第11話 霧島の深緑 その1

 ホテルにて図らずも孝則を見送ることになった俺達。本当に今さらなのだが、これ以上此処で目立つのは避けたいと感じ、場所を変える事を提案する。

 2人のは意外と素直に応じてくれた。


「ちょっと待って。私このホテル気に入っちゃった。フロントのお兄さん、今夜ロイヤルスイート空いてる?」


 ルシアさんは恥ずかしくなって応じた訳ではなかったらしい。それどころか堂々と今夜の宿を予約する。 


「里菜……って、いつもああなの?」

「派手な振舞いは昔から。あとお金の使いが荒くなったのは、とある財団の後ろ盾があるからなの」


 財団っ!? 本当に全てにおいて規格外の人だ。ロイヤルスイートかあ……。俺もプロで活躍したら泊まれる様になれるかな……。


「さあ、行きましょうっ! ただ外はあっついわね鹿児島ここ

「あ、それならちょうどいい涼みを御提案しますよ」

「へえー、やるじゃない……って良く見たら中々に良い男よねっ。じゃあエスコート宜しくっ!」


 ルシアさんはそう言って俺と腕を組むと、またしても破壊力抜群のウインクを飛ばしてきた。

 あ……、こ、これはいかん。お、堕ちそうだ……。


「あ、コラァーッ! いくらお姉さまでも友紀をたぶらかすのは、絶対に許さないんだからねっ!」


 里菜はすかさず逆の腕を組んでくる。遂に来たか俺のモテ期よ!?


 ◇


 孝則の愛車トレノが九州自動車道を駆ける。高速道路は鹿児島ICから溝辺みぞべ鹿児島空港IC迄。実は空港から来た時と逆のルートを辿っているのだけれど、信じられない位に速く感じた。

 全く……安全運転って約束したのにね。


 一般道に出てからも霧島市の国分こくぶ付近まで山道が続く。これもあっという間に街まで辿り着いてしまった。


 トレノも孝則も”走り足んねえよっ”って、言ってる気がしてちょっと可愛い。


 この車のボディ色はブラック。ちょっとつり目で中々のイケメン。4人乗れそうだけど決して大きな車じゃない。


「このAE111(ピンゾロ)はなあ、6速ミッションで165psなんだぜっ! 友紀のエスクードと同じ1600(テンロク)だがな、モノが違うんだよモノがっ!」


 1人興奮しながら語る孝則。ピンゾロ? ミッション? テンロク!? ごめん……ちょっと何言ってるのか分からない。

 ……でも、必ず詳しくなって語れる様になるね。


 けれど運転が巧いのはペーパードライバーの私にも判る。

 シフトチェンジがとてつなく速く、ブレーキもアクセルペダルも蹴り飛ばす様に荒々しいのに、不思議なくらい車が滑らかに動く。


 ただこんなに速く走られたら、せっかくの2人の空間があっという間に終わってしまうわ。

 けど不思議と文句を言う気にならない。心地良さと安心感すら感じてしまう。


「紀子よ、そのコーラ、1本くれるか?」

「え、あ、うん……」


 私はコンビニの袋に手を潜らせて350mlのコーラを渡す。機敏にそれを受け取ると、走りを緩めることなくプルタブを開けて飲んでいる。

 私はふと、本当に今さらな事を思い出した。


「ところでどうしてサングラスに帽子なんか……」

「………」


 とても間の抜けた質問をした事に気づいた。それは間違いなく私のせいだ。

 園田君の様に知らない人から声をかけられるのを嫌がっているんだ。


 孝則は何も返さない。私は別の話題を振る。


「脚……車なら大丈夫なの?」

「おぅ、車でもバイクでも。運転してりゃ平気なのよ。なんでだろうな?」

「そ、それって気持ち良くってアドレナリンでも出てるんじゃないの? 正直感心しないなあ」

「ハハッ、かもな……あっ、流石に道が混んできやがった。今日は土曜だからな」


 孝則の言う通り、霧島市街という事も重なってトレノの速度が極端に落ちる。

 それと共に私はようやく孝則の顔を見る落ち着きが生まれた。


 孝則の顔が高校時代に憧れた、たっちゃんのソレに変わっている事に気づいた。

 脚の話を持ち出したから? いえ…そもそも私のふざけた行為が、大事な友達すら巻き込んだ。

 いつまでも笑顔のままでいられる訳がない。


 やっぱりこの話題からは逃れられないそうにない……。いや、そもそも逃げる訳にはいかないのよ紀子。


「スマンっ……」

「え……」

「ごめんな紀子。俺……お前の期待に応えてやれなかった。ただ……これだけは聞いてくれ」

「う、うんっ…」


 周囲に気を配りながら、孝則が重そうに口を開く。

 これから言う事がきっと今日の本題なんだ。


「友紀があの時、俺にくれたラストパス。最高だった。アイツは信じてた。後は10番背負った俺が追いつき芸術的なボレーを叩き込むってな」

「………」

「俺だってそう思ったさ、けど踏み込んだ俺の左脚が悲鳴を上げちまった。足が届かなかったのは俺自身の問題なんだよ」

「分かるっ、分かるよっ! で、でももし、あの不幸がなかったから、今輝いているのは貴方だったんじゃないかってっ!」

「………」


 孝則の口が閉じてしまう。い、嫌……。もうこの人の前で綺麗事を並べるのはよそう。


「で、でも、あの不幸があったからわ、私は……たっちゃんと仲良くなれたのっ! そう思う自分が大っ嫌いなのよぉぉ……」


 私は顔を伏せてまたも大泣きする。化粧、衣装、もう着飾って偽りたくない!


 地味だったけど真っ直ぐに声援を送ってた、ただの女子高生に戻りたいよ。


「最低なのは私。園田君に罪を擦りつけて、脚が完治してない事も知りながら、貴方を再びフィールドに上げようとした」

「の、紀子……」

「霧島神宮もそうよ、天照大神あまてらすおおのかみなら貴方を再びピッチに立たせてくれると勝手に願っただけ……。緑が好き? 神様が好き? そんなの大嘘よ!」

「紀子……もうよせ」


 孝則は素早くハザードランプを点滅させると、少々強引に停車する。

 後続の車が驚いたらしく、文句代わりのクラクションを鳴らしていった。


「良いんだよ、気にすんな。俺だってカッコつけてお前を捨てようとしたからチャラ…っていうのは虫が良すぎるか」

「そ、そんなこと……」


 号泣の訴えを止めない私の事を孝則はギュっと抱いた。


「た、たっちゃん?」

「ありがとう紀子……でもホントに良いんだ。天照大神とやらは確か女の神様だよなぁ……」

「え…あ、うん?」

「俺は神様なんかよりお前がいいっ! 霧島の様な緑に染まった紀子は素敵だ。だけど素のままでいいんだよ、俺なんかにゃ勿体ねえ」


 孝則は見上げる私の顔を覗き込んで、そう言ってくれた。

 これ迄の想い出が走馬灯の様に私の心を駆け巡ってゆく。


 あぁ……駄目、そんな優しい顔で私を見ないで。


「だ、駄目か…こんなんじゃ?」


 ちょっと苦笑いを浮かべながら恥ずかしそうに許しを請う孝則が、愛おしくて仕方がない。


「た、たっちゃんっ! うわぁぁァァァ! や、やっとありがとうって言ってくれたっ!」

「そ、そうだっけ?」

「そうよ、アンタいつも謝ってばかり。"スマン"、"ごめんな"……そればっかりだったんだから」


 もう構うもんですか、この胸もトレノのシートも私の涙でグチャグチャにしてやるんだ。


 本当に涙枯れるまでというのはこういう事を言うのだろう。もうどれ位の時が流れたのか分からない。


 とても不謹慎だけど孝則と依りを戻したいという神様への願いは成就した。けれどトレノは構わず赤い大鳥居を潜り抜けていった。

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