第13話 最南端の富士山と燃える様なキス

 私は友紀と一緒に鴨池港で大隅半島に渡る垂水たるみずフェリーを眺めている。


「懐かしいだろ……」

「う…うんっ」

「あ、あれが初見だったし、しかも真っ暗だったからな。ピンと来ないか」


 友紀は私のちょっと呆けた顔に思わず苦笑い。私は首を全力で振って否定する。確かに景色そのものの記憶には自信がなかった。

 だけど歌奈って女の子を助ける為に、夜の鹿児島湾を飛んだ思い出が消える訳がない。


 でもその海に来て何を願うつもりなのかしら……。


「里菜っ、本当に我儘で自分勝手なお願いなんだっ! 俺、またお前の翼で今度は青空の下、海の上を飛んでみたいっ!」

「ハァ!?」


 パンッと両手を私の方へ威勢よく合わせてからお願いを言ってきた。……成程、これは確かにで私の力を使いたいという事なのね。


「うーん……」


 流石に悩んだ。これはルシア姉さまだったら完全否定に違いない。


「そ、そういう事ならちょっと待ってて……」

「え…」


 私は戸惑う友紀を置いて一人駐車場へと足を運んだ。我ながら信じられない。まさかこれを着る事になろうとは。

 そもそもなんでわざわざ別のスーツケースまで用意して、その割に友紀の車に置き去りにしたのだろう。

 神がかっているとしか思えない。鴨池港のトイレを借りて少々面倒なその服に着替える。


「お待たせしました」

「り、里菜……そ、その格好どうして!?」

「ねーっ、私も信じられないって思っていた所よ」


 私が着替えた服。それは去年、晴香おばあちゃんから頂いたもの。この格好で一緒に空を飛んだのだ。

 まさかまたこれを着て友紀と一緒に鹿児島の海を飛べるなんて……。


「でも、流石にこの格好はちょっと暑いね。飛んだら涼しくなるかなあ」

「いや、ほ、本当に良いのか? お前の気持ちもだけどルシアさんに怒られるぞ」

「良いよ、飛ぶのも怒られるのも全部友紀と一緒なら……」

「り、里菜……」


 友紀がちょっと泣きそうな顔になってる。可愛いしとても嬉しい。私は目を閉じて意識を高めてゆく。


「リスベギリアト・フェニス、さあその翼を広げなさい私の中の『不死鳥』」


 私の背中から炎が飛び出し、翼の形を成してゆく。頬に赤い模様が浮かぶ。


「友紀、私も一つお願いがあるの」

「あ、ああ。何でも言ってくれ」

「じゃあ……」


 私は友紀の胸元に両手を添えて、正面から身体を預けると上目遣いで大好きな目を覗く。彼がこれに弱いのを私は良く判っていた。


「………っ!?」

「あ、あのね。抱きかかえて欲しいの。あの…荒平あらひらの時みたいに」

「そ、それで飛べるのか!?」

「あ、うんっ! それは大丈夫だよ」


 友紀は無言で力強く頷くと、私の事を優しく抱えてくれた。あの時の幸せが蘇る。


「よしっ! じゃあ、行っくよーっ!」


 私は友紀の背中から炎の翼を出して大きく広げて宙に浮かぶ。フェリーから此方を見ている人達が騒然とする。あちゃ……また揉み消しをお願いしなきゃ。


 どんどん港が離れてゆく。人も車もあっという間に小さくなる。当たり前の事なのに友紀と一緒だと、花が咲き乱れる様に心が踊る。魔法少女になった気分だ。


「また大隅向こうに渡るの?」

「いや、海に出たらこのまま南だ。また海の上を低空で。鹿児島のを目指そうっ!」

「了解ッ、里菜っ、行っきまーすっ!」


 私達は沖に出た所で薩摩半島の南に突き出た山を目指して一直線。潮の香りが心地良い。髪もスカートも大いに暴れるが気にしない。


「うわあぁぁぁっ! や、やっぱり綺麗な海っ!」

「見ろ、里菜っ! イルカの群れだっ!」

「ほ、本当だあ。私達イルカと一緒に空を飛んでるっ!」


 真っ暗な海を私の羽根で染めながら飛ぶのも幻想的で良かったけど、やっぱり青い海を見ながらはぜんっぜん違うっ! 

 友紀も大興奮しているのが全身から伝わってくる。


「友紀っ! 思いっきり、もっとしっかり抱いててよっ!」

「えっ、う、うわあぁぁぁっ!!」


 私はつい、悪戯心に火を点けた。翼の向きを変えて一気に急上昇。友紀が思わず悲鳴を上げているのが可愛い。

 そしてワザと飛ぶ力を完全に抜く。


「ちょ、ちょっ!? 里菜ぁぁぁ!! お、墜ちるーッ!!」


 私は彼の最高のリアクションに大笑い。海水に叩きつけられるギリギリまで一気に急降下。そこでまたも翼を広げて飛び始める。

 ホバークラフトの様に海水が飛び散って、私達はずぶ濡れになった。


「アッハハハッ、最っ高っ!」

「うっわぁ……な、なんて事すんだ…。お前も俺もお気に入りの服が台無しだ」

「いいのっ、楽しいでしょっ!」

「ああっ、こんなに嬉しい事はないっ!」


 私は調子に乗って何もかも置き去りにしてゆく。途中、大きな工場みたいな景色を通り過ぎる。


「あれは喜入きいれの石油コンビナートだ、どうだデカいだろ?」

「私アレは嫌い、あんなの東京の海でも見れるし」

「ハハ…な、成程な。おっといけない。此処からガツンッと上昇だ」


 友紀はそう言って喜入の方から緑に覆われた山の方を指す。私は言われた通りに高度を上げる。


「こ、これは……」

「いや、凄いな。そもそもこんな間近に見るのだって初めてなのに、こんな斜め上から開聞岳此奴を拝めるとは……。見ろ里菜っ、あれが薩摩の富士山だっ!」


 私は思わず進む事を止め、空中で静止する。薩摩半島の南端。その山は標高こそ1000mに足りないが、海抜ゼロからそそり立つその雄々しさ。

 そのには湖、池田湖の青が静かにその水を湛えている。


「ゆ、友紀。この湖と山の組合せって……」

「流石に気づいたか。そう、池田湖はカルデラ湖。そして桜島の様な派手さはないが開聞岳、此奴も立派な火山だよ」

「い、生きているんだ。この2も……」


 桜島に開聞岳かいもんだけ鹿児島この国は何という唯一無二を抱えているの?


 その美しさ、この情景を友紀と2人だけで見る至福。あ、駄目、涙が出そう……。


「里菜…」

「んっ……んんっ!?」


 友紀が不意に私の唇を奪った。ず、ズルいよ、こんなの……。の人生から紐解いたって、こんな経験した事ない。

 友紀の情熱的なキス。今も燃え続ける鹿児島……そして私自身の燃える鳥。

 こんな燃える様なくキス。きっと忘れ様がない。


 涙が溢れて止まらない、気がついたら友紀も同じだった。私達2人の涙の雨が地面に落ちて、染み込んで、やがて荒平あらひらの海に届いてくれるかな?


 友紀と一緒にこの海を育むしずくになりたい……心の底からそう感じた。

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