第6話 突然のフライト
さっき時刻を確認してから、さらに1時間も経過している。ようやく私の身体は落ち着いたのか、正直寝たい気分が勝りつつあった。
「だ、だったらさ、一緒にプール行かない?」
「え……だってもう夏も終わりじゃない」
「大丈夫っ、まだやってるとこ知ってるからさあ。今年水着新調したのに、このまま夏が終わるなんて悲しすぎるのよーっ」
まあ紀子の気持ち分からなくもない。だけどいよいよ明日話せばいいんじゃないかって思えて、ちょっと苛立ってしまう。
何をそこまで焦っているのだろう……。
私はボーっとした頭で、ふとちょっとした意地悪を提案する事にした。
「じゃあ…分かった。但し条件をつけるよ」
「条件?」
「そ、私、本当は夏休みに彼氏の所に行くつもりだったの。それをおじゃんにするのは流石になあ……ってね。そこでなんだけどさ」
「う、うんっ……」
「一緒に鹿児島に行くってのはどぅ? それだったら問題ないよ」
我ながら無茶苦茶な事を言っていると自覚している。いきなり言われて承諾出来る場所じゃない。
「鹿児島かぁ………うんっ、分かったっ!」
「え……」
「分かりましたって言ってるのよ。その代わり私も提案っ!」
「ハァ!?」
条件に条件を返す。ちょっと意味分かんないって気分だけど取り合えず聞いてみる。
「彼氏のお友達紹介してっ! お願いっ!」
スマホの向こうで両手を合わせている紀子がいる。そもそも来ないだろうという意地悪の上に乗せた話だから、付き合ってる同士に混ざるのが辛いのは良く判る。
「りょーかいっ、じゃあちょっと聞いてみるから続きは明日でいい? 私ももう眠くて……」
「あーっ、ゴメンゴメンっ。じゃあまた明日ねーっ、おやすみーっ」
「ふわぁ…おやすみなさい…」
通話が終わってすぐ、私は友紀にLINEを送った。まさかすぐに既読がつくとは思っておらず、説明するのにまた睡眠を削る羽目になった。
◇
2019年8月30日金曜日午前8時半。私と紀子は羽田空港から空の人になった。8月も終わりになれば意外な程チケットは安価だった。案ずるより産むが安し。
考えてみたらむしろ紀子のお陰で再び鹿児島に行く決心を貰った気さえしてきた。
1時間半位のフライトで鹿児島が見えてくる。天候は晴れ、白い雲に混ざる黒い煙は例の暴れん坊が噴いたものなのだろうか。
濃い緑の上を旋回しながら着陸が近づく。あれが有名な知覧の茶畑なのだろうか?
鹿児島空港は山の中にある。まるで山に突っ込んでゆく様なランディングはどうしても緊張する。
「あーっ!」
「あっつーいっ!」
涼しかった飛行機を出て空港と旅客機を繋ぐ通路に出た途端、南国の暑さに私達は声を上げた。此処だけエアコンがないのだ。
預けていた手荷物を受け取り、自動ドアの向こうを見ると、手を振ってる彼を見つけた。
「友紀ーっ!」
「里菜っ!」
私は人目も気にせず、両手を広げた友紀の胸に跳び込んだ。懐かしい……友紀の匂いだ。思わず涙が出そう……。
「り、里菜……」
友紀はちょっと困った顔をしている。自分から誘っておいて? と感じたが今回は連れがいる事をすっかり忘れていた。
顔を真っ赤にしながら私は手を引っ込めた。友紀も噴火直後の桜島みたいに真っ赤だった。
「は、初めまして。逢沢紀子です」
「あ、そ、園田友紀です。鹿児島へようこそ。駐車場に車があります。スーツケースはカートで僕が運びますね」
何か友紀の態度が異様に紳士な気がする。初見だからよそよそしいのは判る。けれど何か不思議なものを見ている様な、そんな感じだ。
私は正直ちょっと不信感を抱いてしまった。
◇
んんっ? 何故だろう、この子どこかで見た気がする。それに少し訛っていないか? 東京出身じゃないのだろうか。
俺はとにかく2人を愛車へと連れて行く。いつも思うがこの駐車場にワザと作ったらしい凸凹は煩わしい。
「うわぁ、オープンカーなんですね。乗るの初めてですっ!」
「あ……いえ、ただでさえ暑いのにごめんなさいっ。走れば涼しくなる筈です」
俺の愛車をみて早々、やけにいいリアクションをする逢沢さん。悪い気はしない。
「えっと、今回は市内のホテルを予約してあるんだよな?」
「そそっ、良さげなプールも鹿児島市だったし。それに休みも4日しか取れなかったから思い切って『SHIROYAMA Hotel KAGOSHIMA』にしちゃった。送迎宜しく」
なんか里菜の態度が不愛想に思える。助手席にドカッと座り、ちょっと乱暴気味にドアを閉められた。
「り、了解。じゃあホテル経由のスパランドで良いんだな?」
「そ……あ、それからお腹空いちゃったからドライブスルー見つけたら寄って下さいな。未来のJリーガー様」
な、なんなんだ? 何が気に入らない? それからJリーガーという言葉にルームミラーに映る逢沢さんの顔が少し暗くなった気がした。
さっさと高速道路に乗って鹿児島市を目指す。里菜要望のドライブスルーは、桜島SAにさせて貰った。その方が余程効率的で美味しい食事が選べるのだ。
そしてホテルに到着。
桜島と鹿児島市内を一望しながらの露天風呂が楽しめる。だが俺は泊った事がない。地元だしこれまで泊る理由すらなかった。
そして『スパランドら・ら・ら』に着いたのは大体午後2時。鹿児島市だと本当に移動が楽だ。ついでに言うと此処に来た事もない。存在すら知らなかった。
ここで待ち合わせをしている野郎がいる。逢沢さん以外、今さら紹介するまでもない男だ。
「おおっ、待ってたぜっ! 里菜ちゃん久しぶりっ!」
「ひっさしぶりっ! 孝則くーんっ!」
孝則の顔を見て急に里菜のテンションが爆上がりした気がする。なんですか、これ?
「で、ええとそちらのまたオシャレな美人様が……」
「あ、逢沢紀子です。今日は突然お邪魔して……」
「とっ、とんでもないっ! まさかこんな綺麗な方とご一緒出来るとは……。友紀よ、ようやく俺にも春が来たぜっ!」
「「いや……もう夏の終わりだからさ」」
歓喜する孝則に俺と里菜の冷やかな突っ込みが重なった。まあ、孝則の気分は判る。
跳ねた毛先だけ緑に染めて、全体的にはグレー系の髪。里菜より一回り高い身長はスタイル抜群で、ホットパンツが魅力的な腰を一層際立たせている。
緑のアクセントが好きなのだろうか、緑色のカラコンにマニュキアも緑。
里菜との再会で舞い上がりスルー気味だったが、もしこんな女性にすれ違ったら間違いなく目で追ってしまうだろう。
「ほーらっ、早く行きましょうっ」
「あ、ああ……そうだな」
里菜に背中を押されてしまった。俺の視線が逢沢さんに流れたのがまるでバレてしまったかの様な荒々しさであった。
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