第4話 2周目
明けた後、同じ日の夜の事。
昨夜一睡もしてない俺だったが色々と頭が巡り、どうにも眠れる気がしなかった。
愛車をとばして、かつて里菜と訪れた『
今宵の空には雲が少なく、夏の星座と天の川すら見えていた。
(んっ?)
独特の排気音が上がって来る。間違いなく車ではない。
さらにその音は4サイクルエンジン※じゃ絶対にありえない白い煙を掃き出していた。
※細かく書くとキリがないので内燃機関の一種とさせて頂く。
1灯のヘッドライトの動きが身の毛もよだつ程に速い。全てのコーナーに対し、路面に倒れる程押しつけて曲がってくる。
けれど操る本人は路面に大してほぼ直立の姿勢。モタード※特有のコーナリングだ。
※オフロードバイクを舗装路面で速く走れる様に改造する事。
初見なら峠の幽霊にでも出くわしたかと錯覚するのかも知れないが、俺は此奴の事を嫌になるほど良く知っていた。
此方に近寄るギリギリまでその勢いは止まらない。フルブレーキと共にバイクを寝かしながら此方に突っ込んでくる。
焼けるタイヤの匂いと排ガスが混ざって鼻をつく。
残り1mという所でようやく停車した。
「相変わらずあっぶねえなっ。俺の大事な愛機のケツに突っ込んだら許さねえぞ」
「何だよ友紀、昨日あんな時間まで飲んだってのに走りに来たのか?」
ニヤニヤしながら指摘した俺の回答になってない。まあ俺自身、此奴のバイクがあれしきの事で破綻するなんて思ってはいない。
「よう、
「ああっ!? テメエにだけは言われたくねえな。そんな車でケツを流して走ってるアタマおかしい奴にはなっ」
言いながらバイクから飛び降りると、フルフェイスのメットを脱いで白い歯を見せた。
バイクはHONDA CRM250ARのモタード仕様。悔しいが此奴等には上りでも下りでも勝てた事がないし、恐らくこの先もありえないだろう。
「うーん、正確にはあれから一睡もしてねぇ。だけど寝れる気しなくてな。それにお前も大して寝てないだろうが」
「今夜は店の定休日だ。こんなに月の綺麗な晩に走らねえって選択肢はありえねえんだよ」
孝則はそう言って空を見上げる。まあ、俺も此奴も星を眺める様な高尚な趣味は持ち合わせていない。
早い話が天気が良いし、走ればスッキリしそうだから此処へ来た。俺達にとって走りたい以上の目的は大抵後付けである。
「待て待て友紀、あんな時間に帰って寝てねぇなんて、さてはお前、"寝落ちもちもち"って奴でもしてたのか? 正直良く知らんけど」
「あー……」
孝則の突っ込みに俺は返答に困った。お互いが眠れなくて、布団に入りながら寝るまで語り合うのが”寝落ちもちもち”ではなかろうか?
昨夜のそれ、俺は眠る気が全くなかったのだが。けれどそう言われてみれば少し如何わしい行為に及んでいた様な、そんな気にもなってきた。
里菜は一体どんな姿で俺との会話をしていたのだろう。
布団に潜っていたのは恐らく違いない。パジャマか? ジャージか? まだ暑いからまさかの……。
いかん、何考えてんだ友紀よ。
「あーっ、おぃっ! 当たりかよ。全くもっていい御身分なこって」
「は、話を聞いてやっただけだ……」
頭を抱えて茶化してくる孝則に対し、俺は思わず顔を背ける。昨夜の再現シーンを見ている様だ。
しかし冷静になってみれば俺と里菜はもう付き合っている訳で、後ろめたい事など何もない筈だ。
「と、ところでよぉ……」
「んっ、なんだよ?」
「昨日の今日だ。つまらねえ話をき、聞きたくはないよな?」
こめかみの辺りを引っ搔きながら、話を切り出していいものか戸惑っているらしい。
らしくない……昨夜と言い、孝則が本当にらしくない。
そんなフリをされたら、話を聞かずにはいられないではないか。
「別に構わないよ。一体何だ?」
俺は話が長くなる気がして、車のリヤバンパーの上に腰を下ろす。孝則は地面に座りつつ、バイクにもたれかかりながら口を開いた。
「相変わらず憶測を出ない話なんだけどな……ただ、この仮説が正しいとしたら全て話が繋がっちまうんだ」
「え……」
孝則は吸い終わった煙草をバイクのチャンバーに擦り付け、火を消してから続ける。
「友紀、お前は
「何となくな。もう一つ違う現実が存在するって話だろ? 何でそんな事になるのかは知らん」
「いや、俺だって似た様なもんだ。まあ、要するに何が言いたいかって、この世界は2周目なんじゃないかって話だ」
「ハァ!? いよいよらしくねえぞ。お前は見たものしか信じないんじゃなかったのか?」
「そう、だからこそだ……」
孝則は一瞬、夜空を見上げてからさらに続ける。
「俺は確かに歌奈ちゃんが水死体で発見されるニュースを見た記憶がある。鈴木里菜がフェリーから転落したニュースも確かに見た。夢や幻だとは到底思えねえ」
「…………」
「ついでに言うと、お前もこの間、桜島での多重事故の事をニュースやラジオじゃないけど確かに見た、そう言ってたな」
「ああ、そうだ。未来が見えたとしか思えない様な出来事だったよ」
「果たして本当にそうだろうか? お前が見たもの。そして俺が見たもの。これが全て1周目の現実だったとしたら……」
「な、ど、どういう事だ!?」
二本目の煙草に火を点けて、それで俺を指しながら孝則はそんな事を告げた。
「訳分かんねえ事言ってると思うぜ。でもよ、未来予知なんてそんな大それた同じ能力が、俺にもそしてお前にも突如芽生えた。そんな事がありえるだろうか」
確かに判る話だ。けれど同じ歴史が繰り返されているという方が、余程非現実な話だと感じる。
「それよりも俺達がこの世界の2周目を生きてる人間だとしたら。既に1周目を終えてきたのだと仮定するんだ」
「単純に昔の歴史を元に対処法を考えただけ? それがお前の言う昔が見えるの能力の正体!?」
「そういう事。そしてこの手の話で良く聞くのは、2周目の人間は1周目の経験を大抵知っているらしい」
そう言って2本目の煙草の火を消した孝則。しかし3本目が見つからないらしい。
ポケットというポケットを叩き、さらに手を突っ込んで確かめる。
ない事に気がついたのか、深い溜息を吐いた。
「だがそういう話って大概能力者本人だけが知っているってヤツだろ? 自身がタイムリープして、その何周目とやらを作ってるから……」
言いながら俺はハッとする。
里菜に出会って以来、俺は異常な視力の能力に目覚め、彼女の心の声を確かに聞いたではないか。
孝則が何かの能力に目覚めても不思議じゃないかも知れない。
「俺は1人でこんな仮説を立てられるほど器用じゃねえ」
そう言って孝則は1冊の雑誌を俺に放り投げた。
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