第13話 二人だけの呪い


「可怪しいな……この方角であっている筈なんだが……」

「靄で何も見えないね」


 山越えをする為、街道を目指していた二人。道中、辺り一帯が靄に包まれた森へ迷い込んでしまう。

 足を止めるミケに対し、チィは地図を見ながら自信満々に進もうとしていた。


「チィ、当てはあるのか?」

「うん! なんかね、こっちだって気がするの」

「……その言葉もこれで三度目だ。空から見てみる。少し待ってろ」


 超感覚を使い、見えぬ足場を作り空へと駆け上がっていくミケ。目を輝かせながらそれを見つめるチィ。


「格好良いなぁ……私もこの両手で空飛べないかな?」

【右手と左手くっつけてみたら? 互いの力が反発してどうにかなるかも】


 相変わらず適当に答える星と何も考えないチィ。「なるほど」と言いながら大きく頷くチィを見て、星は笑っていた。


「よーし、いっくよーえいっ!!」


 右手と左手を輝かせぶつけるチィ。

 激しい閃光、周囲に何度も木霊する程の轟音。

 一帯の靄が全て消え去る衝撃と共に、チィは空高く吹き飛ばされた。

 気を失い落ちて行くチィをミケは上空で抱き抱えた。暫くして、チィは目を覚ます。


「あれ……ここどこ……?」

「相変わらず破茶滅茶だな。だがお陰で靄が晴れた。チィ、あそこを見て。村がある」


 ミケが指差す先……だが、チィは首を傾げながら必死に目を凝らしていた。


「全然見えない……私、目は良い方なんだけど」

「そうか、隠伏されているのか。……チィ、あの場所へは行かないほうがいいかもしれない」

「どうして? 少し村里で休んだほうがいいってミケ言ってたよね?」

「いや、あそこは……」


 眉間にシワを寄せ逡巡するミケ。

 対するチィは、新しい村を目の前に身も心も前のめり。見えぬ村目掛け勢い良く落下し、慌ててミケは抱き寄せた。


「チィ、危ないだろう……」

「ふふっ、大丈夫だよ。ミケが守ってくれるもの」

「…………そうだな。よし、あの場所へ行くとしよう」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 晴れた筈の霧がまた深まりつつある森。

 どこまでも木々が茂るその場所でミケは足を止め、チィは再び首を傾げた。


「ミケ? ここに何かあるの?」

「あぁ、先程言った村がある。まじないの一種が施されている為、私達獣族しか視認出来ないようになっている」


 どこをどう見ても見えぬ村に目を輝かせ突っ込もうとするチィ。ミケは尻尾を彼女に巻き付け拘束し、溜息を吐いた。


「私から離れないと誓えるか?」

「うん? ずっと一緒にいるよ?」 

「……よく聞いて欲しい。この村は人族を捕らえ喰らう為の村なんだ」


 ミケはチィのお腹へと己の血を使い文字を書き始めた。それは獣族にしか伝わらぬ呪いだが……


「ふふっ。ミケ、くすぐったいよ」

「………………」

「ミケ?」

「す、すまない…………つ、続けてもいいか?」

「うん、お願いします」


 チィのお腹を見ると全身の血がざわめき息が荒くなってしまうミケ。

 目を瞑り落ち着こうとするが、瞼の裏にチィが焼付き八方塞がり。握り拳を作り己の頭を数回殴りその気を鎮めた。


「……人族が超感覚で邪に対抗し始めた頃、人族と地を奪い合っていた獣族はその力に敗れ邪が巣食う辺境近くへと追いやられた。力が欲しかった獣族は呪いを使い人族に見えぬ罠を作り、嵌め、喰らった。獣族殆どに力が行き渡った今はそのような事をする輩は少なくなったが……ここは今でもそういった事が行われているんだ」


 呪いが完成し終えると、チィは目を見開き息を荒げ興奮していた。

 突如として現れた霧に包まれた人食い村。無垢に微笑み、その地へと足を踏み入れる。


「ふふっ、私って食べたら美味しいのかな?」 

【この村の連中に聞いてみたら?】

「確かに…………あれ? なんだか気配が無いね」


 閑寂。

 耳を澄ませば、村内小屋の中から聞こえる乾いた咳の音達。その様子に、ミケは戸惑っていた。


「チィ、私から離れないで。一先ず長の所に向かおう」

「……うん」


 何かが引っ掛かっているチィ。

 深い霧と乾いた咳。頭の中にあるその何かを結びつけようと考えていると、眼前喉元に見えた鋭い爪先。それを必死に止めているミケ。

 気が付けば数十の獣族に囲まれていた。


「何処の者だ。何故人族と共にいる? 何故庇う?」

「私は西の森から来た。彼女は人族のチィ。私の友だ」

「理解出来ない。この場で死ね」

「断る。彼女が悲しむからな。カは長であろう? その割には随分弱い。この村で何があった?」

「黙れ、死ね」


 交わる事は出来ないと諦めるミケ。

 だが喉元に触れてしまいそうな爪先を見つめていたチィは、諦めるという言葉を知らない。

 だからこそ、辿り着ける道がある。


「もしかして……青い血を吐いたりしてないですか?」

 

 チィのその言葉に一瞬反応した獣族の長。

 しかし再びチィを切り裂こうと爪先に力を込めていた。


「チィ、無理だ。立ち去ろう」

「ダメだよ。多分……この村全体がノームの病に罹ってる」

「ノーム? 聞いたことがないが……」

「本で読んだことがあるの。この霧も最近出てきたんじゃないかな。皆んなが罹った原因は……多分井戸水だと思う。ミケ、病の大本が近くにあるから探しに行こう」

「だそうだ。もし彼女がこの霧を晴らし病を鎮めたのならば……長として、村を代表し彼女にこの無礼を詫びろ。チィ、掴まって」


 ミケは乾咳をする獣族の長を突き放し、見えぬ足場を作り空へと駆けていった。

 チィの指示通り森全体が見渡せる高さに到達すると、ミケは訪ねた。


「詳しく教えてもらえるか?」

「あそこの獣族の皆んなは爪の根本が少し青くなってたの。ノームの病は……ノームの樹の根から出る毒が原因なんだけど、樹の根が水脈に当たって井戸や川から伝染するんだって。乾いた咳、筋力の低下。毒が回ると血が青くなって、酷くなると吐血をして……死んじゃうの」

「なる程……凄いな、チィは」

「ううん、全部本が教えてくれたから」

「いや……チィの知識と優しさが、初めて出会ったあの時私を救ってくれた。……今私は彼等を見捨てようとしたが、チィは喉元に爪を突きつけられて尚助けようと考えてくれていた。私は……そんなチィが誇らしい」


 頭を撫でられるチィは、赤面し涙を流していた。星に以前された小さな肯定。そして、眼前の友が贈ってくれた大きな肯定。

 力が無くとも努力し続けた日々の分、涙が流れていく。


「チィ……すまない、どうしたらいいのか分からないが…………これでどうだ?」


 泣き止まないチィの唇に、優しく唇を重ねたミケ。その行為の意味も心内も分からない二人だが……湧き出る未知の感情に逆らわず、二人は静かに目を閉じていた。   

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