第8話 弘遠に広がる世界達
獣族の村を出て三日が経ち、チィは天を仰いだ。
「チィ、そんな速力では目標の街まで二月はかかるぞ。さぁもっと速く走ろう」
食事と睡眠の時間以外、三日間走り続き。種族の違い、その根本的な身体能力の違いに……
「し、死ぬ…………」
とうとう力尽きたチィは、川の辺りで倒れ込む。限界まで使い倒した足は震えが止まらず、動きそうにない。
【大丈夫?】
「い、今は話しかけないで……」
「人族の身体は不便だな」
他意もなく悪気もないミケの一言だったが、疲労困憊を通り越したチィには深くその言葉が響いていた。
気が付けば涙を流していたチィ。
こんなことでは冒険者など夢のまた夢……屈強な強者達に、敵うはずがない。
「な、何故泣く!?」
「ごめんね……せっかく付いてきてくれたのにこんな体たらくで……す、少し休んだらまた走れるから……だから……」
肩で何度も大きく息をし、唇を噛み涙を堪えている。その様を見てミケは後悔していた。
星の力を持つ者であろうが、強靭な精神力を持つ者であろうが、彼女は小さき人の子なのだと。
倒れているチィを優しく抱き抱え、ミケは笑った。それはその顔が一番安心してくれると理解していたから。
「こんなにも軽い身体だ、気負うことは無い」
「…………うん、ごめんね」
「謝るな。私が好き好んでチィに付いてきているだけだからな」
「………………ありがとう、ミケ」
甘えるように顔を擦り寄せるチィに、全身の血流が高まる感覚がしたミケ。必要以上に動く心臓に疑問を持ちながらも、嫌ではないその感覚と共にチィを優しく抱きしめた。
「チィ、少し跳ぶぞ?」
「跳ぶって……わわわっ!!!?」
思い切り地面を蹴り上げ、空高く舞い跳ぶミケ。どの木々よりも高いその景色に見惚れていたチィは、咄嗟にミケにしがみついた。
「あ、あれ? 落ちてない……よ?」
「私の……チィ達の言葉でいう超感覚だ。目には見えない壁を作り出すことが出来る。こうして足場にも使えるなかなか便利な力だ」
「…………ねぇ、もっと高く跳べる?」
「勿論だ、掴まってろ?」
見えざる足場を利用し、さらに倍、倍と跳ぶミケ。横目でチィを見ると、目を輝かせながら眼前に広がる世界を見つめていた。
その瞳は、まさに星の様。
【せっかくなら空を突き抜けて星まで行こうよ】
「空の向こうには何があるの?」
【音のない真っ暗な世界。散らばるように星々があって、様々な生き物達が暮らしているのさ】
「ほぇぇ…………はぇぇ…………」
「星の子は何と言っている?」
「空の向こうには真っ暗な世界があって、そこには色んな生き物が住んでるんだって」
「夜の世界のようなものなのだろうか……この世界も広いが……空はもっと広いんだな」
漠々と広がる空際に高揚する二人。
暫くし……煙があがる箇所を見つけたチィに、星の子は呟いた。
【あぁ、いるねぇ。とびきりヨコシマなヤツが】
「あそこにいるの!? でもあそこって……」
「チィ、どうした?」
「あの煙の場所……小さな村だよね……? 邪がいるって……ミケ、早く行かないと!!」
「ま、待てっ!! そこに足場は── 」
驚異的な速度で目的地へと落ちていくチィ。
やがて速度は一定に保たれ……遠い星々では、それを終端速度と呼んでいるらしい。
【キミ何考えてるの?】
「今急いであれこれ考えてます!!」
【昨日食べた夕飯は?】
「えっ? えっとね……干し肉と野草汁!!!」
【さぁ地表が近くなってまいりました】
「い、意地悪だよ!?」
星の子二人が騒ぐその遥か上空から、一瀉千里の勢いで迫る影。
急激な浮遊感を得たチィは、程なくして目を丸くし微笑んだ。
「ミケ!!」
「まったく……掴まっていろ? このままあの村に向かう」
何故人族の住む地域に邪が現れたのか。
チィの村の近辺に出没したことを含め一抹の胸騒ぎを抱くミケは、チィを横目で見つめその不安を掻き消すように強く抱きしめていた。
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