病弱令嬢の領地運営計画 ~見捨てられたレトロ魔法で荒野をよみがえらせます~
鈴木竜一
第1話 荒野のお嬢様
わずかな冷気を含んだ春風に長い金髪をなびかせながら、イブリットは真っ直ぐ前を見つめる。
視線の先にはこれから住むことになる古い屋敷があった。
「ここが……新しい家……」
これまで住んでいたハートレイク家の屋敷と比べると小さいし、何よりボロい。おまけに周りは草木一本生えていない荒野ときている。
絶望しか生まれてこないこの光景を前にして、それでも彼女の専属メイドであるタニアはいつものように笑顔でこう言い張った。
「ご安心ください、イブリット様! こう見えて結構頑丈なんですよ? ゴブリンが体当たりしても壊れないと断言できます!」
「……ゴブリン程度が体当たりしたくらいで壊れるような屋敷は論外なんじゃない?」
ため息交じりに語るも、ここ以外に暮らす家がないと承知しているイブリットは拒否権がないと知っている。たとえどんなにオンボロでも、ここで生活するしかないのだ。
「まあ……あの家にいるよりかはマシかな」
苦笑いを浮かべながらそうこぼす。
彼女の言う「あの家」――とは、実家であるハートレイク家のことだ。
父も祖父も曽祖父も、その前の御先祖たちも、生まれ故郷であるこのピアース王国の騎士団で要職に就いている。彼女のふたりいる兄はまだ王立学園に通う学生という身分だが、いずれも卒業後の進路は騎士団で決まっていた。
しかし、イブリットには騎士としての素質がなく、剣術よりも魔術に興味があり、鍛錬より読書が好きという正反対の人間だった。
きっと自分は母親似なんだろうなぁ、とイブリットは常々思っている。
自分を生んでまもなく病に倒れ、この世を去った母。
当然、人柄など覚えているはずもなく、父親やふたりの兄、そして使用人たちの思い出から得られる情報しかない。
曰く、とても温厚で優しく、聡明な女性だったという。
イブリットは、自分がそれらの特徴で当てはまっていると思ってはいないが、少なくともいついかなる時も肉体を鍛えることしか考えていない父親よりは母親寄りの思考をしていると確信している。
――しかし、父親は病弱なイブリットを冷遇し、本来であれば学園に通う年頃である彼女をこの辺境の領地へと送った。表向きはその豊富な知識を生かし、領主としてこの地を発展させるというものであったが、それは誰がどう見てもただの言い訳にすぎなかった。
なぜなら、彼女が領主となるよう言われた場所――オーダム地方は、草木もまともに生えないくらい荒れ果てた地だったのだ。
「こんなところで領主生活なんて……逆に体調が悪くなりそう」
或いは、それが父親の狙いなのではないかとさえ思えてくる。
とはいえ、このまま父親の思惑通りに弱っていくのも癪なので、イブリットは徹底的に抗ってみようと決意していたのである。もともと、領地運営には関心があったので、これを機に本格的にこちらの道を目指してみてもいいと考えていた。その方が、剣術を極めるよりずっと自分に合っていると思ったからだ。
――が、オンボロ屋敷にたどり着くまでの間に見てきた光景が、その決意を鈍らせる。
本当に何もないのだ。
領民どころか、野生動物すらいないのではないかと思えてくるくらい、この領地はすっからかんだった。
屋敷に入り、なんとか使えそうな部屋にあるソファに腰を下ろしてから、薄汚れた窓の向こうに広がる荒野を見て、
「どうしろっていうのよ……」
そう呟くのだった。
自分たちは実家からの支援があるとはいえ、ここまでひどい荒野ではまともに人が生活していくは難しい。
どうしたものかと途方に暮れていると、背後から能天気なタニアの声が。
「イブリット様、屋敷の中を見て回っていたらこんなにたくさん本がありましたよ!」
「えっ? 本?」
読書が趣味のイブリットにとって、それはまさに天からの恵み。
早速その本を手にしてみると、
「【知られざる古代魔法の世界】……?」
聞いたことのないタイトルではあったが、魔法に関心のあったイブリットには打ってつけの本だった。
いい暇つぶしにはなる。
濃紺のカバーを見つめながら、イブリットはそんなことを思うのだった。
※次は12:00に投稿予定!
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