第2話 旅立ち第一歩


 邪討伐から数日が経ち、イルの村では村人総出で壮行会が行われている。

 その輪の中心には、未だに信じられない顔をした当人のチィがいた。


「チィ、絶対に冒険者になれよ!」

「無理とか言って悪かったな。悔しいけど応援してるぜ」

「いやぁ、イル初の冒険者になれるかもしれないなんて……資格持ちですら誇らしいよ」


【よく分からないけど皆祝ってるんでしょ? キミ、手くらい振ったら?】

「あはは、頑張りまーす……」


 冒険者になる為には二つの条件がある。

 一つ、一人で邪を討伐すること。

 一つ、確たる実績を作ること。


 一つ目の条件は既に国の大元である都へと通達済みであり、残る一つ……確たる実績を作る為、チィは今日旅立ちの日を迎えた。


「ねぇ、あなたのこと誰も気にしないけどどうして?」

【邪な奴には見えないのさ。キミ頭良さそうには見えないから、説明しなくて良い分こっちの方が好都合でしょ?】

「うーん、確かに」


 嫌味も皮肉も、素直なチィには通用せず。だからこそ、自分が見えているのだろうと思う星であった。


「さてチィよ、未練が残ると困るでな。皆に一言残し行きなさい」


 村長の一言で、村人全員がチィ見る。

 その眼差しは、今までチィが感じたことのない憧れや尊敬の色をし……不思議と胸の奥が温かくなる程である。


 何しろ初の出来事、他所の村を参考にしたイルの村独自の仕来り。

 冒険者候補が村を出る際、未練断ちする為に当人の家族はその顔を見せることなかれ。

 

 お立ち台に上るチィ。

 目一杯息を吸うと、まるでいつも家を出る時のような挨拶を力の限り叫んだ。


「おとうさん!! おかあさん!! 行ってきまーーーす!!!!」


 そのチィらしい行動に皆笑い、大きな拍手に背中を押されチィは村の外へと踏み出した。



 ◇  ◇  ◇  ◇



【さて、どこへ行くの?】

「大きな街へ行って、冒険者になる為の試験をしてこいって村長さんが言ってたよ。村を出てずっと東に行けばいいんだって。」

【へぇ、東。東ってどっち?】

「あのギザギザした山を目指せばいいって言ってたけど………………あれ?」

【……二つあるね、ギザギザした山】


 何か詳しいことを言っていた気がしたが、人の話をよく聞かないチィの癖。

 そして、物事を深く考えない癖。

 結果はこうなる。


「どっちかは当たりなんだし、私運が良い方だからきっとこっちだよ♪」

【へぇ、それはそれは】


 誤った方へ、自信満々に向かう二人であった。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇



「そろそろ暗くなりそうだし、この辺りに寝床を作らなきゃ」

【一日の半分を休息に使い、夜は目視出来なくなるなんて……人間は不便だね】


 深い森の奥、虫に這われないよう木と木の間に布を張り寝床を作るチィ。

 しかしここで一つ、疑問が出てきた。


「そういえば……村の人が言ってたっけ……」

【なんて?】

「イルの村からそう遠くない場所に“獣人じゅうじん”の村があって、その手前には空が見えない程の森があるって」

【……ここ、空見えないね】


 一旦恐怖を感じると、止まらないのが人の性。

 か細い焚き火が更にか細く見えるチィは、星へと抱きついている。


「わぁ……星って温かいんだね」

【焚き火の影響だけど? そういえば、獣人ってのは何なの?】

「私も本でしか見たことないんだけど……昔は人族と獣族って呼ばれてて、邪が現れてからは領地を争うような関係になって……人族が勝ったんだって。それから負けた証として獣人って呼ばれるようになって、邪が現れるギリギリの場所に人間達の盾となるように村を作らされてるって」

【ふーん。仲悪いんだ?】

「私達人間は凄く恨まれてて、見られたら食べられちゃうって書いてあった」

【へぇ、どんな見た目?】

「本によると、基本的には人に似てるけど……獣みたいな耳が付いてて、毛深くて……」

【背が大きい?】

「そうそう」

【鼻がキミたちとはなんだか違うね】

「ふふっ、詳しいんだね」

【あのさ、顔上げてみてよ】

「え? …………え?」


 二度見三度見とするチィ。

 焚き火を挟んだ向かい側、村のどの大人よりも大きな身体。肩や手の甲に生えたそれはまさに獣の毛である。


「あはは……死んだな……」

【いやぁ、楽しい旅だね】

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