始まりの審判 1/世界の管理者
アースガルズ―― 神々が住まう天上界。
幾億もの多様な世界を創造し、その成長を見届ける。
一つの世界の誕生から終わりまで。
そこで生まれ死にゆく万物の流転するさまを永劫に――。
◇
永遠の広がりを感じさせるアースガルズ。
そこは世界樹と呼ばれる巨木を中心に、中空へ浮く宮殿が立ち並ぶ聖域である。
淡く清らかな光に包まれた
巨石を積み上げた堅牢な城壁で周囲を囲む巨大な城。
まるでバベルの塔のように、高く深くどこまでも伸びている高塔。
極彩色に彩られた上部は多重的な屋根を持ち、量塊感に富む石造寺院。
漆の鮮やかな朱色に彩られた木造の巨大な
その中でも一際目を引く建物、『黄金宮グリトニル』。
神の一柱である女神フレイヤより創造された黄金宮グリトニルは、世界樹の中央付近に位置する、その名の通り黄金に輝く白亜の宮殿である。
滲み一つない真っ白な漆喰の柱と壁には、
特徴的な玉葱型の屋根であるクーポルには見事な金彩が施されており、黄金宮と言われる
黄金宮グリトニルは、創造主である女神フレイヤの宮殿でもあり、また創造主に使える者たちが与えられた役割を全うするための仕事場として使われている。
彼らは日々誕生し終焉を迎える世界で様々な実験や観察を行い、その世界における種の進化を記録している。
愛を司る女神フレイヤは、生命にとって最良の祝福を与えるためにより良い世界の構築を望んでいた。
それを実現のものとするために、彼らは永劫とも呼べる時を超えて観測を行うのであった。
◇
丈の長い白く美しい修道着を着用した二人の男が、硬質な足音だけを響かせて
天井が高いために、二人の足音は反響し一定のリズムで心地よい響きを奏でていた。
それは何の前触れもなく不意にピタリと止む。
先頭を歩く細身の男が、ある扉の前で立ち止まると、その鈍色の銀髪を揺らして後ろに続く大柄な男へ振り返り声をかけた。
「さあ、どうぞお入りください」
黄金宮グリトニルには千を超える部屋が存在する。
その一室『調和の間』と呼ばれる部屋の扉を押し開き、細身の男、この部屋の住人であり管理者の一人でもあるフォルセティが入室すると、それに大柄な男も続いた。
大理石貼りの廊下と変わり幾何学文様が施された毛足の長い絨毯が敷かれているため、先ほどまで響いていた足音は消える。
天井は五メートルほどの高さで、スパンドレルと呼ばれる天井と壁面を結ぶ部分から柔らかなカーブの曲線で作られており、鮮やかなフレスコ画が描かれていた。
宮殿の外装とはガラリと様相が変わり、ブラウンを基調とした組み木細工の濃淡が美しい壁と色彩豊かな天井からクリスタルシャンデリアが吊された豪奢な部屋である。
ちょっとした晩餐会ができそうなサイズの部屋の中央には、十人が座れるほどの楕円形のテーブルが置かれていた。
部屋の様式とマッチした赤茶色のテーブル。チリ一つない天板は鏡面のように磨かれており、この部屋を使用する者の性格が垣間見られる。
その中央のテーブルを中心に部屋の四隅に四つの執務用デスクが置かれ、複数の世界の様子を映す投影機が数多く設置されていた。
そのうちの一席では、モニター画面のように切り取られた映像が中空に数多く投影され、パノラマとなって刻々とその世界を映し出していた。
映像の中では、絶え間なく画面が切り替わっており、その流れは高速に切り替わるものも有れば、ゆっくりと映し出すもの様々である。
入室の気配を感じたその席の主は、蒼みがかった黒く艶やかな髪をかきあげながらフォルセティへ言葉を掛けた。
「あら、随分と早かったわね」
ギシっと音を立てながら椅子の背もたれへ寄りかかり、部屋に一人でいた女性が顔を見せるように同僚へ体ごと振り向く。
部屋に誰もいないと思っていたフォルセティは、少し驚きながらも朗らかに返事を返した。
「――ああ、居られたのですね。おはようございます。アフロディア」
「おはよう。フォルセティ。そして……」
管理者でありこの部屋の住人であるアフロディアは、同僚であるフォルセティへ和かに挨拶を返す。しかし、後ろに控える大柄の男を見るなり、先ほどまで光り輝く夜空の様だった深い蒼黒の瞳に雲がかかり、緩くウェーブのかかった前髪をかきあげていたその手を止めた。
口端にたたえていた笑みは消え、明らかに気分を害したようである。
フォルセティは灰色の瞳を細め、アフロディアの前髪で隠れた曇った表情をチラリと盗み見る。
女神に迫るほどの美貌と豊満なスタイルを持つ彼女は、他の管理者たちからの人気も高く、またそれを知っている。
その為、いささか自由奔放というか…… 我が儘というか……。
一言で言えば気難しい性格なのである。
そのような背景があるので、フォルセティも『何か彼女の気でも障ったかな』と、さほど気に止めること無く大柄の男の紹介を彼女へする。
「こちら、本日より私たちのチームに加わることとなったザイオンです」
フォルセティが後ろを振り返り、自分より頭一つは背の高いだろう二メートル越えの大男を見上げながら紹介をする。
続いて目で先を促すと彼は軽く頷いた。
ずいっとフォルセティの前に出て、前髪の下から様子を伺っているアフロディアへ挨拶をする。
因みに管理者たちは創造主により特別な地位『管理者』を拝命した時点で全てが創造主の『子供』となるため、姓は無く名のみとなる。
「……ザイオンだ。今日からよろしく頼む」
管理者は男女で差異はあるが、同じ修道着を着用して職務に励む。ゆったりとした作りの修道着であるのだが、ザイオンにはいささか小さい気がした。
鍛え抜かれた体を想像させる隆起が服を引っ張り、自然と他者を威圧する。
短い銅褐色のような金髪の頭を軽く下げたザイオンは、瞑っていた目蓋を開くと、そのブルーサファイアの瞳でアフロディアを見つめる。しかし、そこには何の感情も現れてはいなかった。
「……アフロディアよ。よろしく……」
やや間があってから返答が届く。
彼の無遠慮な視線へ暗い双眸から睨むように返して、そっけない返事をする。
二、三秒ほど視線が交差したが、アフロディアの方から視線を切って自分のデスクへ向いた。
二人の剣呑な雰囲気を感じたフォルセティは、何か面倒なことが起きる予感にため息が漏れそうになる。
(アフロディアは気難しいですが、ザイオンも無愛想でコミュニケーションを取ることが余り上手そうではありませんね…… それに…… アフロディアの態度、お互いを知っていそうな雰囲気も……)
フォルセティは考え込む自分に気付くと気持ちを入れ替える。
(今は考えても仕方ありませんね。いずれ分かるでしょう)
そうして、この場の雰囲気を変えるように、先ほどよりテンションを高くしてザイオンに席へ付くことを勧める。
「さあ、これから私たちの管理している世界をご説明します。どうぞお掛けください。そこがザイオン、あなたの席となります」
フォルセティの呼びかけに、ザイオンはアフロディアから視線を外して勧められた席に黙って座った。
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