第2話 レトロ魔法の世界へようこそ

 何もないし誰もいない荒野で領地運営という名の療養生活に入ったイブリット。

 だが、専属メイドであるタニアから屋敷で発見したという本を手に取り、早速目を通してみる。


「どうやら、魔法史関連の本みたいね」

「歴史の本ですか……私にはちょっと難しい内容ですね。おまけにこれってこの辺りの言語じゃないですよね?」

「古代文字で書かれているみたいね」

「なるほどぉ……ますます難しいです」

「というより、興味がないだけじゃない?」

「……えへへ~」


 愛嬌で誤魔化そうとするタニア。

 それはイブリットが知り合った頃からの彼女の武器だったが、笑って誤魔化そうとする彼女の気持ちも分からないではない。

 この本を最初から最後まで読むには、翻訳をする必要があるからだ。


「まあ、いいけどね。私としてはこっちのジャンルはほとんど手をつけていなかったらちょうどいいわ」

「でしたら、一室を書斎にしませんか?」

「あら、いいわね」

「なら、早速取りかかります!」

「熱心なのはいいけど、今日はもう寝ましょう。長旅で疲れたんじゃない?」

「うっ……そうですね。明日から気合を入れてお掃除します!」


 いつもは空回りするくらい元気なタニアがすんなり受け入れるあたり、本当に疲れているのだろう安とイブリットは思う。

 とりあえず、今後については明日になってから考えることにして、今日はお互いそれぞれの部屋に戻って休むこととなった。


 

 自室にあるベッドの上に仰向けとなりながら、イブリットはタニアからもらった本の続きを少しだけ読むことにした。

 現代語ではないため、実家から持ち込んだ古代文字に関する解説書を参考にしながらひと文字ひと文字解読していく。

 あまり夜更かししてもいけないので、冒頭十ページほどにとどめておくことにした。

 まず、五ページにわたって魔法の歴史が簡単に説明されている。


「へぇ……」


 この世界における魔法の歴史に関する本ということで、面白そうだとページをめくる前から関心を持っていたが、想像以上に引き込まれる内容だった。


 かつて、魔法には大きな変革が起きていた。 

 そもそも、魔法とは今から百年以上前――この世界のあちらこちらに出現した超巨大モンスターを倒すために生みだされている。

当時は人間よりも遥かに大きなモンスターを倒すため、何よりも火力が求められており、その結果、長ったらしい詠唱や複雑な魔法陣を駆使していたと記録に残されている。

 しかし、巨大モンスターが数を減らし、ほとんど見られないようになると、今度は戦う対象が人間へと移り変わる。


――そう。

領地を奪い合う人間同士の「戦争」が始まったのだ。


むろん、世界中の国がいがみ合っているわけではなく、同盟を結んで協力関係を築いているところもある。近年ではその動きが広がりを見せ、各国が「平和主義」に傾きつつあるらしいが……未だに国家間で緊張状態が続いている場所も珍しくはないという。

これが、魔法という存在を大きく変えるきっかけとなった。

 戦争では戦う相手が人間になるため、火力よりも効率化が求められるようになったのだ。つまり、一撃必殺の強力さよりも、誰でもパパッと使える手軽さが必要となった――言ってみれば、質より量を求める時代になったのである。


 これにより、かつて超巨大モンスター討伐に使用されたド派手かつ高火力の魔法は、その発動の遅さや消費する魔力量の多大さから次第に廃れ、忘れさられていった。しまいには現代魔法の足元にも及ばない【最低最悪の魔法】なんて揶揄されるようになったという。今では懐古の意味を込めて【レトロ魔法】なんて呼ばれ方もするらしい。


「レトロ魔法、か……」


 控えめサイズの胸に本を置き、イブリットは呟いた。


「なんだろう――凄くロマンを感じる」


 魔力が乏しい脳筋一族に生まれた自分では、感覚に頼り、多くの魔力を消費する現代魔法は扱いづらい。しかし、詠唱を用いることで魔力消費を抑えることができるレトロ魔法ならば扱えるかもしれないと考えた。


「物は試しね。ちょっとやってみようかしら」


翻訳した後半五ページには、基本的なレトロ魔法の使い方が載っていた。


「えぇっと……とりあえず、暴走しても被害が小さく住みそうな水魔法にしてみようかしら」


 炎や風だと甚大な被害に発展しそうなので、まずは水魔法を試してみることに。

 というわけで、早速本を読んで魔法の扱い方を学ぶ。


「何々……魔力を指先に集中させて――」


詠唱を読み上げながら、実際にその通りにやってみる。

やがて、魔力を集中させている人差し指の先端から淡く白い豆粒サイズの光球が現れた。大きさは豆粒くらいだが――間違いなく、これは魔力の塊だ。


「これが水魔法になるのね」


本に書いてあるように、子ども並みの魔力しかないイブリットでも容易にできた。

とはいえ、さすがに簡単すぎることもあってか、絵面が地味だ。感覚的には指先に水滴がついている感じで、とても戦闘に使えるとは思えない。

イブリットはどうしようかと迷った末、実家から持ってきて今は机の上に置いてある花瓶に向かってその水魔法を放ってみる。

すると、


「わわっ!?」


 花瓶から大量の水があふれ出てきた。


「と、止まれ!」


 慌てて魔力を遮断し、魔法を強制終了させる。

 詠唱を唱える手間はあるものの、あの魔力量でこれほどの効果が得られるとは。いい意味でイブリットの期待を裏切る成果となった。


「い、一応、成功なの、かな?」


 水浸しになった床を眺めながら、イブリットは呟く。よくて水鉄砲くらいの勢いかと想像していたが、それ以上の破壊力で未だに胸が高鳴っている。

 

「私にも……魔法が使える……」


 震える体をしずめるように、イブリットは上着の袖をギュッと握りしめる。

 そしてこの瞬間――ある決意が芽生える。


「――決めた。基礎魔法の習得を目指しつつ、このレトロ魔法をマスターする!」


 新しい目標ができたことで、俄然ヤル気が出てきた。

 今後も翻訳をしつつ、新しいレトロ魔法を覚えていくこと――それと、飾りとしての領主としてではなく、このレトロ魔法を生かして領地運営をやっていこう。


 当面の目標をそう定めたイブリットは、大きくあくびをするとそのまま目を閉じて眠りについた。






次は18:00に投稿予定!

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