第8話 消えた若葉と金髪の美女

 それから日が暮れる午後6時半頃までスパで過ごした俺等4人。俺は里菜と2人っきりを満喫したので、孝則と逢沢さんがその後、どんなやり取りをしたのかは知らない。


 スパを出た後、里菜と逢沢さんはホテルのディナーを満喫した方が良いだろうという事で、里菜は俺が、逢沢さんは孝則の車でそれぞれに送った。

 密室の車の中、たかが30分足らず時間をどうしていたかも知らない。


 俺等男2人はホテルになるべく近い漫画喫茶に車を駐車。その後は市電に乗りつつ、天文館通りへ夜遊びに繰り出した。

 とは言え同じ鹿児島ながら滅多に訪れない場所。ネット検索にしか頼れないのは情けない。


 取り合えず名前に惹かれた『駅裏※だいやめきっちん かくれ家』の暖簾をくぐり4人座れる個室を取って※地鶏の炭火焼と刺身の盛り合わせで一杯始める。

 ※だいやめ⇒鹿児島弁で晩酌を指す。

 ※真っ黒に炭火で焼いた腿肉。塩コショウのシンプルな味付けながら実に美味い。


 此処でも俺は散々に孝則を叱り散らした後に笑い飛ばしてやった。


「こんばんはっ! やってますかっ!」


 午後8時半頃、俺と孝則は合流してきた逢沢さんに背中をポンッと叩かれた。続く里菜も笑顔だったので昼間の事は打ち解けた様でホッとする。

 もう2人とも腹は満ちてるという事で、店を出てカラオケに移動する。4人揃って喉を潰すまで歌い尽くした。


 途中飲み足りなくなってアルコール飲み放題付に切り替えると、一番元気なのは逢沢さんだった。


「えっ? 今夜は逃がしませんよ?」


「飲みが足りないよっ! たっちゃんっ!」


 と、まあ酔いどきのありがちな文句だが、綺麗な彼女にこれをやられると此方も”おっ? やんのか?”的な気分になる。

 そこへ負けじと里菜が乱入する。


「ノリちゃんのお酒は飲めても、私の注ぐ酒が飲めないってどういう事かしら?」


「えっ? 帰れない? 帰らなきゃいいだけの話よね?」


 と、色仕掛けでガンガン煽りまくる。終いにゃもう勢いで行っちゃおうかっ! ……って冗談なのか本気なのか分からない危ない発言まで飛び出す始末だ。


 こんな”朝まで行っちゃえ”的なノリを受け止められる天文館という場所。子供も大人も受け入れてしまう包容力があるので、本当にな遊び場なのだ。


 深夜3時頃まで騒ぎ尽くしたが、流石に今朝の出立が速かった女性陣2人が眠くなりお開きにした。


 因みに俺は何度か知らない人に”マリノス入団おめでとうっ!”とか、”名古屋との試合、最高だったぜっ!”といった声を掛けて貰い、慌てて頭を下げる一幕もあった。


 まだプロの舞台で活躍した訳じゃないから良いが、それが現実になるといよいよ里菜と遊びづらくなるなと、捕らぬ狸の皮算用なんとやらを心配した。


 ◇


 私はスマホのうるさい着信音にうなされる夢を見ている。

 えっ? 上司? 会社? 嘘? どうして……?


「……はっ!」


 私は大慌てで音を鳴らす主を探す。見つけたっ! な、何でトイレなのよぉ。私帰った時に吐いたのかしら?


(うわーっ、着信履歴が半端ない……)

「も、もしもし……」

「あ、わ、悪い里菜。何度も鳴らして起こしちまって……」

「こ、こっちこそごめんねっ! 化粧も落とさず爆睡しちゃったみたい…」


 服すら着替えていない事にも気づく。そもそもどうやってホテルに戻れたのかすら覚えていなかった。きっと相部屋の紀子が送って……。


 そ、そうだっ! 紀子っ! 紀子はどこっ?


「ど、どうした里菜?」

「ノリちゃんっ! 紀子がどこにもいないのっ!」

「なんだって!?」


 友紀がLINEメッセージを使わずに何度も通話連絡を寄越してきたのだ。余程の事が向こうにもあったに違いない。

 けれど友紀は孝則君を連れて今すぐホテルに向かうと言ってくれた。


 朝食バイキングか温泉にでも向かったのかと思ったけれどアテがハズレた。彼女の荷物すらなかったのだ。


「り、里菜っ!」

「ゆ、友紀っ!」


 私達はホテルのロビーで数時間ぶりに再会し抱き合った。たったの数刻だというのに、お互いに生じた出来事に随分と会ってなかった様な……。

 1人きりの不安が友紀の中に溶け込む事で、とても救われた想いがした。


「と、とにかく話だ。お互いの出来事をまとめようぜ」


 友紀と同じく息を切らしながら来てくれた孝則君がそう言って、ロビーにあった一組のテーブルへと誘う。

 友紀と私は頷いて彼の指示に従った。


「何かお飲み物でも……」

「あ、じゃあ私はアイスティーを」

「俺はホット珈琲、ブラックで。孝則たっくんは?」

「俺も同じのお願いします」


 ホテルの女性フロントスタッフに私達は飲み物を注文する。ありがたいサービスだけれど飲んでる場合ではない気分だ。


 私は紀子を色々と思い当たる節で探してみたが、見つけられなかった事を2人に伝える。警察を呼ぼうか迷ったが、昨日の扱いにくい話の後なのでこれも相談してからと思ったのだ。


 一方、その2人からも奇妙な事を告げられた。


「俺、朝5時頃に親父に電話で起こされてさ。こっちの都合はお構いなしにかけてくるんだ。まあ、そんな事はいい……」

「うん……」

「親父はこう言ったんだ。いいか友紀、店休めんのは月曜までの約束だからな。溜まってる分、車検整備は任せたぞっ…てな」

「え……」

「俺は園田ガレージの社員じゃない。孝則に電話をかけた気になってんじゃないかって思ったんだが……」


 そして次、孝則君が口を開く。貰った珈琲を1人だけ飲んでいるのが彼らしい。


「漫画喫茶の朝食を食べようとロビーの方に向かったんだ。そしたら知らない男の子に突然声をかけられてよぉ。”あ、仮屋園さんですよね? 僕憧れてサッカー始めたんです。マリノスでも頑張ってください”…だとよ」

「ええっ?」

「俺と友紀、間違いようがねえんだが……。まだ酔いが抜けてねえかと思ったよ」


 孝則君が友紀と自分の顔を交互に指差しながらの説明だった。

 突如、私の視界が真っ暗になる。


「だーーれだっ」

「えっ、えっ? そ、その声まさかっ!?」


 私は声の主を知っている。金髪と右目に泣きぼくろのある人。私が14歳のリイナであった数十年前と全く変わりのない美しさを誇る女性だ。

 そのエメラルドグリーンの瞳には女性である私ですら逆らえない。


 でもどうして此処に現れたのか? 何しろ既に状況を飲み込めない私の心に弓矢を飛ばしてきたような衝撃。


「おぉぉぉ……お姉さまぁぁ!?」

「ピンポーン、ハァーイ、お久しぶり。それが今のリイナなのね。前から可愛かったけど、こっちも中々に素敵じゃないっ」


 私は多分、鈴木里菜になってから一番驚いた顔で振り向いていたと思う。お姉さまはサングラスを上にずらしてウインクを返すと、私の事をぬいぐるみの様に抱きしめた。


 間違いない。格好こそ現代の姿をしているが私の永遠の憧れの女性。ルシアお姉さまがそこにいた。

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