第9話 世界の輝く音


「チィ、このままの速度では私には自力で止められない。地面に着く瞬間にその馬鹿力で何とかならないか?」

「分かった!! 左手は受け流す力だから、左手を先に地面に着ければ……」


【右手の方がいいんじゃない?】

「そ、そうかな?」

【空から降りし冒険者(志望)、派手に格好良く決めようよ】

「へへっ、そうかな? そうだよね? よーし……」


「チィ、今だっ!!」

「えいっ!!!!」


 ここヨムの村の伝承によると……ある日、人里に現れるはずの無い邪という化け物が突如として村に出現した。村の男衆総出で立ち向かったが、敵うはずなく為すすべなし。出来ることはもう祈ることしか無く、村人が天に祈ると空から人と獣が降ってきた。

 星の光のように輝くその者達が地面に着くや否や、鴻大な轟音と共に地は揺れ爆風が吹き荒れた。地面は何層も抉られその爆心地である村中央には見たこともない巨大な大穴が空いていた。

 それは邪なる化け物、そして村の民家の大半諸共を巻き込み、粉塵が止んだあとに残ったのは半壊した村と、巨大な穴から吹き出た大量の水であった。

 一箇所に避難していた住人達は奇跡的にその命欠けることなく……後に大穴から出来た湖を中心に村を作り直した。降り落ちた者の言伝えから肖り、星の湖と名付け永劫栄える村になった。



「ど、ど、どうしよう…………」


 天高く吹き出す豪水、壊れた村並み。偶然目の前に出てきた邪を粉砕し嫌な感触しか残っていない右拳。笑い続けている星の子、あ然としているミケ。

 

「ミ、ミケ……私……」

「…………ふふっ、凄いなチィの拳は。無事着地が出来尚且つ邪まで倒すなんて」

「でも村が……それにここの人達は……」

「運良く一箇所に固まっていた。私の超感覚で守れた筈だ。大丈夫、私もチィも上手く出来たさ。だからそんな顔をするな」

「うん……そうだね!! 先ず村の人に謝らなくちゃ!!」 

「その顔の方が私は好きだ。少し待っててくれ、この形を隠す」


 笑うチィの頬に伝う涙を指で拭い、頭を優しく撫でるミケ。心が高揚していくチィは、その訳が分からず……ただ熱くなっていく頬を不思議気に撫でている。

 鞄に仕舞い込んでいた大きな布を全身に巻き付け、目元だけ隙間を開けたミケ。

 その行動と姿にチィは首を傾げた。


「何やってるの?」

「……私も邪も、人族にとっては同じようなモノなんだ。今ここで恐れられてはチィの立場が失くなってしまうだろう?」

「……嫌。そんな世界なら私冒険したくない」

「チィ、そんなことを言っても……」

「獣族のミケ……私はそんなあなたが好きなの。だからそれを否定されるなら、あなたを否定されるなら、そんな世界旅してもつまらないもの。でもね、私が憧れた世界は……そんなつまらないものじゃない。おいで、ミケ。一緒に世界を見てみようよ」


 どこまでも澄んだ星の瞳で微笑み、手を差し出すチィ。己の私欲でチィの旅を、未来を塞ぎたくないミケは躊躇ったが……彼女がそう言えばそうなる気がし、纏っていた布を脱ぎ捨てチィの手を握った。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 チィが空けた大穴から抜け出すと、様子を見にやってきた村人達がチィ達の周りに集まった。

 ミケの姿を見た村人達は鈍器や農耕具を握りしめ、やがて二人を囲い始めた。

 分かりきったその先を予見しチィの耳を塞ごうとしたミケだったが、そんなミケの不安を吹き飛ばすように大きな声でチィは叫んだ。


「私はイルの村から来たチィ!!! この子は獣族のミケ!!! 彼女があなた達を超感覚で守ってくれたの!!! この穴を空けたのも、家を吹き飛ばしたのも、邪を殴り潰したのも、私が全部やりました!!! ごめんなさい!!! 冒険者になる私の為に、イルの村から託されたお金全て置いていきます!!! 足りない分は私が冒険者になって払います!!! だから……だから……」


 涙ぐむチィの口を指で塞ぎ、頬を撫でるミケ。

 鞄から牙や骨を取り出し村人達の前へ置くと、チィの手を握りながら胸を張って声を上げた。


「獣族のミケだ。これは邪の牙と爪と骨。街へ行き売り払えば、この規模の村ならばお釣りが来るだろう。しかしながら私の判断が悪くこの村を半壊させてしまった。悪く思う。申し訳なかった。どうか彼女を責めないでいただきたい。そして……私も責めないでいただきたい。私が責められると彼女が困るのだ。当然片付けは手伝わさせてもらう。必要ならば街へ行きこの骨達を換金してくる。この村の頭は誰だ?」


 ざわめく村人達の奥から現れたのは、頭と呼ぶにはまだ若いであろう男性。

 彼もまた刃を握り二人を睨みつけている。


「聞いてた獣人とは随分違うようだが……それにそんな小さな子が邪を払えるとは思えない。その骨が邪である証拠はあるのか? 全てが信用出来ない」


「証拠など無い。しかし……」


 一瞬の間、ミケは唇を噛み締めて眉間に皺を寄せていた。


「……彼女は星に選ばれた。これ以上私達を疑うならここを去る」


 ミケのその言葉に、ある程度年の端を重ねた者達は目を丸くし次第にざわ付きだした。

 武器は投げ捨てられ、チィの元へ媚び諂うように人々は集まり始める。


「悪かったな村の奴らが。俺は初めからあんたを── 」 

「いやぁ助かったよ。実は俺── 」

「何言ってんの? あんた達武器持ってたじゃない。私は分かってたのよ? だって── 」


 その様子にチィは混乱し、ミケは血が滲む程強く拳を握っていた。

 そんなミケの元へ、一人の少女が恐る恐る歩み寄って来た。その少女に視線を合わせる為に膝を付くミケ。

 震えながら握られた小さな手、少女の口が開き……ミケは世界を知る。


「わ、私ナク。獣人って初めて見るの。その……私のこと食べない?」

「あぁ、食べない」

「……獣人って綺麗な目をしてるのね…………鼻とか耳は豺みたい……あっ、手から血が出てるよ!? 今薬草持ってくるから待ってて!!」

「いや、これは…………」


 思わぬ反応。昇っていく水柱の勢いは弱まり、大穴には水が溜まり始めていた。


「ハァハァ……これ、染みちゃうかもしれないけど大丈夫? あのね、痛い時は空を見ると良いってお婆ちゃんが言ってたから……獣人さんも空を見ててね」

「…………あぁ、そうするよ」


 献身的なその姿……空を見上げ、ミケはチィを感じていた。

 確かに、今チィの周りにいる人族は噂通りの破落戸。しかしこの目の前の少女はどうだろうか?

 それは百人に一人、万人に一人の割合なのかもしれない。しかしこの広い世界を見渡せば、己の狭かった世界は、出会った者の世界は、チィのように優しくも明るい星の輝きを魅せるのかもしれない。


「あのね……獣人さん……」

「どうした?」

「悪いヤツをやっつけてくれて、ありがとう。星?とかよく分からないけど、あなたが嘘をついていないって、私信じてる」

「……ありがとう。私の方こそ感謝しているよ」 


 差し出された小さな手を優しく握り、チィがいつもしてくれるようにミケは微笑んだ。

 二つの世界が少しずつ輝いていく音を聞きながら、ミケは再び空を見上げていた。

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