第7話 らしくないぞっ!
俺と孝則はさっさと水着に着替え、先に横になれる泡風呂でダラリとしている。そりゃあ男の準備は楽だ。
ダラリとしている割には実に落ち着かなくキョロキョロとしてしまう。今日は平日、客も少なくお目当ての2人以外に目に止まる女性客はいなかった。
「お、お待たせしました…」
「やっほーっ!」
キターーーッ!!
里菜と逢沢さんだ。2人ともビキニである。
里菜の方は空を思わせる水色が基調で、胸の方には白い大きなリボンが真ん中にあしらわれている。腰の方にはパレオがあるが、結んでいる感じで外す事も出来そうだ。
全体的に可愛い印象で清楚な里菜によく似合っている。
一方、逢沢さんはというと、やはり緑がお好みなのか若葉を思わせる色合いだ。此方は胸元がクロス状になっている以外、布の量が少なくビキニの手本といった感じ。
そしてとにかく想像以上にスタイルを活かした抜群の破壊力だ。水着がはち切れんばかりである。けれど何故か当人は恥じらっているのか、此方にあまり目を合わせようとしない。
「クハーッ! た、たまんねえなあ。なあ友紀よっ! 魅せて貰ったよっ、これが都会女性の破壊力かっ!」
「あ、ああ、そうだな……」
「何だあ? ノリが悪いぞ、このムッツリ野郎がっ」
孝則はもう大興奮。どこかで聞いた様な台詞を弄りながら大はしゃぎだ。俺は脱いだ逢沢さんが見せる違和感に頭を巡らせていたのだ。
「友紀っ! そこのジャグジーに入ろうよっ!」
「あ、うん、そうだな。行こう」
しかし久しぶりの里菜…いや、初めての水着里菜に腕を引かれてしまっては逆らう気にもなれない。む、胸が腕に……。
「の、紀子さん。お、俺達は彼方で外の景色でも見ながらどうッスか?」
「は、はい。喜んで…」
孝則が早速逢沢さんを誘って俺達と少し距離を置こうと動き出す。逢沢さんがついてゆく様子が見えた。
これ以上詮索して邪魔をしても生産性はないかも知れない。
落ち着こう…そう思い始めていた矢先、里菜の執拗な追及が始まってゆく。
◇
何だかさっきから友紀ったら、紀子の方を見てる気がする…。水着の私という最強(?)の組み合わせが目の前にいるというのに、心ここに在らずといったこの態度は一体何!?
「
「ハァ!?」
「だってお主っ! 私というものが在りながら何をそんなに浮ついておるのだっ! ははぁ…そうか、既にもう全部見ているから水着なぞ今さらと?」
我ながら頭のおかしな言葉を使って友紀を追い詰めようとしている。身体を思い切り寄せて挑発する。
「ま、待ってくれ。ご、誤解だぁ!」
「ふーん……ならば弁解の余地をやろうではないか」
「あ、逢沢さんってさぁ…どこの出身だか知ってる?」
ムムッ! 何を言い出すかと思えば紀子の出身!? 私は友紀の両こめかみをグーでグリグリッと潰しにかかる。
「やっぱりノリちゃんの事、気になっているんじゃないのッ!」
「話を聞けーッ! あの子、鹿児島訛りがある気がするんだっ!」
「え……」
私が力を込めるを止めたので、友紀は抜け出して向かいに座った。
「あのな、高校生の頃に
「う、うんっ…」
「だけどあの喋り方、何より孝則の前で恥じらうあの感じ。さらに水着になって化粧を落としたあの顔…。だがそんな事って……」
私はようやく友紀の不可解な動きの意味に気がついた。暴走してた自分が恥ずかしい。
仮にノリちゃんが孝則君の昔の彼女だったとして、それに気づいて貰えないのだとしたら……。
「行こうっ、友紀」
「へっ? ど、どこへ?」
私はジャグジーからサッサと出ると友紀を引っ張り出そうとした。友紀は逆らわずにザバーッと出てきた。
さらに私は速い足取りで二人のいる方へと向かう。友紀もどうやら察したらしい。
外の景色に視線を送る二人の間に仁王立ちで割って入った。
「り、里菜?」
「里菜ちゃん、ど、どうした?」
私の心配は的中したらしい。私は思わず溜息をこぼした。
「孝則君っ! アナタ目の前の女の子の事、本っ当に覚えていないの!?」
「えっ!?」
「それにノリちゃん、何しおらしくなってるのよっ、すっごくらしくないっ!」
「り、里菜……」
孝則君はオロオロするばかりで未だに状況が飲み込めていないらしい。紀子は突然、自分の顔と髪の毛をザブザブと濡らし始めた。
跳ねていた髪が水に負けて身体に全てが纏わりつく様になると、それを後頭部の辺りで両手でキュと絞めて、ポニテの様な形を作った。
孝則君の真正面でとても恥ずかしそうに目を合わせる。
「た、たっちゃん。久しぶぃ(ひさしぶり)……」
わざとらしい程の鹿児島訛りでそう告げた。顔が真っ赤でちょっと泣きそうだ。
「え……えぇぇぇっ!? の、紀子ぉぉ!? お、お前なのか!?」
スパの中だ。孝則君の大きな声が響き渡る。周囲の視線も集中する。顔を真っ赤にした紀子は小さく頷いた。
「い、いや、だってお前”逢沢”……」
「お、親が再婚して名前が変わったの。ご、ごめんね…さ、流石に気がつくと思ってい…言い出しづらくなっちゃった」
私は頭を抱えてしまった。確かに高校時代の紀子を知らないけど、友達の友紀ですら違和感があったのに、自分の元カノに気がつかないだなんて……。
その友紀がトロピカルジュース的なものを両手に持って戻って来た。それぞれにストローが2本づつ差してある。
「いや、見違えたな紀子さん。俺、そんなに交友なかったし、正直自信がなかったよ」
「園田君……」
「
友紀はそう言って一つだけテーブルの上に飲み物を置くと、私の事だけ手招きした。
孝則君と紀子は一度改めて顔を合わせてから浴槽から上がってくる。
それを見届けた私は流石にもう大丈夫だと思い、友紀の招きに応じる事にした。
友紀は浴槽の淵に座っていた。私はその隣に身体を預ける様に座る。
「気が利くのね、流石私の彼氏」
「なんだよそれ、俺の事を褒めてないだろう……」
「そんな事ないよっ」
私はそう言ってもっと身体を友紀に押しつける。やっと2人きりになれたいう嬉しみが一番大きいのが本音だ。
友紀の鼓動が伝わってくる。心地良い……。
「どぅ? 自慢の彼女の初水着を見た御感想は?」
「んっ……き、綺麗だ、とても……」
友紀の声が実に聞き取りづらい。多分、息が荒くなりそうなのを必死に堪えながら喋ろうとしている。
そんな事、心の中が読めなくても理解出来る。……だって、私も同じだから。
「そ、それだけ?」
私は上目遣いで追い打ちをかけてみる。我ながら意地が悪い。
「あっ……」
すると友紀は私の肩を痛い程に抱きしめた。これが返答だと言わんばかりに。
「えへへっ、ありがとっ……。大好きだよっ」
私の中が友紀で満たされてゆく幸せ。此処が公共の場だとかそんな事は最早どうでも良かった。
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