第12話 霧島の深緑 その2
孝則はトレノを手慣れた動きで駐車させる。やっぱり参拝客の車が多い。
「い、良いの? 境内は結構広いし階段や砂利の道もある。その足で行くのは大変じゃない?」
私は流されるままに車を降りるが、心配なので告げてみる。
「ああ……そ、そう思ったんだけどよ。何故か今になって痛みが引いてんだわ。お前の言ってたアドなんとか? テンション上がって出てるかも知れないぜ」
「う、うーん……」
私はやっぱり心配なのだが、ふと思い立ち、孝則の手を力強く握ってみる。
「ど、どぅ? アドレナリンより私の力を流してあげる」
「ははは、なんだよそれ。余程、信憑性なさそうじゃねえか……でも、アリかも知んねえ。せっかく来たんだ。行ける所まで進んでみようぜ」
「うんっ!」
駐車場から二の鳥居を抜けて表参道をゆく。途中に展望所があって、景色を背景に写真を撮る人も。天気は良いけど入道雲で桜島の向こうは遮られていた。
巨大な杉に囲まれた境内を一緒に歩んでゆくと、神様なのか、それとも手を握っている相手のお陰か? なんだか私まで力が湧いてきた気がする。
ずっと手を繋いだまま、三の鳥居を抜けると、如何にも霊験あらたかという言葉がしっくりくる本殿が見えてきた。
御神木を右側に見ながら本殿へ進む。流石にすれ違う人が多い。
手を合わせて願掛けをする所で、私達はようやく互いの手を離した。
二礼二拍一礼だっけ? かなりぎこちなくやってみた。最後の一礼で私は頭を下げつつ、チラッと隣の孝則を覗いてみた。
割と真剣な表情だ、一体何をお願いしてるの?。
「さ、帰りましょうか」
「お、おい待てよ。せっかく来たんだ。あっちの方も行ってみようぜ」
孝則はそう言うと今度は自分の方から私の手を握って引こうとする。
「山神社の方まで行くの? 私はいいけど本当に平気?」
「だってよぉ、あっちの道、如何にもって感じで面白そうだぜ」
にこやかに往く孝則に私も続く。そりゃあ私だって2人で歩けるのは正直嬉しい。
ただこの山神社への道程はこれまでの荘厳さが信じられなくなる程に、険しく細く何もない本当の山道なのだ。
ここまで来ると霊験というか、お化けが出そうな気がする。流石に霊と出くわす事はなかったが、野生の鹿と遭遇したのには驚いた。
奥まで往くとこれまた信じられない程に小さくて木の肌が剥き出しの鳥居がある。その奥に”えっ、これだけ?”って、失礼ながら思ってしまう程に矮小な、石造りの神棚らしきものがある。子供の身長よりも小さいのだ。
「なんだろうなあ……此処はもう、この山そのものが神がかってる。そんな気がしてこねえか?」
そう言いながら孝則は周囲の巨大な杉の木を見上げる。私も釣られて周囲を眺めて、大きく息を吸い込んでみた。何か不思議な力を貰えた気がして心地良い。
「おぃ紀子、ちょっとそこに立ってみなよ。畏まった感じでさ」
「え……」
変なお願いをする孝則に私は戸惑いながら、小さな鳥居の前で両手をお腹の辺りに揃えて立ってみる。
「こ、こんな感じ?」
「そそ、そのままで……」
写真でも撮るのかと思ったけど、ただ私を暫く眺めているだけなのだ。
「ああ……やっぱいい。思った通りだ」
「な、なんなのこれ?」
「本当は着物……いや巫女さんの衣装でも着せたいところだ。紀子……お前がまるで神様の使いに見えるぜ」
「な、何よそれ? は、恥ずかしいよぉ……」
他にも参拝客はいるのだ。これは流石に恥ずかしい。
「ははっ、
ここでようやくスマホで一枚だけ撮影すると、神様の使いごっこから解放してくれた。
「さ、流石に正直疲れたね」
「だなっ、ちょっと土産だけ見たら飯でも食って落ち着こうや」
私達は再び手をギュと繋いで参道を帰る。互いに穏やかな笑顔を浮かべつつ、一緒に地面を歩ける幸せを噛みしめた。
◇
「な、何これっ!? かき氷なのに桃にパインにチェリーに……なんて盛り沢山なの?」
「こ、コンビニの白熊アイスとは全然違うんだ。こんなの食べたら戻れなくなっちゃう……」
ルシアさんと里菜が幸せそうにスプーンで突いているのは天文館むじゃきの白熊だ。俺が案内した涼みの正体である。
ふわふわで大量のかき氷の上にたっぷりの練乳。そしてこれでもかと刺さっている果物達、玩具箱の様に賑やかな組合せなのだ。
「に、しても中々煮え切らない男だったわ。飛び出していったけど、今頃上手くやれてるのかしら?」
「そう言えば脚を引きづって……。あんなに酷かったなんて知らなかったよ」
孝則の事に触れるルシアさんと里菜の言葉に、俺は物言いをせずにはいられなくなる。
「2人共、それは聞き捨てならないな。何処までアイツの過去を探ったのか知らないけど……」
「え…」
「何よ、"脚なんか飾り"とでも言うつもり?」
……ルシアさん? その台詞一体何処で……。ま、まあ、良いか。
「実はその通りなんです。俺のパスをアイツはボレーシュートには出来なかった。けれど全身を転がしながら、身体でゴールに押し込んだのです」
「へぇーっ、根性あるじゃない」
「それが孝則最後の得点になりました。お陰で俺達は相手が格上なのに勝つ事が出来たんです」
俺は当時の事を思い出し、思わず拳を握って熱く語った。
「友紀君が言うなら心配要らないわね。あと……さっきは私もちょっと大人気なかったわ」
ルシアさんは白熊から外の景色へ目を移しつつ、少し暗い表情で言った。
「そ、そうだルシアさん。一体何にあそこまでの憤りを感じていたんですか?」
ルシアさんのいう後悔、それは間違いなく俺の心に聞こえてきた”気に入らない”という意識の事だろう。今なら追及しても良いかも知れない。
「あっ、バレてたのか。流石リイナの新しい彼氏ね」
「お、お姉さま……」
自分の頭を軽く小突いて舌を出すルシアさんに、里菜は恥ずかしそうな横目を送る。
「うーん……その話はまた改めてって事で良いかしら? 色んな意味で深いし。まあ、貴方ならその内分かるわ」
「あ、いえ、なんか…すいません。部外者なのに」
俺は軽く頭を下げた。しかし部外者という己の言葉に違和感を覚えた。
「いいのよ、気にしないで……それよりもリイナ。月曜日の朝には東京に戻っちゃうんでしょ? 私の方はチェックインまで適当にやってるから、2人の時間を楽しみなさい」
そう言ってルシアさんは伝票を持ってレジへ向かった。当たり前の様に驕ってくれた。そして店を出ると、行き先もつけずに俺達と反対方向に行ってしまった。
俺達の姿が見えているとは思えないが、その美しい背中に手を振った。相変わらず周囲の視線を釘付けにして去った。
「ど、どうしよっか……。あ、あの前に言ってた観覧車に行く? まあ友紀に任せるけど」
「観覧車か……」
里菜は以前桜島の展望台にて約束した場所の事を言っている。アミュプラザの観覧車は此処からでも見える所にある。近いし今行くなら造作もない。
しかし俺は観覧車よりもっと高く青い空に想いを馳せてしまった。
「ご、ごめん里菜。お、俺どうしても頼みたい事がある。いわゆる私用になるんだけど……」
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