第7話 夢の冒険譚


「さて……先ずは何処へ行く?」

「えっとね……なんだっけ……山の向こうにある大きな街で冒険者になる為の試験をしなくちゃいけないって言われたの。それでその山を目指してたんだけど何故かあの邪のいる森に入っちゃって」


 遥か先に見える大きな山を指差すチィ。

 その方向には邪二匹が現れた深い森が確認出来た。ミケは溜息をつくと、チィの指先を優しく握り真反対へと方向を変えた。


「チィ、こっちの山だ。地図で確認しなかったのか?」

「地図なんてそんな高価な物……私の村には無かったし……」


 その言葉に眉をひそめるミケ。獣族の村には当たり前のように存在した地図。

 より豊かに暮らす人族が持っていない筈は無いと考え、何か違う理由……敢えて人族は地図を持つことを禁止しているのではないかとミケは考えた。


「そうか……なら私の地図を持っているといい。今は……ここだ。ここが私の村で……チィの村……イルはここ。どうだ? 見方は分かるか?」

 

 詳しく説明しようと口を開けたミケだが、横目でチィを見ると静かに口を閉じた。

 目を輝かせ、食い入るように地図を眺めるチィ。澄んだ眼差しは星のように煌めき……食い入るように、チィを見つめるミケ。


「凄いね……こんなに……こんなに世界は広いんだね!!」

「ふふっ、そうだな。この薄く線が引かれているごく狭い一部の場所が我々が住んでいる場所。そしてその他この広い地図の殆どは邪がいる……我々の祖先の故郷だ。冒険者……つまりチィはこの場所を奪い返すんだろう?」

「…………みんなはそう思ってるんだろうけど、私はちょっと違うの」


 指で地図を辿り、人々が住む地域を撫でるチィ。冒険者とは、邪を薙ぎ倒しかつての郷国を取り戻そうとする者。人々に崇められる存在。


「見たこともない景色、初めて出会う体験。生まれて初めて見た獣族が私の友達になって一緒に旅をする……ふふっ、すっごくワクワクしない? いつかね、冒険譚を書きたいの。それを読んで……誰かをワクワクさせたい。小さな村にいた、なんの力も持たなかった冒険者の物語」

「……そうか、いい目標だな。勿論私の事も書いてくれるのだろう?」

「ふふっ、ミケは第一章から登場だよ? 最後まで……最後の頁まで登場してくれると嬉しいな」


 人族と違い獣族は口数が少なく、他の村とも馴れ合う事はない閉鎖的な社会である。邪の猛威から生き抜き人族を滅ぼすことだけを考えている民族。

 本来交わることのない人族の……愛らしく笑いながら夢を語るその姿にミケは惹かれている。

 それがなにを意味するのかは分からなかったが、チィの隣にいることが彼女は心地良かった。

 

「約束しよう。私は最後までチィの隣にいる」

「…………ふふっ」

「な、何か可笑しかったか?」

「ううん。その言葉だとね、私がお婆ちゃんになってもいてくれるのかな、なんて思っちゃって」 


 一度命を救われただけの関係、何故こうも心を動かされるのかミケには分からなかった。

 忌むべき存在の人族であるにもかかわらず……

 邪に襲われた森で献身的に看てくれたチィの姿が、言葉が、ミケの心を温かくさせる。


 野花を一つとり、チィの耳にかけるミケ。

 獣族にそんな行動をする者はおらず、人族がどうなのかは分からない。

 それはただ、目の前にいる可愛い者に似合うと思ったから。


「……そうだな。老いても尚、隣にいよう」

「…………ふふっ♪」

「な、何故笑う?」

「内緒!! ミケ、行こう!!」


 勢い良く走り出し、出会った森の方角へ逆走するチィ。一体どんな物語になるのか……チィの織り成す冒険譚、想像もつかなく鼻で笑うミケ。

 慌ててチィの手を掴むとチィは笑いながら指を絡ませ、二人の冒険が始まった。

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