、まあ転生してしまったことは受け入れるとして、これからどうしたもんかのう。


 せっかく若返ったんじゃから、若い女の子といちゃいちゃしまくるのもええかのう。


 街に出てナンパでもしてみるかのう。


 せっかく転生したんじゃ。


 前世では持てなかった勇気をもって生きてみるか。



 バン!!


 その時、部屋のドアが凄い勢いで開けられた。


「拳四郎さん!」


 眼鏡をかけたスーツの男が慌てて駆け込んできよった。


 彼も三〇代くらいで、ワシの肉体と同い年くらいじゃった。


「女は?」


「女? さっきまで一緒におった子かの? その子なら出て行ったところじゃ。三〇分くらい前じゃ」


「くそ、逃げられたか。まあいい、それなら時間的にもことには及んでませんね?」


「こと? ことって何じゃ?」


「あっちの話ですよ!」


「あっち?」


 もちろんじゃがワシにそんなことわかるわけないのじゃ。



 そんなことをしているうちに、何人も人が入ってきて電気機器をあれこれチェックし始めた。


「盗撮、盗聴に関わるものは存在しません!」


「よし、なんとかなった」


「どういうことなんじゃ?」


「ちょっと失礼しますよ」


 眼鏡の男はワシの口を開けると布をつっこんできた。


「もがもがもが?」


「媚薬成分を調べろ」


 布を部下らしき男に渡すと、次にはワシのパンツの中に手をつっこんできおった。


「なななな、何をするんじゃ!?」


「ふう、ことには及んでなかったと見てよさそうだ」


 眼鏡の男はワシのあれをつかんだその手を真剣な目で観察していた。


「中竹さん、媚薬が検出されました!」


「やはりそうか!」



 そして次には、洗ってないその手でぐわしとワシの顔をつかんだ。


 うぎゃー、やめて!


「拳四郎さん! しっかりしてくださいよ。当選したばっかりだというのに!」


「当選?」


「まさか、我々を欺いて女にほいほいついて行くなんて」


「は?」


「あなた、ハニートラップにかかるところだったんですよ!」


「は?」



 ハ……ハニートラップ?


 マジ?


 さっきの美人と?


 ええええ、うっそー!!?


 せっかくのチャンスだったのに!



 ワシは中竹という眼鏡の男に車でどこかに連れて行かれた。


 降りたのは古めかしい大豪邸じゃった。


 広い庭を通って建屋に入ると、大きな和室に案内された。


 その真ん中には生前のワシよりちょっと若い男が鎮座していた。


 あれ、あいつは知っとるぞ。



 昔の総理大臣、小室積こむろずみ厨二郎ちゅうじろうじゃないか!



「拳四郎、この馬鹿たれが!!」


 なんかめっちゃ怒られたのじゃが、ワシのせいじゃない。


 とはいえ相手がそう思っておるなら、ワシは「すみませんでした」と謝るくらいのことはしてやるのじゃ。


 こんこんと説教は続いたが、おかげで事情はつかめてきた。



 ワシが転生したのは元総理大臣の息子、小室積拳四郎だったのじゃ。


 現在二十七歳。


 父が政界を引退し、跡継ぎとして初の衆議院選挙に出てぶっちぎりで当選したものの、調子こいて火遊びをしようとしていたらしい。


 ところが盛られた媚薬にアレルギー反応があって死にかけた(多分、本人はこのとき死んだ)ところへワシの魂が何らかの理由で入り込んでしまったようじゃ。



「おそらくは総理の息子だということで、狙われたのだろうな。早いうちに手を付けておけば、それだけ操りやすくもなるというものだ」


 ひょう、ハニーちゃんがむこうから寄ってきてくれるなんて、総理の息子最高!


「しかし、今回の失敗でむこうも迂闊には動くことはないだろう」


「え?」


「当たり前だ。そうやすやすと同じ手に乗るバカはおらん。こちらが警戒したと向こうも判断しておる」


「そ、そうですか……」


「この件についてお前自身が軽い気持ちでしゃべってしまえば国会議員としての命は絶たれるぞ。事務所の者は誰も口外せぬ。もはやお前だけの人生ではないのだ。お前のために働いてくれている者のためにもくれぐれもくだらぬサービス精神など発揮するでないぞ」


「は、はい……」



 適当に答えながら、ワシの頭ではガーン、ガーンと何度もショックの鐘が打ち鳴らされ続けておった。


 もうワシのところにハニーちゃん来なくなっちゃったの!?


 特にあの子はワシの超タイプじゃったのに!


 ハニーちゃんといちゃいちゃしてみたかったのに!!!


 それができないなんて…………


 もう生きている意味なんてないのじゃ……


 せっかく死んで今生の煩悩から解き放たれたと思ったのに……



「だが、お前は私の息子だ。誰もが未来の総理と考えておろう。お前が国を動かすだけの力を発揮すればいずれまた敵は狙ってくるやもしれん。職責は全うしつつも、今後とも決して油断するでないぞ!」


「は、はい!」


 厨二郎の言葉で、ワシは蘇った。


 そうか、国会議員として活躍すれば、またハニーちゃんがわしのところに来るのじゃ!



 その時、ワシは誓ったのじゃ。


 ハニーちゃんに認められるためにも、立派な国会議員になって見せようと。


 むふふふふ。待っておるのじゃぞ、ハニーちゃん。

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