第51話 霧雨の中でまばゆく光る

 雨は、すでに霧のようになっていた。


 マクベトは苦しんでいた。強制的に肉体を追い出されるなど初めてのことだった。


「バカな。この私が、この征服者たる私が……追い出されるだと!!」

「意外かね? 甘かったな。憑き物落としは厳密には私の専門外だが、やってやれないことじゃない」


 晴明は一歩マクベトへ歩み寄る。その顔には汗が滲んでいるが、唇には笑みが浮かんでいる。


「────!!!」


 瞬間、マクベトは飛んだ。弾かれたように空へと飛びあがった。


「あいつ逃げるつもりだぜ!!」


 ブルーセが叫ぶが、晴明のたたずまいは変わらない。ゆっくりと空を見上げ、目を細めた。


「問題ない。ここからが仕上げだ」


 

 ◆◆◆



 空へ飛びあがったマクベトは、完全に勝負を放棄していた。


(こうなっては仕方がない。遠くへ逃げる他はない。どこかの田舎で適当な奴に憑りついて、そこから再起を図らねば……!!)


 だがそこへ、まばゆい光がやってきていた。


 木の上を飛び移り、跳ねるように駆ける獣が一匹。


 安倍晴明の式神である「北斗」だった。


 その口には、大きな日光石がくわえられている。


 イサドが王宮から調達してきた、加工する前の日光石。マクベトを弱体化させる切り札だった。


「あれは……日光石ッ!!!」


 北斗は全速力で跳躍すると、まばゆい輝きと共にマクベトに体当たりした。太陽と同じ光がマクベトの体いっぱいに照射される。


「ぎゃああああアアアアアアアアアアッ!!!!」


 断末魔のごとき叫びを上げ、暗雲は落下する。


 天から堕ち、再び晴明と対峙したマクベトの体は薄れ、今にも消え去りそうだ。


「晴明……貴様……よくもこんな邪魔を……私がこの国を平和にしてやるというのに……二度と争いの起きない、平和国家を作り出してやるというのに!!」


 おぞましい声を上げるマクベトに、静かに晴明は言った。

 

「それだ、マクベト。それこそがお前の過ちだ」

「何……?」

「いくら平和や正義に目覚めても、お前は結局、殺人だけでしか理想を達成しようとしない。だがこのアトルムという国は、戦争と言う痛みを乗り越え、それから少しずつ脱却しようとしている。ここはもう、お前がいていい世界ではない」


 晴明は符を取り出しながら続ける。


「それにな。お前の在り方は私の好みではない」

「どういう……意味だ」

「不老不死。それをとやかく言うつもりはない。修業をし、丹を作り、神仙に至るというなら、それはいいことだ。だがお前はそうではない。お前は他人の人生を食いつぶすことでしか存在できない。超越者というより、化け物なのだよ。お前は」


 雨が止んだ。


 空から一筋の光が差し込んだ。それと同時に晴明は呪文を唱える。その声で、その瞳で、その魂で、目の前にいる怪物を滅却するために!


「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女。妖物退散、急々如律令!!」


 マクベトの体に白い亀裂が走った。それはひび割れのように広がっていき、マクベトの体は端から消滅していく。


「ああ──」


 消えながらマクベトは呟いた。


「私に、寿命はない。私の時間は「永遠」だ。そう思っていた。まさか……私の弱点まで突き止める奴が出てくるなんて」

「ある一人の研究者が残した文献がヒントになった。何が突破口になるかは分からないものだよ、マクベトよ」


 かすかなため息をついて、マクベトは答えた。


「…………いつも私は、予想外の方向から殺される。人生とは、ままならんな」


 そう言い残して、暗雲は消え去った。


 終わった、という安堵がマトリの中に広がっていく。最初に口を開いたのはブルーセとミシェルだった。


「これにて一件落着か?」

「たぶん」


 すると、おずおずとアリアネルが声を上げる。


「あ、あのですね、私、皆さんにすっごく心配や迷惑をかけてしまったと思うのですが……」


 ばつの悪そうな、申し訳なさそうな表情だ。だがブルーセやミシェルはそんなアリアネルの肩をバシバシと叩いた。


「なーに言ってんだ。お前はよくやったよ」

「バカなこと気にするのね。心配? 迷惑? そんなのこれっぽっちも感じちゃいないわよ──」


 ミシェルの口調はいつものように厳しいものだったが、アリアネルの無事を確認したことで、心の石垣が決壊したようで、ぼろぼろと涙を流しながらアリアネルにひしと抱き着いた。


「……アリアネル、よかった。ほんとよかったああ! めちゃくちゃ、心配、したんだから。ぐすっ、もしかしたらあなたが死んじゃうんじゃないかって。でも、生きててくれて、ほんとによかった」

「ミシェルさん……」


 アリアネルはどうしていいか分からず、ミシェルの肩を優しくさすった。


 その様子を見て、晴明はからからと笑う。


「無事で何よりだ、アリアネル。その顔を見て安心した」

「私、また助けられちゃいましたね。晴明さんに」

「お互い様さ。君も戦ってくれたんだろう。分かるとも」


 アリアネルの顔に自然と微笑みが広がる。


「……皆さん、ありがとうございます! アリアネル・アムレット、ただいま帰還しました!!」


 晴れ渡る空の下、そんな明るい声が響いたのだった。

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