星の子冒険者
@pu8
第1話 星の子とチィ
世界広しと言えど、何の力も持たぬ者はここにしかいないだろう。
都から遥か離れた田舎町、健脚の持ち主が夜通し歩いても一月は掛かる場所“イル”。
イルの町外れ、小さな森に少女が一人。
右手には折れた剣、左手には木と木で継ぎ合わせたハリボテの盾。
震える手足に滴る涙。
目の前にはこの地では珍しい
大型で二足歩行。全身が硬い毛皮に覆われた巨体から、鋭い爪で獲物を狩る。
好物は人間の臓物。
「し、死ぬ……」
何故こうなったのか。
原因は、数時間遡る──
◇ ◇ ◇ ◇
「な、なれるもん!!」
「いーや、無理だね。
イルの町中にある小さな学舎、生徒数人が寄って集って少女を小馬鹿にしている。
原因は将来の夢というお題のせい。
冒険者とは、人々の憧れの職業。
人類と敵対する
ましてや何の力も持たぬ者など……
「夢を持つくらいいいでしょ!? 私だっていつか……」
「じゃあイルの森に行ってこいよ。噂じゃ邪が出るって話だぜ。どんな姿か確かめて来てくれよ、冒険者さん?」
悪意に満ちたその生物は、千年前突如として現れた。
大陸に点々と居住地域を持っていた人間達は、邪の存在によってその生活が大きく変わっていく。
強大な力を持つ邪だが、知能は低く一定の行動範囲内でしか活動しない。
その限られた行動範囲外に人間達は町を作り、ここ数百年栄えてきた。
「邪なんて本でしか見た事無いし、こんな小さな森にいる訳無いよね」
彼女の名前はチィ。
その美しい純白の髪は悩みのタネの一つであった。
毛先だけが淡い七色になっており、切っても切っても何故か毛先が染まってくる。
この髪のおかげで、彼女は邪ではないかと皆に噂が流れた。
極めつけは超感覚を持っていなかった事。
邪が出現して以来、人々は不思議な力を使えるようになった。
それは個人によって性質が異なり、ある者は火を操りある者は風に乗る事が出来た。
この広い世界、全ての人間が持つ不思議な力 “超感覚”
そう、彼女を除いて。
「ふんふんふーん♪ 邪なんてないさー♪」
人間十四年も経つと薄れ行くものである。
納屋に眠っていた剣と、害獣避けの柵を壊して作った盾を手に、彼女はご機嫌である。
イルの森は小さな動物達が暮らす静かな場所。
大人の足ならば半日で横断出来てしまう。
そんな場所に、邪などいる筈もない。
では、目の前の化け物はいったいなんなのだろうか。
突然の出来事に、彼女の頭は追いついていないようだ。
極度の混乱からか、今日の夕飯の事を考える始末。
「あ、ぁ……お、お肉と香草で……豆と一緒に……」
「グァァアアア!!!!」
その雄叫びはイルの町にまで届いたであろう。
聞きつけた大人たちが来るまで数十分……
などと考える余裕も無く、彼女は同等の声量で叫ぶのであった。
「キャーーーッ!!!!??!?」
思わず剣を振り回し、運良く邪にぶつかった。
……が、小さな金属音が悲しげに響く。
真っ二つに折れた剣を見つめ、彼女は理解した。
「し、死ぬ……」
見上げる程の巨大な邪を前に、為す術無し。
黄昏時、星が一つ流れていった。
“人が死ねば星が流れる”
小さい頃からの言い伝えを実感しながら、星を眺めていた。
「……えっ?」
流れていった筈の星が徐々に近づいてくる。
その現象に困惑しながらも、彼女は願った。
もし、この星が目の前の邪に落ちれば……
そうすれば助かるのではないか。
願いを叶える流れ星。
無事、彼女へと落下した。
◇ ◇ ◇ ◇
星が煌めく美しき空間、それはまるで夜空の中。
そんな不思議な場所にポツリ、彼女は立っていた。
「あれ? ここは…………もしや天の世界!!? わ、私死んじゃったんだ……」
ここまで美しい世界ならば、天の世界も悪くない……そう思っていた矢先、どこからか声が聞こえてきた。
星が一つ、目の前で一際輝いている。
【やっと見つけた。この星の生物は邪な奴しかいないのかと思った】
星が喋った事など最早どうでも良くなってしまう現状。
ここまで来ると、人は案外冷静でいられるものである。
「あなたも星でしょ?」
【そう、そしてキミも星】
「やっぱり私お星様になっちゃったんだ……」
【ちょっと意味合いが違うよ。キミはワタシと同化した。だからキミも星】
彼女は星の言葉が理解出来なかった。
続けて星は言った。
【はじめまして、持たざる者。キミはワタシの夢を叶えてくれる者。だからワタシもキミの夢を叶えてあげる】
「あなたは女の子? 可愛い声だね」
【星にそんな概念はないけど……話聞いてた?】
人の話を聞かない、深く物事を考えない。それは彼女の良い所でも悪い所でもある……が、大半は悪い意味合いが強い。
【目の前を見てご覧】
星の言葉と共に、煌めく空間は姿を変える。
何処までも続く草原の中、池が一つ。
池では男児が溺れかけている。
そしてその横には女児がうずくまっている。
女児の目の前には、巨大な邪が一体。
【手を差し伸べる事が出来るのはどちらか一人。キミならどうする?】
堪らず駆け寄るチィ。
どうするか、その問いに対しては何も考えていなかった。
それは、深く考えないチィの癖。
右手で溺れる子を救うと、邪はうずくまる女児に襲いかかってきた。
咄嗟の事、なんの躊躇いもなくチィは自らの左手を邪に喰らわせる。
「っ…………ボク、男の子だよね? そこで倒れてる子を連れてここから逃げて。お姉ちゃんがなんとかするから。ね?」
痛みを悟られないように微笑みながら、男児を鼓舞する。
勿論、なんとか出来る訳もない。
二人がこの場から離れた事に安堵したチィは、本日二度目の死を悟った。
【キミはどうして笑っているの? 腕を喰われ、命尽きるというのに】
「あの子達が助かったんだよ? 良かったなぁって思って」
【ナルホド……それがキミの答だね?】
「こたえ……あれっ? 私の手が……」
喰われた筈の左手が、目の前の星と同じ輝きを放ち元の形へと形成されてゆく。
何度か手を握る動作をするチィ。
疑義の念を抱きながら空へ手を翳すと、邪の鋭い爪が目の前に迫っていた。
咄嗟に左手で己を庇ったチィは、暫く目を開けられずにいた。
一体どれ程身体を引き裂かれただろうか……怖いもの見たさに薄っすらと目を開けたチィは驚いた。
「ウソ……何もなってない……よ?」
傷一つない身体。
依然として左手は星の光を放っている。
【キミが望んだモノ。ほら、もう一発くるよ。同じように左手で受け止めるんだ】
星が言った通り左手で攻撃を受けると、邪の爪はチィの身体からするりと避けてゆく。怒り狂う邪だが、何度やってもチィの身体へは当たらない。
「な、なにこれ……どういうこと?」
【キミの左手はどんな攻撃でも受け流す事が出来る “
「柔の左手…………えっ!? み、右手も光ってるよ!!?」
【キミの右手はどんな物でも破壊する事が出来る “
三度、深く考えないチィの癖。今回は良い方向へ展開する。
振りかぶった右拳は気が付けば邪の腹を突き破り、生温いドロッとした感覚がチィを襲った。
「キャーーー!!!?!?」
あまりの気色悪さに気絶するチィ。
その後駆け付けた村人達が驚愕するのは無理もなく……
チィが目を覚ます頃には、彼女の夢を小馬鹿にする者など、誰一人としていなかった。
邪を一人で討伐する。この事実が意味するは、それ即ち冒険者への第一歩。
そんなこととは露知らず……温かな布団に包まり、夢の中で夢を見るチィであった。
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